コラム

2013年11月13日  
著者

巻頭インタビュー 海野徹也氏に聞く「本著の執筆意図」

巻頭インタビュー 海野徹也氏に聞く「本著の執筆意図」
「すべての釣り人が興味を示すでしょう。釣り人視点で,『釣果につながる学術成果』を厳選して本に整理しました」
『アオリイカの秘密にせまる―研究期間25年、観察した数3万杯― ベルソーブックス 041』の著者の一人、広島大学大学院生物圏科学研究科准教授・海野徹也氏のインタビュー。
「アオリイカ釣りには、魔力に近い魅力がある」と語るのは、この本の著者の一人である広島大学大学院生物圏科学研究科の海野徹也氏。釣り人であり、水産生物の専門家である同氏は、このアオリイカをテーマとする書籍の制作にどう取り組み、どんな視点で膨大な研究情報からテキストを選び出し、原稿にまとめたのであろうか。巻頭インタビューで聞いた。

釣り人に一つひとつ納得してもらえる内容を書籍にしたかった

――ご自身がアオリイカに関心を持ったのはいつですか。
海野徹也(以下、海野):
「エギング」という言葉をご存じですか? 釣り,正に,エギングが出会いです。釣り仲間が,「エギング」「エギング」と,楽しそうに,そして興奮を持って(笑),言うもんですからやってみたのです。もっとも“アオリイカ”との出会いは,今から20年以上も前です。私が大学4年生の時,この本の共著者の上田幸男さんと出会いました。その時,「何の研究をされていますか?」と聞くと「アオリイカ」という答えが返ってきました。当時,アオリイカの事はまったく知らなくて,上田さんには失礼でしたね。今では神様に見えます。もちろん学問でも学兄としてしたっています。でも運命って不思議ですね。

――どのくらいのペースでアオリイカ釣りを楽しまれますか。
海野:
秋のシーズンであれば,1週間に1回ペースですね。

――先生,だいぶ行かれていますね。
海野:
(笑)。時間があれば,もっと行きたいですよ。手軽に楽しめますから。でも「手軽=簡単」という方程式が一番成立しないのがアオリイカです。アオリイカは,奧が深いのです。この辺りは,本編に徹底的に書きました。

――本は,どんな方に読んでいただきたいですか。
海野:
釣り人,魚屋さん,仲買人さん,お寿司屋さん,高校生や大学生・・・。アオリイカを愛する人,すべての方に捧げたいと思います。

――読者の具体的な活用のイメージは,どういうものでしょう。
海野:
イカに興味がある人,特にイカの王様,アオリイカについて知りたい人には,この本を読んでいただければ大概の事は把握できると思います。釣りを愛する同志の方には,釣りに行けない時,この本を読んでリフレッシュして欲しいですね。

――例えば,この本の中で,特に,釣り人に読んでいただきたい部分を3か所教えて下さい。
海野:
少し,難しい質問ですね。基本的に,「釣り人に対する研究者からのコアな情報」という意識も多分に持って,コンテンツを選び,情報を精査して原稿を書き上げました。すべての部分を読んでいただいて,釣りの楽しみに生かして欲しいのですが,あえて申し上げます。次の3点でしょうか。

――はい。
海野:
まず回遊の部分ですね。原稿を整理するために研究資料を集めて,私自身も驚きました。大きさ12センチのイカが山口県長門市青海島から長崎県五島市で再捕されています。1か月で250キロも移動しているのです。移動の最長記録でしょうか。強い生命力。こうした部分をまず,予備知識として把握して欲しいですね。――凄い生命力ですね。
海野:
2点目は,水温の部分。ここは釣りに直結するお話です。彼らは,水温15度以下であると餌を食べず衰弱死してしまうのです。水温が15度以下なら,アオリイカはほとんど釣れません。アオリイカが,その場にじっとしていて釣れないのではなく,適温を求めて移動しているから釣れないという事でしょうか。

