著者名: | 清野 豁 |
ISBN: | 978-4-425-55231-3 |
発行年月日: | 2008/10/8 |
サイズ/頁数: | 四六判 180頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,980円(税込) |
本書は、農水省の研究部門で活躍した農業気象のトップともいえる著者が、地球温暖化のメカニズムや農業へのメリット・デメリット、米・野菜・果物など各種作物への影響など、温暖化と農業の関係を最新のデータに基づきわかりやすく解明しています。そして、世界的に見た飢餓人口問題なども交え50年後、100年後を見据えた予測と今後の適応策を提言しています。
生育や品質、収穫量など、作物によって受ける影響は異なるものの、これだけ状況が変わってくるのかと驚きを感じます。現状を把握し、温暖化を上手に利用し、適応していくことが、今後の農業を支える術となるでしょう。その足掛かりとして、ぜひ一読をお薦めします。
【まえがき】より
20世紀の終わりから暑い年が続いている。最近、暖冬で明け、暑い夏になることが多いと感じるのは筆者だけだろうか。
筆者が温暖化の研究を始めたのでは、1980年代の終わりであった。その当時は、温暖化といっても周囲で認知されることは少なかった。いまや、右を向いても左を向いても温暖化、温暖化と騒いでいる。また、温暖化とは関係がなさそうな事柄でも、温暖化と強引に結び付けられる時代になった。隔世の感がある。
さて、2004年7月、映画「The Day after Tomorrow」が封切りされた。この映画は、温暖化によって極域の氷が溶け、海水に淡水が一気に供給されることによって海流に変化を生じ、異常気象が発生、北半球が氷河期に舞い戻るという筋書きである。一見、荒唐無稽な筋書きに見えるが、実は、このようなシナリオがアメリカ合衆国国防総省(ペンタゴン)から、「ペンタゴン・レポート2003」として公表されていた(2003年10月に発表された「急激な気候変動シナリオとその合衆国の国家安全保障への含意」という個人論文。著者はPeter SchwartzとDong Randall)。
このレポートは、温暖化が海水の淡水化を引き起こし、それによる海流の変化が、地球の局地的な寒冷化をもたらすと指摘している。それと同時に、食糧問題を含めて全世界的なシナリオを描き出し、環境難民に対する大規模な軍事的な対処が21世紀中に起こると予測している。
映画のような急激な寒冷化はあり得ないと思われるが、まったくのデタラメというわけではなく、温暖化によって北極海付近の氷河が大量に溶けたり、降水量が増えることで海水の塩分濃度が薄まることによって、北大西洋の海流が弱まり、赤道周辺から暖流が到達しなくなり、欧州や北米が寒冷化、スーパーストームという巨大な寒気が到来し、氷河期に突入するという説もある。
大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると大気の温度が上がることは、100年以上も前の1861年に、イギリスの実験物理学者チンダル(John Tyndall, 1820-1893)が、水蒸気と二酸化炭素が大気の赤外放射エネルギーを吸収する気体であることに気がついた。また、19世紀末から20世紀初頭にかけて、スウェーデンの物理化学者アレニウス(Svante August Arrhenius, 1859-1893)が、は、二酸化炭素の変化が地上気温の大きな変動(氷河期や間氷期)をもたらした可能性があることを論じるとともに、人間の活動によって生じる二酸化炭素が地球の温暖化をもたらした可能性があることを論じるとともに、人間の活動によって生じる二酸化炭素が地球の温暖化をもたらすことを予想している。
日本では、宮沢賢治(1896-1933)が「グスコーブドリの伝記」の中で、「気層のなかに炭酸ガスがふえてくれれば暖かくなるのですか。」というブドリの質問に対して、クーボー博士に「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、たいてい空気中の炭酸ガスの量できまっていたといわれるくらいだからね。」といわせている。
このように、100年以上も前から、大気中の二酸化炭素が増えれば気温が上がることは知られていた。それを現実のデータで示したのがアメリカのキーリング博士であった。彼がハワイのマウナロア山で大気中の二酸化炭素濃度を測定し始めたのは1958年である。大気中の二酸化炭素濃度が右肩上がりで変化している図が発表された時は、世界に衝撃を与えた。
多くの気象学、地球物理学、地球科学、海洋学の専門家によって地球の温暖化現象が現実に指摘されるようになったのは、1970年代から1980年代に入ってからである。また、温暖化が生態系に大きな影響を与えることが現実のものと認識され始めたのもその頃のことである。
そして、1988年に国連によって「気候変動に関する政府間パネル(Intergovermental Panel on Climate Change : IPCC)」が組織され、温暖化の現象に対して自然科学の立場から総合的な研究が行われるようになった。その結果は、1990年、1996年、2001年、2007年に報告書として発表された。
