コラム
2022年1月7日
プロが守る空の安全『航空安全とパイロットの危機管理』
飛行機に乗るとき、「落ちたりしないかな」と心配になった経験のある方は多いと思います。しかし今日では航空技術の進歩により、航空機本体の不具合が原因の事故はかなり減ってきています。事故を更に減らすためには、人が関係する要因「ヒューマンファクター」への対策が必要です。世界の航空業界が対策を進めていますが、パイロットの責任は重いものです。空の上という限られた空間で、旅客と乗務員の安全を守るため、パイロットはどんな仕事をしているのでしょうか。
今回ご紹介する『航空安全とパイロットの危機管理』は、航空安全を守るためのパイロットの心構えと具体的な行動指針を、経験豊富な元機長が解説します。豊富な事例やコラムを交えて語られる「空の現場」には、ヒヤリとするような話もあります。その場面を乗り切ってきたパイロットたちは、危機に際してどのような判断を行ったのでしょう?
更に今回の改訂増補版では、新型コロナに対する航空界の取り組みと今後の課題も合わせて考察しています。
今回ご紹介する『航空安全とパイロットの危機管理』は、航空安全を守るためのパイロットの心構えと具体的な行動指針を、経験豊富な元機長が解説します。豊富な事例やコラムを交えて語られる「空の現場」には、ヒヤリとするような話もあります。その場面を乗り切ってきたパイロットたちは、危機に際してどのような判断を行ったのでしょう?
更に今回の改訂増補版では、新型コロナに対する航空界の取り組みと今後の課題も合わせて考察しています。
この記事の目次
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『航空安全とパイロットの危機管理』はこんな方におすすめ!
- 航空安全、危機管理について学びたい方
- 航空ファンの方
- パイロットを目指している方
『航空安全とパイロットの危機管理』から抜粋して7つご紹介
『航空安全とパイロットの危機管理』の中から、内容を何ヶ所か抜粋してご紹介したいと思います。本書の最初と最後は、コロナ禍で航空界が直面した新たな安全上の課題と、コロナ後の展望について考察しています。また、本書中には著者が機長時代に経験。見聞きした豊富な事例が紹介されていますので、興味を持たれた方は是非本書をご覧ください。ICAOと我が国の最近の取り組み
航空は国内のみならず、国の枠を超えて活動する業界です。従って、安全への取り組みも各国共通の基準があることが望ましいのです。安全対策の改善、進化、各国における標準化と法制化のため、ICAO(国際民間航空機関)が中心となり、世界各国の標準化と国内法への法制化を進めています。最近の取り組みには、以下のようなものがあります。1.国家安全プログラム(SSP)の義務化:業務提供者(プロバイダー・航空会社)を規制・監督するための仕組みであるSSPの策定を義務付け
2.SSPの実効性を高めるための「業務提供者における安全管理システム(SMS)」の強化
3.安全管理システム(SMS)の義務化
4.航空安全を世界標準化することを目指す
航空分野の安全対策は世界各国で同じ基準・規則で実施されていますが、実際の事故率には差があります。国によって事業者への指導や監査の度合い、事業者自体の取り組みには差があるためです。課題としては、「安全文化」の確立と、安全への取り組みの監視、SMSのマネジメントサイクルを確実に回していくことが求められています。
発着国の間で安全に対する考え方が違ったら困りますね。世界で安全対策の標準化が進めばより安心して空の移動ができます。キーワードは「安全文化」という言葉です。日常生活ではあまり聞かない言葉ですが、後に章を設けて解説していますよ。
安全文化とは
安全は、次に挙げる4本の柱に支えられています。この4本の柱がそれぞれ補い合って安全を支えているのです。1.施設・機材・機器類等(ハードウェア)
2.法律・規定類・制度・教育・訓練等(ソフトウェア)
3.人間の考え方・取り組み姿勢・行動等(ヒューマンリソース)
4.情報の共有・活用等(ソーシャルリソース)
この4本の柱を立てる土壌となるのが、「安全文化」です。この概念はチェルノブイリ原発事故の原因調査・分析の結果用いられるようになったもので、原発事故対策から一般的な安全対策に範囲を広げ、「組織と個人が安全を最優先する風土や気風のこと」とされ、今日に至っています。
その主な要素は、次のようなものです。
1.報告の文化、2.謙虚の文化、3.自律の文化、4.学習の文化、5.柔軟の文化、6.「間」の文化
