交通政治学序説


978-4-425-92911-5
著者名:澤 喜司郎 著
ISBN:978-4-425-92911-5
発行年月日:2019/3/8
サイズ/頁数:A5判 252頁
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価格¥3,080円(税込)
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政治と行政によって管理・統制されている交通に内在する疑問や問題を、法律、政令、省令を通して抽出し、同時に法治国家の法の限界を探ろうとするもので、交通政治学という新しい観点から交通にアプローチした内容です。

【まえがき】より 法治国家とは一般に、政治は法律に基づいて行われるべきという法治主義によって運営される国家、法により国家権力が行使される国家、国民の意志によって制定された法に基づいて国政の一切が行われる国家などとされています。しかし、法治国家では行政および司法が法律に適合していれば国民の権利や自由を侵害してもよいという形式的側面が重視され、法や国家の目的、内容を軽視する法律万能主義に陥ることがあることから、憲法裁判所が設置され、法令の憲法適合性を審査する権限が与えられているとされています。日本には憲法裁判所はありませんが、日本国憲法第81 条は「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と、裁判所に法令等審査権を与えていると言われています。
2017(平成29)年の国会に提出された法律案は、継続審査に付されていた法律案を含めて361件で、そのうち成立件数は83件です。提出された法律案のうち81件が内閣提出法案、280件が議員から提出された法律案(議員立法)で、なぜ議員立法が多いのかという疑問があると言われています。毎年、100件近い法律が制定され、企業活動や市民生活の周りには法律が溢れているばかりか、法律は増え続けていますが、成立したこれらの法律がすべて憲法に適合しているのかどうか疑問もあると言われています。
政府がある事業を行うために法律をつくり、税金だけでは事業を行う予算が足らないために新たに借金をしましたが、事業が失敗し、莫大な借金だけが残ったとしても国会や政府は責任を取らず、新しい法律を作って借金を国民に負担させています。有権者は借金を背負わされるために国会議員を選んだわけではないのですが、法治国家と言われる日本ではこのような事例が交通分野にみられると言われています。
他方、法の支配とは一般に、どんな人でも通常裁判所が適用する法律以外のものに支配されないとする原理、統治される者だけでなく統治する者も法の支配に服さなければならないとする「法のもとにおける統治」の原理とされています。また、法の下の平等とは一般に、権利の享有や義務の負担に関して全ての人が法律上平等に取り扱われなければならないとする原則、国民の平等権を保障し国家が国民を不合理に差別してはならないとする原則とされ、憲法の基本理念の一つとされています。法の支配の下の平等とは、統治される者だけでなく統治する者も差別されることなく平等に法の支配に服さなければならないということを意味すると言われています。
法治国家と言われる日本、法の下で平等と言われる日本の人の移動及び人の運送つまり交通の現状を、法という観点から注視し、法律を制定あるいは廃止または改正する立法機関(国会)と国会議員、法律を執行あるいは運用する行政機関と公務員の問題と関連付けて序説的な検討を試みたものが本書です。つまり、政治と行政によって管理・統制されている交通に内在する疑問や問題を、法律、政令、省令を通して抽出し、同時に法治国家の法の限界を探ろうとするもので、交通政治学という新しい観点から交通にアプローチしたものです。ここには、経済学は交通問題を解決することができない、究極的には政治の問題だという反省的認識があります。
ここで、読者のみなさんに興味のある分野から本書を読み進んでいただけるように、各章の内容を簡単に紹介しておきます。
第1章「交通と法と政治」では、交通と法、移動と政治と法律、運送約款と規制をテーマに、法律と政令及び省令の違い、移動と運送及び運送事業における規制、運送約款と付合契約、旅客自動車運送事業運輸規則などと、これに関連して公共の福祉や官僚主義、族議員などについて解説されています。
第2章「交通の生産的構造と法」では、交通の三要素と動力、交通の三要素と運搬具と通路、通路の費用負担の不公平をテーマに、動力としての人力と自然界の力及び動物の力、動力機関と運搬具及び通路の意味、通路の有償の貸借、道路の建設と管理、通路の費用負担、鉄道の上下分離などと、これに関連して公共財や官僚の事なかれ主義などについて解説されています。
第3章「交通の物理的構造と法」では、速度と速度規制、速度の向上と運搬具の改良及び通路距離の短縮をテーマに、交通の物理的三要素と通路距離の短縮と橋梁、通路距離の短縮の失敗などと、これに関連して利権政治や建設国債などについて解説されています。
第4章「交通の経営的構造と法」では、運賃及び料金と施設、ビジネスと共性をテーマに、交通の経営的三要素、人件費の削減及び運搬具の大型化、公営企業と公営交通、経営収支と補助金、公共料金と自然独占と参入規制、受益者負担と独立採算などと、これに関連してひも付き補助金や経済性と公共性などについて解説されています。
第5章「国鉄改革と政治と法」では、国鉄の財政再建と経営再建、赤字路線の廃止と国鉄分割民営化をテーマに、国鉄再建法と地方交通線の選定、地方交通線の貸付及び譲渡、特定地方交通線の廃止、国鉄改革法と国鉄の分割民営化などと、これに関連して政党政治や黒幕政治などについて解説されています。