IPCCの報告書は、世界の多くの人々に強い衝撃を与えた。地球温暖化は、地球規模で行われる壮大な実験ともいわれる。通常の実験ならばやり直しが可能であるが、温暖化についてはやり直しはない。
ところで、われわれ人類が生きていくために必要な食料は、植物、動物(家畜)、魚類から得られている。その中で、主食である穀物は植物(作物)から得られる。温暖化は植物(作物)の生育にも影響を与えると懸念されている。農業とは、耕地などで植物(作物)を栽培・収穫したり、動物(家畜)を飼育し乳製品や皮革、肉、卵を得るなど、人が生きていくうえで必要な食料を生産する人間の根幹の産業である。
温暖化した場合、日本の食糧は大丈夫なのだろうか。日本は多くの食料を外国に依存している。日本のカロリーベースの自給率は、ついに40%を切り39%(2006年度)と、先進国の中では最低の水準である。食料を依存している国の作物生産はどうなるのだろうか。
こうした懸念に答えられるのか。本書では、温暖化が食料生産に与える影響を考察し、温暖化は食料生産にとってプラスなのかマイナスなのか、はたしてマイナスの影響は回避できるのかを考える。
本書では、以下のような構成をとっている。
第1章では、温暖化のメカニズムについて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書を基に解説し、とくに食料生産への影響についての日本および世界の取り組み状況に触れる。
第2章では、温暖化によって生じる大気中の気温と二酸化炭素濃度の上昇に対し、作物はどのような反応をするのかについて、現時点で得られている知見に基づいて解説する。
第3章では、温暖化の食糧生産への影響評価はどのような方法で行われるのかについて解説する。
第4章では、日本の食料の6割を狙っている世界の食糧生産への影響を概観するため、主に穀物について行われた研究成果をもとに、生産地域と収量の変動を解説する。また、最近IPCCによる食料生産の影響予測結果は楽観的過ぎるという見方が、FACE実験の結論から指摘されていることについて触れる。
第5章では、日本の食糧生産への影響について、多くの研究者によって行われた作物別の研究成果を概観し、そこから得られる結論は何かを考える。
第6章では、温暖化のメリットとデメリット、そして温暖化にどう適応していくかという対策について、日本における例を中心に解説する。
農業分野では、「食糧」は主食である穀物をいうときに使い、「食料」は穀物や野菜、果物など食べ物全般をいうときに使う。本書では、穀物を主として取り上げるが、日本については果樹、野菜、茶なども取り上げるので、「食料」を使うことにする。なお、食料には畜産物や水産物も含まれるが、今回は畜産業や水産業に対する温暖化の影響は取り上げていない。
最後に、このシリーズの執筆の機会を与えてくださった内嶋善兵衛博士と、筆者の遅筆のために構想から3年以上も費やしてしまったにもかかわらず辛抱強く完成を待っていただいた気象ブックス編集委員会に、厚く御礼を申し上げたい。
2008年9月
清野 豁
【目次】
第1章 温暖化とは何、そしてその影響は
1.1 温暖化とは何か
1.2 温室効果のメカニズム
1.3 温暖化への取り組み
1.4 生態系と食料生産へ予想される影響
国際機関IPCCによる予測
日本に現れた温暖化の現象
第2章 温暖化すると作物はどうなる
2.1 温度上昇でどうなる
2.2 二酸化炭素濃度上昇でどうなる
2.3 温度と二酸化炭素濃度上昇でどうなる
2.4 複合要因ではどうなる
2.5 まとめ
第3章 食料生産への影響はどのように調べるのか
3.1 人工気象室
3.2 温度勾配チャンバー
3.3 FACE(開放型大気二酸化炭素濃度増加)
3.4 作物生育モデルによるシミュレーション
3.5 シミュレーションのための気象データの作成法
第4章 温暖化で世界の食料生産はどう変わるのか
4.1 世界の穀物生産の推移
4.2 食料生産地域はどう変わる
4.3 穀物収量と飢餓人口はどう変わる
東南アジアのイネ生産
アメリカの穀物生産
オーストラリアのコムギ生産
世界の穀物生産
4.4 FACE実験からの新たな提案
4.5 温暖化で水不足になる?
4.6 まとめ
第5章 温暖化で日本の食料生産はどう変わるのか
5.1 水稲
現場で現われている影響
人工気象室から得られた結果
FACEから得られた結果
作物生育モデルから得られた結果
水稲生産への影響のまとめ
5.2 畑作物
コムギ
ダイズ
5.3 野菜
葉根菜類
5.4 果樹
栽培地帯の移動
常緑果樹
落葉果樹
5.5 茶
5.6 牧草
5.7 生産環境
植物の生産力
水資源
土壌有機物
土壌微生物
土壌侵食
雑草
病害
虫害
5.8 まとめ
第6章 温暖化の影響は回避できるのか
6.1 温暖化のメリット
6.2 温暖化のデメリット
6.3 影響を回避する具体的な適応策
水稲
ムギ類
ダイズ
ウンシュウミカン
リンゴ
ナシ
ブドウ
トマト
イチゴ
飼料作物
6.4 海外における適応策
(気象図書)
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