こうして安全文化が構築されても、それだけで盤石とはなりません。常に「何が一番大切か」「何を最優先すべきか」を軸足に活動することが、安全を確保していくために最も基本的なことなのです。
私たちの日々の仕事でも、ミスなく業務を進めていくためにはここで言われている「安全文化」が重要ですね。報告しやすい雰囲気で早めにミスの芽を摘み、思い上がらず柔軟に事例から学習し、ひと呼吸置いてチェックをする。「言うは易し」ですが、旅客の命を預かる現場ではそうはいきません。
乗員が日常のフライトで実施しているリスクコミュニケーション
航空機の運航は、限られた空間、時間、情報、リソースといった制約条件下で、かつ様々に変化する状況に対応して乗客の安全を確保し、質の高い運航をする使命を負っています。乗員にとって、ブリーフィングはリスクコミュニケーションの主体となるものです。フライトの流れに沿って、乗員間のブリーフィングを通じたリスクコミュニケーションの例を挙げます。1.乗客搭乗前の運航乗務員と客室乗務員のブリーフィング:飛行機に到着し、運航乗務員(パイロット)と客室乗務員(CA)が顔合わせして行う。非常脱出の際の担当ドアの確認、当該便の飛行計画(高度、速度、飛行時間、使用滑走路等)、乱気流が予想される時間帯の情報、旅客に対する情報等を交換する
2.テイクオフ(離陸に備えての)・ブリーフィング:機長と副操縦士が離陸前に行う。気象情報、誘導路と使用滑走路、出発方式とその経路等、離陸に関する重要な情報確認と互いの意志の確認を行う
3.離陸後のクリティーク:離陸後、機長と副操縦士がこれまでの行動を振り返る
4.飛行中のブリーフィングとリスクマネジメント:フライトが出発前の計画、想定通りにいくことはほとんどない。飛行中の状況の変化に応じて適宜対応策を検討するため、ブリーフィングを実施する。最も頻繁に行うのは、乱気流対策のためのもの
5.ランディング(着陸に備えての)・ブリーフィング:安全に着陸するにあたって最も重要な打ち合わせ。テイクオフ・ブリーフィング同様、機長と副操縦士が着陸に影響する様々な情報の相互確認を行う
6.フライト終了後のブリーフィング(デブリーフィング):フライトを振り返り、気づいたことを次に活かす。機長と副操縦士が着陸後の操縦席や移動中などで行う
いくら飛行機がシステム化されているとはいえ、飛ばしているパイロットは人間で、運んでいる乗客もサービスするスタッフも人間です。細かい情報交換と意志確認の繰り返しが、「もしも」に備えるためには必要なのです。
具体的なヒューマンエラーと対策
航空機事故の要因に関わるヒューマンエラーには、パイロットだけではなく設計製造から整備、運航管理や管制など様々な段階での発生がありますが、事故が主に運航の段階で起こることから、パイロットのヒューマンエラーがクローズアップされる傾向にあります。技術の進歩によって、機械としての航空機のシステムの信頼性が高まっている今日では、安全対策の最重要課題はヒューマンエラー対策です。ヒューマンエラーの主な要因には、次のようなものがあります。
1.知識、技量不足
2.思い込み・錯覚・一点集中
3.コミュニケーションエラー
4.「急ぎ」症候群
5.多重作業
6.動作・作業の簡素化(近道本能・省略本能)
7.単調反復動作・作業による意識低下
8.睡眠不足・疲労・疾病・飲酒
9.緊急時の慌て・パニック
これらによって起こるヒューマンエラー対策として、航空界では特に運航の安全にとって重要な運航乗務員に対しては、「スレット・アンド・エラー・マネジメント」という方法を用いて対策をしています。ヒューマンエラーにつながる要因(スレット)を具体的に洗い出し、排除できるものは先に排除し、排除できなければ軽減対策を行うというものです。
ミスにつながりそうな要素を具体的に挙げていくだけでも、人間はエラーに対する心構えができて対策がしやすくなるそうです。日常生活や仕事の中でもやっているようなことをより具体的に綿密にした方法で、パイロットは危機への対応力を高めているのですね。
危機管理の鉄則
危機管理の鉄則は、「悲観的に準備して楽観的に対応する」ことてす。しかしよほど意識していないと、人間は逆の行動をしてしまいがちです。ただし、セキュリティに関しては悲観的な準備と対応が必要です。悲観的に準備する:飛行機の運航においては、出発の時点ですべての条件が良好でも、気象状況、機器トラブル、急病人の発生等で突然条件が変わることが珍しくありません。様々なことを悲観的に想定し、対応策や代替案を事前に準備してはじめて、安全運航をまっとうできるのです。