第6章「新幹線鉄道の建設と法」では、新幹線鉄道の建設と政治力、整備新幹線鉄道の建設と財源問題、新幹線鉄道施設の譲渡をテーマに、全国新幹線鉄道整備法の基本計画と整備計画、整備新幹線の暫定整備計画とミニ新幹線方式、軌間可変新幹線とリニア中央新幹線、日本国有鉄道改革法などと、党高政低、政治判断、政治主導などについて解説されています。
第7章「都市と地方の鉄道格差と法」では、都市鉄道の発展と法、地方鉄道の衰退と法、第三セクター鉄道と法をテーマに、特定都市鉄道整備法、都市鉄道等利便増進法、地方鉄道の衰退と鉄道の再生、第三セクター鉄道の光と影、整備新幹線鉄道と第三セクター鉄道などと、これに関連して利益誘導や交通権などについて解説されています。
第8章「バスとタクシーの規制緩和と法」では、乗合バスと規制緩和、貸切バスと規制緩和、タクシーと規制緩和をテーマに、 乗合バスの運賃及び料金規制、貸切バスの規制緩和と規制強化、タクシー適正化・活性化法と運賃制度などと、これに関連して官僚の保守性や審議会行政などについて解説されています。
第9章「離島交通の補助と法」では、離島交通と運航補助金、離島航路構造改革と補助金、国境離島法と特別措置をテーマに、離島振興法、離島航路整備法と航路補助金、規制緩和と指定区間、国境離島法による特別措置、特定有人国境離島に関する基本方針などと、これに関連して努力義務規定や弱者救済などについて解説されています。
第10章「航空の規制緩和と法」では、航空法と45/47 体制、規制緩和推進計画、航空自由化と独占禁止法をテーマに、半官半民の日本航空、45/47体制の成立と終焉、独占禁止法適用除外制度とカボタージュ規制などと、行政指導や主権の放棄などについて解説されています。
第11章「交通公害の抑制と法」では、新幹線の騒音・振動公害、航空機の騒音公害、自動車の騒音・排気ガス公害をテーマに、新幹線鉄道と騒音対策、名古屋新幹線公害訴訟と公共性、航空機の騒音対策特別措置法、大阪国際空港訴訟と航空行政権、自動車の社会的費用、西名阪自動車道低周波公害裁判などと、これに関連して責務や官僚の形式主義などについて解説されています。
第12章「交通インフラの建設と法」では、日本鉄道建設公団と我田引鉄、日本道路公団と利権の温床、新東京国際空港公団の民営化をテーマに、不採算路線の建設、日本国有鉄道清算事業団の債務償還計画の破綻、本州四国連絡橋公団と債務、道路関係四公団の民営化、新東京国際空港公団法、成田国際空港株式会社法などと、これに関連して天下りや債務の免除、責任転嫁などについて解説されています。
第13章「交通企業の民営化と法」では、JR旅客鉄道会社の民営化、地下鉄の民営化、空港の民営化をテーマに、国鉄の分割民営化と特殊会社、旅客鉄道株式会社の株式の売却、帝都高速度交通営団の民営化、東京地下鉄株式会社の設立、空港の設置及び管理における民間資金・能力の活用、新関西国際空港株式会社と民間委託などと、これに関連して特別法と民営化の本当の狙いなどについて解説されています。
第14章「交通政策と法と限界」では、交通政策基本法、地域公共交通の活性化と再生、高齢者、障害者の移動の円滑化をテーマに、交通政策基本法の理念、国の責務と施策、地域公共交通活性化法の理念と国等の責務、バリアフリー法と国の責務と国民の責務、バリアフリー法の問題と法の限界などと、これに関連して努力義務や責務規定、平等などについて解説されています。
本書の構成と内容は以上のとおりですが、本書で取り上げて解説・紹介できなかったものも残され、また説明や解説、分析が不十分な個所もあると思います。政治と行政によって管理・統制されている交通に内在する疑問や問題を、法律、政令、省令を通して抽出し、同時に法治国家の法の限界を探ろうとする交通政治学という新しい観点からの交通へのアプローチがどの程度まで成功しているかは、読者のみなさんのご批判を待たねばなりませんが、私たちのもっとも身近な経済的現象であり事象である交通に興味と関心を持っていただく一助になれば幸いです。
他方、本書をお読みいただくにあたって、是非とも知っておいていただきたいことがあります。それは、経済学や政治学、法学など社会科学には正解がないということです。正解がないということは、国会議員や県会議員、市町村会議員が何故いるのか、なぜ自由民主党や立憲民主党、共産党という政党が存在しているのかを考えれば分かることです。したがって、本書では主流派の考え方だけを「正しい」答えとして押しつけるのではなく、さまざまな見方や考え方をできるだけ多く紹介し、それを手掛かりに読者の一人ひとりが、自分の頭で考えて答えを探し出すための編纂の方法が採用されています。その一つが「〜と言われています」「〜とされています」と客観的な表現が多いことです。
この表現方法を批判する読者もおられますが、誰が言ったかではなく、どのようなことが言われているかが重要になるため、誰が言ったかを基本的には示していません。もし、言っている人物が政府高官や権威者ならば、何も考えずに盲目的にその意見を受容してしまう読者の方もおられると思われますので、筆者の小著にはすべてこのような編纂処理がなされています。
また、学問としての交通論も発展し、当初は経済的実務書としての運賃論などが主流でしたが、運輸技術の発展とともに交通技術論が台頭し、その一方で、交通による大気汚染や交通事故問題に対処するための交通環境論や交通安全論、交通弱者問題に象徴される交通政策論も盛んに論じられるようになりました。交通経済学も、科学となるために物理などの理論構成に範を仰ぎ、ジャンルを細分化させ、いつの間にか数学的な精緻さを追求する交通計量経済学がもてはやされたり、グローバリズムによる交通の国際化という観点から観光交通論や交通文化論も注目を集めたりしました。筆者は、このような流れの中で、数々の著書を刊行してきましたが、やっと辿り着いたのが交通政治学です。
最後に、本書の出版を快くお引き受け下さいました(株)成山堂書店の小川典子社長、編集や校正で大変お世話になりました編集部の方々をはじめ、スタッフの方々に厚くお礼申し上げます。

