著者名: | 山口 徹 著 |
ISBN: | 978-4-425-85281-9 |
発行年月日: | 2007/4/8 |
サイズ/頁数: | 四六判 210頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,760円(税込) |
房総、三浦、瀬戸内など、沿岸で暮らす人々はどのような漁業を営んできたのだろうか。
自然の中で様々な技術をあみ出してきた漁民たち。彼らの生活を振り返り、漁業の変遷を辿る。
【はじめに】より
私が漁業と漁村の歴史に関心を持つようになったのは、それほど古いことではない。つい20年ほど前、わが国の漁業史研究に先駆的な役割を果たしてきた渋沢敬三が創立した日本常民文化研究所の再建に携わってからのことである。その研究を継承するために、まずは漁業・漁村を知ろうと思い、調査に入ったのが千葉県の房総半島や九十九里浜の漁村であり、かつお一本釣りで賑わっていた西伊豆の漁村であった。
九十九里浜は子供の頃、毎年家族とともに夏休みを過ごし、西伊豆の田子や土肥は大学生時代から親類同様のお付き合いをさせていただいてきた旧家のある場所である。しかし、久しぶりに調査のために訪れ、そこで目にした風景は目を疑わしめるものであった。
いわし地引網で賑わった片貝・一宮・大原の浜の光景はなく、九十九里の砂浜は有料道路で遮られている。かつお漁で栄えた田子・安良里・宇久須の村の姿も、今は見ることができない。街を歩いても鰹節をつくるあの独特な匂いもまったくない。天然の良港である西伊豆の入江にはいたるところに養殖生簀が浮いており、伊豆半島の海岸線は東海地震で起きる津波を防ぐための堤防で固められ、魚の寄る木陰も魚付林もなくなった。
こうした漁村の変化はいったい私たちに何を語ろうとしているのであろうか。少なくとも漁業に生きる者にとって、海に学ぶ者にとっては、漁業の近代化、漁船の高速化、漁具の大型化による漁業生産力の増大は漁業の発展と漁村の繁栄ではなく、荒廃をもたらした原因になっていることを突きつけるものであった。
この現実は、漁業に生きる者はこれまでのように生産力の増大のみを追求するのではなく、豊かな海を取り戻す努力を進めなければならないことを教えている。海に学ぶ者も、物質文明を支え、生産力の拡大により発展してきた歴史のみを追い続けるのではなく、今日の荒廃をもたらした側面にも注目して、漁業・漁民・漁村の歴史を明らかにしていかなければならない。
現在の科学文明は自然を支配するためのシステムをつくり、上げ、人間の都合の良いように造り変えてきた。その結果が一瞬ですべてを破滅させる「核」をつくり、CO2や化学物質の蓄積によって徐々に自然環境を狂わせ、日常的には伝統的な生活文化を破壊してきた。自らの手で地球と多くの生物を滅ぼすという狂気に反応する感覚をも麻痺せしめているのである。
近代化前の農民や漁民たちの生活・文化をみてみると、ありのままの自然を観察し、その摂理を利用して、環境の中で付き合っていける技術をあみ出して自分のものとしてきた。昔の漁民たちはどのようにそのことをおこなってきたのであろうか。それをもう一度掘り返すだけでも、私たちが忘れかけてきた自然を愛する心を呼び起こすことができるであろう。豊かな海で活気に満ち溢れた漁民たちの生業と生活が送られていた海辺の歴史を振り返ってみるとしよう。
2007年3月
著者
【目次】
第1章 江戸時代に開花した漁業・漁村
1-1 沿岸漁業の開花
1-2 漁業技術の伝播と漁村の成立
1-3 畿内漁民の他国出漁
第2章 自然環境と共生する沿岸漁業
2-1 房総半島と伊豆半島の地理的環境
2-2 房総の海と生活
2-3 九十九里のいわし地曳網漁業
2-4 西伊豆の漁業・漁村
第3章 駿東郡の漁業・漁村
3-1 三浦の自然と漁業
3-2 農村に囲まれた浜の漁業
3-3 漁業・漁村の地域差
第4章 瀬戸内の自然と漁業
4-1 近世漁業の始まり
4-2 瀬戸内の漁具と漁法
4-3 漁民の広域な活動
4-4 海外へ進出する漁民たち
第5章 沿岸漁業を支える漁具・漁法
5-1 漁民の知恵と工夫
5-2 網漁具・漁法のいろいろ
5-3 小家族漁業と網元・船元漁業
5-4 漁を左右する漁師の目
第6章 沿岸漁業と漁場・漁業権
6-1 漁場・漁業権の概要
6-2 ぼら漁場開発と個人所有漁場の成立
6-3 広範囲な入会漁場の実相
6-4 漁場の相互利用慣行
第7章 九十九里・豆州内浦の網元・津元経営
7-1 網元・船元経営のさまざま
7-2 九十九里の地曳網
7-3 内浦の建切網津元経営
第8章 海をめぐるさまざまな争い
8-1 地先漁場をめぐる争い
8-2 漁獲物配分をめぐる争い
8-3 漁具・漁法をめぐる争い
8-4 新漁法との争い
8-5 漁民社会のアイデンティティ
8-6 狩野川放水路開削をめぐる抗争
第9章 漁業近代化への漁民の取り組み
9-1 西伊豆のかつお一本釣漁
9-2 地曳網から改良場繰網への転換
9-3 明治期の漁業技術がもたらしたもの
第10章 漁業の近代化と漁村の変貌
10-1 明治時代の水産行政
10-2 明治期の漁船の改良
10-3 石油発動機からディーゼル発動機へ
10-4 綿網および機械製網の開発・利用
10-5 近代化と漁業・漁村の荒廃
10-6 近代日本の漁業制度
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