コラム

2022年1月21日  

川から内陸部を襲う『逆流する津波』

川から内陸部を襲う『逆流する津波』
「TSUNAMI」という言葉は、今や世界の共通語となっています。4つのプレートの境界に位置する日本は地震と火山だけではなく、それらによって発生する津波の影響も受けます。約22000名の犠牲者を出した1896年の明治三陸地震津波、未だ傷跡の残る2011年の東日本大震災での津波をはじめ、日本は大きな津波に襲われてきました。
体験したことのない人は、津波の被害は沿岸部に限られていると思ってしまいがちです。しかし、津波はいち早く河口などから河川や運河・水路に沿って内陸奥深くまで遡って、河川の周辺を襲うのです。東日本大震災では、河口から約50kmの場所でも河川の逆流が記録されています。
今回ご紹介する『逆流する津波』は、津波の基本を解説したのち、この「河川津波」に着目して、発生メカニズムや被害について解説します。また、津波の観測と予測や、防災・減災・避難方法も後半で取り扱います。
災害の本を書いた著者の多くが「災害を記憶に留め、意識することが防災につながる」と述べています。東日本大震災の被災地東北を拠点に研究を続ける著者も、数々の事例を引きながらあとがきでそのように記しています。本書が防災意識を高める助けになれば幸いです。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『逆流する津波ー河川津波のメカニズム・脅威と防災ー』はこんな方におすすめ!

  • 津波について詳しく知りたい方
  • 沿岸域、大きな河川の流域にお住まいの方
  • 防災に関心の高い方

『逆流する津波ー河川津波のメカニズム・脅威と防災ー』から抜粋して7つご紹介

『逆流する津波』の中から、内容を何ヶ所か抜粋してご紹介したいと思います。本書には様々な写真をもとにした国内外の被害事例の解説があります。また、コラムにも歴史上や外国の事例と対策が収録されています。「こうして多くの人が助かった」「避難のコツ」等も知ることができますので、是非ご一読ください。

津波の発生メカニズム

1.海底地震による発生
水面に何かの原因で力が加わると、波が生じます。地震津波の場合は、隆起や沈降した海底面がその上の海水を持ち上げたり引き下げたりすることが、津波を作り出す原因です。津波の原因となる地震による海底面の変動は、上下方向に最大数10m、水平方向には数10kmから数100kmという、横方向の非常にスケールの大きな変動と考えられています。
従って、海底面を変動させやすい地震ほど津波を起こしやすいのですが、海底面の変動のしやすさは地震の大きさ、深さ、断層の動き方に関係します。基本的にはより大きく、より浅く、断層が上下に動く地震が津波の規模を大きくします。しかし、地震の規模に比べて津波が大きくなる特異なタイプの地震もあります。

2.地震以外での発生
沿岸や海底での地滑り、火山噴火でも津波は発生します。地滑りや火山の噴火が原因の場合は、海に大量の土砂が入り込むことで波が生じます。地滑りや土石流で発生する津波は、地震原因のものより頻度は低いものの、前触れが少ない、局所的に大きな被害が出る等の特徴があります。最近は、地球温暖化による氷河崩落によっても津波が起きています。非地震性の現象が原因の津波は、未だ本格的な研究が少なく、津波発生モデルも確立されたとはいえない状態です。

先日のトンガにおける海底火山噴火に伴う津波(潮位変化)について、気象庁の発表では「地震に伴い発生する通常の津波とは違う」という表現が使われていました。海底火山の噴火に伴う津波については、未だ研究途上のようです。今回の事例は、今後の非地震性津波の研究か大きく進むきっかけになるでしょう。

深海から浅海へ伝わる津波

東日本大震災の地震破壊の始まりは、宮城県沖の海底24kmの深さで起こったと推定されています。このとき、断層は上下に50m以上も変化した場所があったと考えられます。これが巨大津波の原因となりました。このときの津波は、沿岸から数kmの平野部まで浸入しました。
津波は沖合においての波高は小さく、岸に近づくにつれ水位が上がります。津波の伝わる速さは、逆に岸に近づくと減速しますが、それでも秒速10mにも及びます。津波の速さには、3つの特性が関係します。