2019年2月
著者記す

【目次】 第1章 交通と法と政治
 1-1 交通と法
  法律の制定
  政令の制定
  省令と通達の制定
 1-2 移動と政治と法律
  移動と規制
  運送と規制
  運送事業と規制
 1-3 運送約款と規制
  運送約款と付合契約
  一般乗合旅客自動車運送事業標準運送約款
  旅客自動車運送事業運輸規則

第2章 交通の生産的構造と法
 2-1 交通の三要素と動力
  動力としての人力
  動力としての自然界の力
  動力としての動物の力
 2-2 交通の三要素と運搬具と通路
  動力機関
  運搬具
  通路
  通路の有償の貸借
 2-3 通路の費用負担の不公平
  道路の建設と管理
  通路の費用負担
  鉄道の上下分離

第3章 交通の物理的構造と法
 3-1 速度と速度規制
  交通の物理的三要素
  速度の向上と速度規制
  巡航速度と経済性
 3-2 速度の向上と運搬具の改良
  抵抗力と速度
  船舶の抵抗力と速度
  旅客機の速度規制
 3-3 速度の向上と通路距離の短縮
  通路距離の短縮
  通路距離の短縮と橋梁
  通路距離の短縮の失敗

第4章 交通の経営的構造と法
 4-1 運賃及び料金と施設
  交通の経営的三要素
  人件費の削減と運賃及び料金
  運搬具の大型化と運賃及び料金
 4-2 ビジネスと公共性
  公営企業と公営交通
  経営収支と補助金
  国土交通省と地方公共団体
 4-3 運賃及び料金と公共性
  公共料金
  自然独占と参入規制
  受益者負担と独立採算

第5章 国鉄改革と政治と法
 5-1 国鉄の財政再建
  財政再建促進特別措置法
  三度の再建対策
  国有鉄道運賃法の改正
 5-2 国鉄の経営の再建
  国鉄再建法
  国鉄再建法と地方交通線の選定
  地方交通線の貸付及び譲渡
 5-3 赤字路線の廃止と国鉄分割民営化
  臨時行政調査会
  特定地方交通線の廃止
  国鉄改革法と国鉄の分割民営化