――アオリイカの釣果は水温に直結するのですね。そして,3か所目はどこでしょう。
海野:
アオリイカの好みの活きエサの話,エギとアオリイカの部分もぜひ,読んでいただきたいですね。「アオリイカが,本当はどんな活きエサを好んで食べているか?」。まったく予想を覆す結果が出ています。また,エギの話では,エギのルーツと発展体系をまとめた長崎大学水産学部教授である岡田喜一先生の名著,『薩摩烏賊餌木考』(内田老鶴圃新社1978年刊)を参考に私の考えをまとめさせていただきました。岡田先生も,釣りがご趣味。資料を読んでいても,一つひとつの主張に納得させられるのです。「なぜエギのサイズに選択性があるのか?」「エギのルーツはエビか魚か?」など,釣り人の立場に立って真剣に情報を集め精査してある文章は何を読んでも参考になり,面白い。今回の本も,そうありたいと思います。

イカ研究の重鎮」と呼ばれる研究者と「釣りバカ」のコラボ

――言い方を変えれば,「楽しみつつの求道」が執筆の背景にあるのかもしれません。しかし,だからこそ,研究者であり,釣り人である人間のプライドとして本を制作する苦労があったのではないですか。
海野:
(笑)。そうですね。プレッシャーがなかったと言えば,ウソになります。でも,苦を感じた記憶は,まったくありません。多少,語弊があるのかもしれませんが,徹底的に楽しみつつ原稿をまとめました。しかし,アオリイカ自体の生理学的な知見は乏しい。執筆に当たっては,海外の関連文献を手当たり次第に読み漁りました。それが,唯一の苦労と申し上げる事ができる部分かもしれません。本編では,このうちの特に,興味深い研究結果だけを披露させていただいています。

――作業の着手は,いつですか。
海野:
本書を企画したのが2010年の6月末。企画が日本水産学会で採択されて,本格的に原稿執筆に着手したのが翌年の4月です。長かったでしょう。あえて告白をすれば,その間,春と秋のアオリイカ釣りシーズンがあったので版元と担当編集者の方には大変,申し訳ないのですが筆が止まりました。

――それは困りますが(笑),アオリイカ釣りの魔力のような魅力のせいと受け止めます。
海野:
ぜひ「魔力のような魅力」と受け止めて鉾を納めて下さると助かります(笑)。

――承知しました。そこまでの強力な魅力があると(笑)。では,考えを文章にまとめる上で苦労した点はありますか。
海野:
上田さんはアオリイカ研究の第一人者です。私は釣り人として執筆させていただきました。ですから,表現や専門用語には気を配りました。そして,この本は釣りをされる方も愛読されると思いますが,そうでない人も対象にしています。そこで,「どこまで釣りにこだわるか?」「どこまでを一般向けにするか?」のバランスをとる。これは,言う事はたやすいのですが難しい課題です。まあ,「イカ様研究者」と「釣りバカ研究者」がコラボする事で,この課題に対置しました。最後の判断は読者の方に委ねたいと思います。

――最後に,読者の方々にメッセージをお願いします。
海野:
アオリイカは,釣ってよし,見てよし,食べてよし。そして,知ってよしの奥行きのある生物です。彼らの一生は,わずか一年。一生に一度しか訪れない四季を彼らがどう生き抜いているのか,ご堪能下さい。そして,素敵なアオリイカの生き方を見ならって下さいね。

この本の詳細はこちらです。
アオリイカの秘密にせまる―研究期間25年、観察した数3万杯― ベルソーブックス 041

海野徹也プロフィール
●うみの・てつや●1963年広島県呉市生まれ。
1990年広島大学生物圏科学研究科博士課程前期修了。同年,藤和不動産株式会社入社。
1991年広島大学生物生産学部助手。
1996年広島大学博士(学術)取得。
1999年北アリゾナ大学・生物科学部(文部省在外研究員)に学ぶ。同年,広島大学生物生産学部助教授。
2000年広島大学大学院生物圏科学研究科助教授。現在,広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。
主著に,『クロダイの生物学とチヌの釣魚学』(成山堂書店),『メジナ釣る?科学する?』(共編著,恒星社厚生閣),『アユの科学と釣り』(共編著,学報社)。
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