1.伝播速度:波形の伝わる速度。地震が発生してから津波が伝わっていく速さ。水深に関係し、深いほど速くなる

2.流速:水粒子の動く速度、流れの速度。建物などへの破壊力や船などの漂流に関係する。津波の波高に関係し、水深の浅い沿岸域の方が速くなる

3.エネルギー伝播速度:津波などの波長の長い波では伝播速度と同じになり、短い波長の場合にはそれよりも遅くなる

津波が高くなるのは、岸に近づくと水深が浅くなるので津波の伝播速度が遅くなるのに対して、沖の深い部分では伝播速度が速いので、後方の津波が前方に追いついてきます。そのため、波の間隔が狭くなるからです。

沖で見る津波は小さく、船乗りでさえ気づかないこともあるそうです。津波が津波として見えたときには、人間の足で逃げ切れるものではありません。津波の原因が地震の場合は、津波の10倍以上の速さで伝わる地震波を的確に捉え、規模や到達地域を正確に予測し、警報を発することが重要です。

河川津波のメカニズム

地震により発生した津波は、沖合から沿岸域・海岸へと向かってくるのが一般的ですが、場合によっては内陸部から津波が襲ってくることもあります。沿岸に到達した津波は河川沿いに伝播していきますが、途中で河川堤防が決壊したり水位がその高さを超えたりした場合には、そこから市街地や平地に氾濫していきます。これら一連の津波を、「河川津波」と呼びます。

河川を遡上する津波には、次のような特徴があります。
・沿岸から陸上を遡上する津波に比べて到達時間が速く、遡上する距離も長い
・津波の波頭部が段波となることが多い(河川流や川の水深の影響)
・波状性段波となって津波高が急に増大する場合がある

河川津波は、先端部での水位差が高くなり、段波となって遡上します。段波は河川の中で2つのタイプに形を変えて遡上していきます。
1.砕波段波:先端部が激しく崩れながら遡上。先端部の高さがほとんど変わらないまま遡上

2.波状性段波:先端部が数10mの波長をもつ複数の波に分かれている。非常に安定していて、なかなかエネルギーが減衰しない。また、波高が急激に高くなる場合がある

大きなエネルギーをもつ津波が河川に侵入すると、水深の浅さや陸に比べての障害物の少なさ、蛇行など、川の地形の影響を受けて性質が変わります。こういった河川津波のもたらす被害の正確な予測は難しく、小河川からの氾濫やマンホールからの逆流など、思わぬところでの被害例が報告されています。

津波による被害

津波による被害は、陸域や浅海域での広い範囲に及びます。陸域では、津波が浸水することにより、人的被害、家屋、施設、インフラ、ライフライン、地盤等への被害があります。海域での被害は、施設のほか、船舶、水産、陸域海域共通の被害として、油や材木の流出があります。

最近の特徴では、人や家屋のほかに道路・鉄道などのインフラや、港湾域、都市域での被害が目立つようになっています。津波力による破壊などの直接的なものだけではなく、強い流れにより自動車や船舶、コンテナ、樹木、破壊された建物などの漂流物による被害や、来襲後の大規模火災など多様な被害実態があります。

津波は低頻度の大災害ですが、一度起これば広域で甚大な被害を及ぼします。東日本大震災の犠牲者の9割が、津波による溺死と推定されています。
将来増えるであろうと予測されている被害は、港内や沿岸での船舶の漂流によるものです。また沿岸部には石油やガスなどの可燃物が大量に貯蔵されているため、それらの貯蔵施設の破壊による火災も懸念されます。

さらに沿岸の地形変化、海水の長期浸水、海底への瓦礫流入などによる生態系への影響もありました。

津波の恐ろしさを記録するために、被災状況が写真や映像で残されています。これに加えて、実際に被災した建物の一部なども遺構として保存されています。被害を受けた住宅や浸食された地形を実際に見れば、その脅威の一端が理解できるでしょう。こうした形で記録を残すことも、後世のために重要なのです。

予報・予測の重要性

実際に発生した津波を観測し、その情報を警報などに活用することは非常に重要です。この観測技術は、海域での波浪や潮汐などと併用され整備されてきましたが、最近は津波専用のシステムも導入されています。

観測方法としては、海面のフロートを計測する、変化に応じたす威圧力を計測する、超音波で海面の位置を把握するなどのほか、GPSやGNSSで位置を計測することも可能です。設置の位置に応じて現在の津波観測は3種類に分別できます。