楽観的に対応する:楽観的に対応するためには、悲観的な準備が前提となります。機長が行う訓練にフライトシミュレータを用いたものがありますが、起こる確率の低い様々な状況を擬似的に体験し、対応策を身につけます。こうした訓練によって、実際のトラブルにあたっても冷静に対処ができるのです。
セキュリティ対策は悲観的に準備して悲観的に対応:航空機の保安対策は、出発ロビーに入る前の保安検査や、貨物室へ搭載する際の荷物検査が安全の最後の砦です。近年では、楽器ケースに隠れての密出国事例などが発生しています。
あらゆる状況を想定して準備しておくことで、トラブルが起こったとき落ち着いて対応できるようになります。つい先日も雪で新千歳空港に着陸できない航空機が次々に引き返す事例がありましたが、そんな悪天候のときも、現役時代の著者は「どこかの空港には安全に着陸できる」と常に冷静だったそうです。訓練の賜物ですね。
安全確保のための操縦席におけるマネジメント
現代の航空機は、コンピュータ制御、自動装置の二人乗りのハイテク機がほとんどです。よって今のパイロットには、コンピュータや自動システムの使用方法を熟知し、PF(パイロットフライング:操縦担当)とPM(パイロットモニタリング:モニターや通信を担当)の役割分担と遂行に関する適切なマネジメントが求められています。機長と副操縦士に求められる操縦に関するマネジメントには、以下のようなものがあります。1.役割分担と役割認識及び役割の確実な遂行:役割が確実に遂行されていたら防げた事故も存在する。機長は、操縦席内での役割分担を明確にし、確実に遂行できるようマネジメントを行う
2.モニターとクロスチェック:計器による飛行機の状態及びお互いの作業をモニターし、少しでもあるべき状態から外れていたり外れそうになったりしたら指摘する
3.状況認識マネジメント:状況認識はモニターに基づくものであり、解釈した現在状況から何が起こるか予測し、意思決定へと進む
4.一点集中、ヘッドダウン防止のマネジメント:1つの計器、情報に集中せず、総合的に注意配分する
5.自動操縦への過信防止
6.重要度の選択:危機管理の基本中の基本であり、運航中の機長の危機管理において最も重要な項目
7.円滑かつ明確なコミュニケーション:副操縦士、管制官、客室乗務員との確実なコミュニケーションが、安全運航の前提条件
この項目が入っている章には、著者がこれまでのフライトの中で直面したり見聞きしたりしてきた事例や、有名な航空機事故についてパイロットだからこそ気づけたことなどの具体例が沢山紹介されています。御巣鷹山の痛ましい事故や、映画にもなった「ハドソン川の奇跡」を、パイロットの目はどのように捉えたのでしょうか。
機長のアナウンス力
乗客が機長に信頼感を覚えるのは、着陸時や地上走行時に加え、アナウンス時でもあるそうです。機長のアナウンスは、乗客の心理に大きく影響しています。1.アナウンスの影響
・安全確保や安心感・信頼感の醸成、航空会社への印象の上下
2.アナウンスの主な役割
・会社を代表し、乗客への感謝の意を示す
・乗客乗員の安全確保を行う
・乗客の不安解消、信頼感を与える
3.アナウンスの留意点
・アナウンスを始める際に、副操縦士にアナウンスの意図を伝え、役割の受け渡しを明確にしてから実施する
・国内線と国際線、ビジネス路線と観光路線等の違いを考慮する
・乗客の心理状態を考慮する
・乗客にとって不安な状況が発生した場合、“Fly First”を考慮しつつ積極的にアナウンスし、不安解消に努める
・実施前には机上で練習し、実施後には客室乗務員から意見を聞き、準備と改善に努める
また近年では、音楽・映画などのエンターテインメントシステムを備えた航空機が多くなっています。これらを楽しんでいる乗客の邪魔をしないよう、かつ必要な情報をきちんと伝えられるよう、客室乗務員と連携し機内の状況を確認しながらタイミングをはかることも必要になっています。
飛行機に乗ると楽しみに聞いてしまう機長さんのアナウンスには、乗客に必要な情報を伝え、安心と信頼を生むという安全上の大切な役割があります。著者が参考にしていたのは、あの名ラジオ番組「ジェットストリーム」の城達也さんだそうです。
『航空安全とパイロットの危機管理』内容紹介まとめ
航空機を安全に飛ばすため、航空業界が取り組んでいるリスクマネジメントの考え方と原則、ヒューマンエラーを防ぐための方策を解説し、加えてパイロットが現場で適切な判断を行うために必要な心構えと行動規範、コクピットでのコミュニケーションと実際の事例に基づいた対応例を挙げます。元ベテラン機長ならではのエピソードも満載です。『航空安全とパイロットの危機管理』を購入する
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