著者名: | 小路 淳 著 |
ISBN: | 978-4-425-85311-3 |
発行年月日: | 2009/3/28 |
サイズ/頁数: | 四六判 194頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,760円(税込) |
本書では、藻場の持つ役割のうち、稚魚を育む場、いわば「ゆりかご」機能に焦点を絞っています。そもそも、なぜ稚魚たちは藻場という存在を知り、頼るのか。本能的に知っているのでしょうか?
自然の藻場ではなく人工的な藻場ではどうでしょう? 魚の持つ能力や行動にも疑問を持った著者が、独自の調査により藻場との関わり方を明らかにし、その重要性を明らかにしています。
印象に残ったのは、「どのような藻場を保全するべきか」ということです。ただやみくもに藻場を造成するだけではなく、アマモ場・ガラモ場の距離感を意識することが必要、というのが著者の見解です。
藻場がどれだけの魚たちを生産できるか、実際に海に潜り、定量的に計ってきた著者だからこそ導き出せた結果といえます。
本書から得られる知識を活用させていくことが、資源豊かな海を残す一歩となることは間違いありません。ぜひ一人でも多くの方に手にとっていただきたい一冊です。
【はじめに】
古くから藻場は稚魚の「ゆりかご」と呼ばれ、沿岸海域において高い生産力をほこる生態系として注目されてきた。地球環境や食料問題への社会的関心がますます高まりつつある現代において、私たちが恩恵を受けてきた沿岸域の生物生産の仕組みを理解し、そこから得られる恵みを将来にわたって持続的に利用できるシステムを構築することは、重要な課題である。しかしながら、藻場をはじめとする浅海域の埋立が過去数十年の間に急ピッチで進行し、重要な生物生産の場が各地でどんどん失われるとともに、沿岸漁業の低迷が続いている。
漁師やダイバーのような海・魚のエキスパートに限らず、図鑑や絵本で魚を知る程度の人の中にも、「藻場はさまざまな魚の住みかとなっている」とか「藻場には魚がたくさんいる」との意識を持っている人は多いことだろう。しかしながら、多くの場合このような意識は経験や感覚に基づく部分が大きく、その根拠となる定量的データは非常に少ない。藻場は「ゆりかご」としてどのような機能を持ち、魚類生産にどのくらい貢献しているのか? あるいは、藻場の消失によって私たち人間はいったいどれほどの痛手を被るのか? といったことは、実はまだ十分に明らかにされていないのだ。
本書には、いくつかの新しい試みを取り入れてある。まずタイトルに“生産学”という語句を用いた。牧場の牛や豚、海であれば生け簀で養殖されるハマチ・マダイやカキ養殖を連想させ、自然の海中を泳ぎ回る魚たちを扱う分野としては耳慣れない言葉かもしれない。しかし、「ゆりかご」機能をきちんと評価するためには、稚魚たちが藻場で餌を食べて成長し、あるいは捕食者に襲われて志望する量的変動過程を把握することが不可欠だ。その変動過程のアウトプットとして位置づけられる魚類生産の評価を対象とする分野を指す言葉として「生産学」はピッタリであると感じている。
また、藻場の実態をさまざまな角度からのぞいてみると、これまでのイメージとは異なる側面も見えてきた。「ゆりうかご」という表現は、稚魚にとって安全な場所という印象を私たちに与える。しかしそればかりではなく、稚魚たちが特に夜間の藻場において危険な目に遭っていることもわかってきた。
さらに、魚類生産に基づいて藻場の「ゆりかご」機能を経済的価値に換算することにも本書のなかで挑戦している。藻場には魚類生産のほかにも窒素固定、酸素供給をはじめとするさまざまな生態系機能・サービスが備わっているが、これらの評価に関しては本書以外にも優れた解説書があるのでそちらを参照いただきたい。
魚類生産の過程の把握と定量的評価手法の確立は、将来の効果的な藻場保全に向けた第一歩として欠かせない。本書を通じて、藻場の機能に関する理解が深まるとともに、読者の皆さんがこれまで抱いてこられた「ゆりかご」というイメージに、新たな味付けが加われば幸いである。
平成21年2月
小路 淳
【目次】
第1章 藻場について
1-1 藻場とは?
1-2 アマモ場とガラモ場
1-3 藻場の今むかし浅海域の減少
1-4 魚類にとっての藻場の機能
1-5 流れ藻海に漂う小宇宙
第2章 フィールドに出かけよう!
2-1 どうやって調べる?
2-2 チームプレイの大切さ
2-3 調査からわかること
第3章 藻場の代表選手たち
3-1 藻場の魚カレンダー
3-2 魚類の発育段階メバル類を例に
3-3 利用様式のタイプサイズと季節から
3-4 植生の有無と魚類相
第4章 稚魚の餌場としての藻場
4-1 藻場の食物連鎖
4-2 メバル類の食性変化「ミルク」から「離乳食」へ
4-3 ライバルハオコゼとのオーバーラップ
4-4 安定同位体比が語る稚魚たちのせめぎ合い
4-5 藻場はグルメのひろば砂浜海岸とのちがい
4-6 海藻を食べる魚
第5章 被食シェルターとしての藻場
5-1 稚魚はなぜ物に寄りつくか?
5-2 藻の繁茂の季節的タイミング
5-3 行動実験で探る「寄りつき」行動の意義
5-4 被食率を下げる「シェルター効果」
5-5 天然藻場 vs 人工海藻
5-6 人工海藻もシェルターになる
第6章 藻場のナイト★ライフ
6-1 稚魚は夜に眠るか?
6-2 稚魚たちの活動様式
6-3 メバル類の昼夜移動
6-4 夜の藻場は捕食魚の「摂餌場」にもなる
第7章 藻場の魚類“生産学”入門
7-1 「数」と「バイオマス」のはなし
7-2 成長と生産速度「育ちざかり」の大切さ
7-3 死亡(減耗)の重要性
7-4 メバル類生産のダイナミクス
7-5 瀬戸内海全域でのメバル類生産
7-6 生産速度に影響する要因
第8章 良い成育場とは?
8-1 仔魚供給の大切さ
8-2 等しい供給条件下でアウトプットを比較する
8-3 産卵場・漁場への移動の重要性
8-4 成育場の貢献度を調べるイシガレイの研究事例
第9章 「ゆりかご」研究最前線
9-1 複雑な環境学習の場としての機能
9-2 安らぎ・癒やしの場(?)効果
9-3 藻場を「経験」すれば捕食されにくい
第10章 どのような藻場を保全するべきか?
10-1 藻場の価値を経済的に評価する
10-2 アマモ場・ガラモ場の「距離感」を意識
10-3 生活史段階を「連環」させる
10-4 社会に働きかける
10-5 原体験と藻場教育
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