1.沿岸部での潮位計や波浪計
2.少し沖合でのGPS波浪計
3.沖合海溝付近での海底津波計

地震と津波の発生を早期に検知できれば、震源や波源を推定する精度が向上し、迅速で信頼性の高い津波の予測が可能になります。
千葉県房総沖から北海道釧路沖の日本海溝までの2000kmの海域には、150個の地震・津波計をつけた海底ケーブルが蛇行しながら敷設されています。これはS-netと呼ばれる観測システムで、6か所にある陸上局でデータを収集します。過去の観測システムより、海域の地震動を最大で30秒、津波を20分ほど早く検知でき、正確な予報に役立つことが期待されています。

地震も津波も正確な観測によるいち早い予測が対策の基本です。観測や監視に加えて、コンピュータを利用した数値シミュレーションが行われ、その予測結果が量的津波予報や予測される津波の分布や浸水までの時間予測などに使われています。

安全に避難するまでのプロセス

河川津波も考慮し、津波からの避難において重要なプロセスを稽えてみましょう。津波避難においては、「いつ」「どこに」「どうやって」逃げるかを詳しく検討する必要があります。

津波は地震などの発生からある程度の時間経過後に到達するので、その前に安全な高台や建物に避難できれば助かります。地震などの発生直後から情報を入手し危険性を判断した上で、適切かつ迅速に避難行動が取れるかどうかが生死を分けます。

過去の事例から、安全かつ迅速に人命を守るためには3つの段階を経ることがわかってきました。

1.災害・危険情報の入手

2.危険認知と行動:情報の入手だけでは避難行動開始に十分でないことがある。津波警報などの公的情報より地域リーダーの声掛けが力を発揮することも

3.安全な避難:今いる場所からできるだけ安全な経路で安全な場所に移動する。津波は来襲前に避難が完了していることが肝心だが、予測した規模より津波が大きかった場
合などは二次、三次避難が必要。警報解除前に自己判断で戻らないこと

自宅から避難場所への道筋は、ぼんやり覚えているだけでは、頭の中の地図(認知マップ)と実際の道に食い違いが生じたりしていざという時に役立ちません。大きな紙に自宅から避難所までの複数のルートと途中にある目標物を書き出してみましょう。それを見ながら実際に歩いてみることで、頭の中の地図を正しいものに修正できます。

津波は第二波、第三波が襲ってくることがあり、第一波が最大とは限りません。自己判断で避難を中止してしまうと被害に遭ってしまう可能性もあります。また、いざというときに、行動をためらう周囲の人たちに対して避難を促せるリーダーシップを備えた人の存在も重要です。

車避難は必要か?

津波は恐ろしい速さでやってくること、津波から生き延びるためには一刻も早く安全な高台に避難することが大切であることを、これまでの報道等で私たちは知っています。しかし、津波避難の現場では、「素早い避難」を皆が一斉に目指したため、車避難による渋滞が起こるケースがよくあります。

かつて津波からの車避難で渋滞が起きた福島県いわき市では、その経験を踏まえでガイドラインをまとめています。「原則徒歩だが、高齢者や障害者の避難には車が使える」というものです。これに基づいた避難訓練が行われ、住民の間には徒歩の避難に協力する姿勢が生まれました。

実際に津波のとき車で避難しようとすると、皆が車を利用すれば渋滞が起こり、浸水による信号機等の故障、道路の陥没などによって拍車がかかります。また、車に色々積もうとしてかえって避難が遅れることにもなりかねません。

車での避難がどうしても必要な人たちがいち早く安全な場所に着けるように、健康な住民は車移動を避けるという協力が必要です。

水害を報道映像で知るとき、最も痛ましい場面のひとつが車で避難を試みた人が逃げ切れず水に飲まれてしまう光景ではないでしょうか。しかし、車でなければ移動が難しい人もいます。「そのとき」にできるだけ多くの人命が助かる行動をとれるよう、私たち住民にも日頃からのシミュレーションが必要ですね。

『逆流する津波ー河川津波のメカニズム・脅威と防災ー』内容紹介まとめ

地震の多い日本で、津波の恐ろしさは古くから知られてきました。しかし近年都市化によって沿岸域・河口域や市街地の環境が変化したことにより、津波が川を遡って市街地に氾濫する「河川津波」の脅威が注目されるようになってきました。
津波の基本や観測・予測、河川津波のメカニズムと脅威、適切な避難方法を、国内外の被害事例を参照しながらまとめました。

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