第6章 新幹線鉄道の建設と法
 6-1 新幹線鉄道の建設と政治力
  全国新幹線鉄道整備法
  基本計画と整備計画
  新幹線鉄道特例法
 6-2 整備新幹線鉄道の建設と財源問題
  整備新幹線鉄道
  暫定整備計画とミニ新幹線方式
  軌間可変新幹線とリニア中央新幹線
 6-3 新幹線鉄道施設の譲渡
  日本国有鉄道改革法
  新幹線鉄道保有機構法
  新幹線鉄道施設の譲渡

第7章 都市と地方の鉄道格差と法
 7-1 都市鉄道の発展と法
  特定都市鉄道整備法
  宅地・鉄道一体化法と特定鉄道法
  都市鉄道等利便増進法
 7-2 地方鉄道の衰退と法
  鉄道軌道整備法
  地方鉄道の衰退
  鉄道の再生
 7-3 第三セクター鉄道と法
  第三セクター
  第三セクター鉄道の光と影
  整備新幹線鉄道と第三セクター鉄道

第8章 バスとタクシーの規制緩和と法
 8-1 乗合バスと規制緩和
  一般乗合旅客自動車運送事業
  乗合バスの規制緩和
  乗合バスの運賃及び料金規制
 8-2 貸切バスと規制緩和
  一般貸切旅客自動車運送事業
  貸切バスの規制緩和
  貸切バスの規制強化
 8-3 タクシーと規制緩和
  タクシーの規制緩和
  タクシー適正化・活性化法
  タクシーの運賃制度

第9章 離島交通の補助と法
 9-1 離島交通と運航補助金
  離島
  離島振興法
  離島航路整備法と航路補助金
 9-2 離島航路構造改革と補助金
  離島航路事業
  旅客船と貨物船と自動車航送船
  規制緩和と指定区間
 9-3 国境離島法と特別措置
  国境離島法
  国境離島法による特別措置
  特定有人国境離島に関する基本方針

第10章 航空の規制緩和と法
 10-1 航空法と45/47 体制
  航空法
  半官半民の日本航空
  45/47 体制の成立
 10-2 規制緩和と規制緩和推進計画
  45/47 体制の終焉
  規制緩和推進計画
  規制緩和
 10-3 航空自由化と独占禁止法
  独占禁止法適用除外制度
  カボタージュ規制
  以遠権

第11章 交通公害の抑制と法
 11-1 新幹線の騒音・振動公害
  新幹線鉄道と騒音公害
  新幹線鉄道と騒音対策
  名古屋新幹線公害訴訟と公共性
 11-2 航空機の騒音公害
  航空機の騒音公害
  騒音対策特別措置法
  大阪国際空港訴訟と航空行政権
 11-3 自動車の騒音・排気ガス公害
  自動車の社会的費用
  騒音と騒音規制法
  排出ガスと大気汚染防止法
   西名阪自動車道低周波公害裁判

第12章 交通インフラの建設と法
 12-1 日本鉄道建設公団と我田引鉄
  日本鉄道建設公団
  不採算路線の建設と我田引鉄
  日本国有鉄道清算事業団
  債務償還計画の破綻
 12-2 日本道路公団と利権の温床
  日本道路公団と利権の温床
  本州四国連絡橋公団の業務の引継ぎ
  本州四国連絡橋
  公団と債務
  道路関係四公団の民営化
 12-3 新東京国際空港公団の民営化
  新東京国際空港公団法
  新東京国際空港の民営化
  成田国際空港株式会社法

第13章 交通企業の民営化と法
 13-1 JR 旅客鉄道会社の民営化
  国鉄の分割民営化
  旅客鉄道株式会社の株式の売却
  株式公開と完全民営化
 13-2 地下鉄の民営化
  帝都高速度交通営団
  帝都高速度交通営団の民営化
  東京地下鉄株式会社の設立
 13-3 空港の民営化
  空港の設置及び管理
  民間資金・能力の活用
  新関西国際空港株式会社と民間委託

第14章 交通政策と法と限界
 14-1 交通政策基本法
  交通政策基本法
  交通政策基本法の理念
  交通政策基本法と国の責務と施策
 14-2 地域公共交通の活性化と再生
  地域公共交通活性化法
  地域公共交通活性化法の理念と国等の責務
  地域公共交通網形成計画の作成
 14-3 高齢者、障害者の移動の円滑化
  バリアフリー法
  国の責務と国民の責務
  バリアフリー法の問題と法の限界


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カテゴリー:交通 物流 タグ:シラバス せいざんどう トラック なるやま なるやま君 出版 出版社 大学 成山堂 成山堂書店 授業 教科書 書店 書籍  本屋 流通  
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