新訂 ビジュアルでわかる船と海運のはなし(増補2訂版)


978-4-425-91126-4
著者名:拓海広志 著
ISBN:978-4-425-91126-4
発行年月日:2022/5/28
サイズ/頁数:A5判 324頁
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価格¥3,520円(税込)
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海運・貿易・物流をビジュアルで学べるロングセラーテキスト!  
船の種類や構造から、航海に関する基本知識、港の役割、海運が物流の中で果たしている機能といったことを、写真や図版を多く使ってビジュアルに、やさしく解説。海運・貿易・物流などの仕事を初めて学ぼうとする人、船について基礎的なことを知りたい人に最適の解説書。

【はじめに】より 太平洋に浮かぶ小さな島々からなる国・ミクロネシア連邦にヤップと呼ばれる島々があります。ヤップでは昔から男たちがシングル・アウトリガー・カヌーに乗って南西約500キロのところに浮かぶパラオ諸島まで渡り,そこにあるライムストーン(結晶石灰岩)を円形に切り出して持ち帰るという航海をしていました。持ち帰った石はヤップでは貨幣(石貨)として流通するのですが,石貨の価値は往復の航海の苦労や,その後のヤップでの使われ方など,島民の間で共有できる物語によって決まったといいます。
この石貨を取りに行く航海は過去100年ほど行われていなかったのですが,私と数名の仲間がヤップの人たちと共に立ち上げたアルバトロス・プロジェクト・チームは,ヤップの森で切り倒した巨木を用い,昔ながらの方法によってカヌーを建造しました。そして,近代的な航海計器や海図のなかった時代の外洋航海術を今に伝えるヤップ離島サタワルの航海者マウ・ピアイルック(1932〜2010)を船長として招き,石貨を運ぶためにパラオとの間を往復する航海を再現したのです。このアルバトロス・プロジェクトに参加したヤップの若者たちにとって,それは失われつつあった島のアイデンティティと石貨の物語,古来の航海術を再確認する機会になったことでしょう。
それにしても,パラオ諸島では珍しくもない結晶石灰岩が,それを産しないヤップでは貴重な財産となることに,私は人類の交易の原点である「未知の世界への憧れ」と「モノを介しての異文化交流」 を知る思いがしました。そして,石貨を運ぶことに伴う苦労の度合がその価値を決めるということに,私は古き良き時代の流通のあり方を偲びつつ,物語によって商品やサービスの付加価値を高めるという現代のマーケティングとも通ずるものを感じていたのです。
人類は太古より海を越えて移動し,そこで出会った異人たちとの間でさまざまな交易や交流を行ってきました。その際に船はヒトの移動やモノの運搬の道具としていつも大きな役割を果たしてきましたが,航空機が発達した現在もなお海を越えてモノを運ぶ主役は船です。しかし,現代の物流業では海上輸送と航空輸送,鉄道やトラック輸送などの適切な組み合わせによる複合一貫輸送は重要かつ日常的な仕事です。
さまざまな輸送モードと貨物の保管,仕分けなどをうまく組み合わせることによって最適物流を組み立てることが現代の物流の仕事ですので,船と港のこと,海運のことを知らずに物流の仕事はできませんし,逆にそれだけを知っていても不十分です。今日のロジスティクス企業には輸配送と保管,荷役,包装,流通加工,情報管理といった古典的な物流の仕事だけではなく,コールセンターなどでのカスタマーサービス,各種のテクニカルサービス,金融や商流に関わるサービス,さらには荷主企業のサプライチェーン・ネットワーク及びそこでの物流と在庫を最適化し,商流の効果を高めるためのコンサルテーションやIT機能の提供といった,さまざまな仕事が求められています。
しかし,こうしたことの基本にはやはり海運があります。海運の歴史は古く,それを学ぶことによって国際関係や貿易,物流,輸出入制度などの基本を知ることができるでしょう。海と国境を越えてモノを運ぶという仕事は,自然条件による制約と輸送・荷役設備や技術上の制約,また各国・地域の法律や諸制度
による制約などに縛られながらも,安全かつ確実に,最適の方法と速度で輸送を行い,その上でいかに収益を上げるかというのが基本的な課題であり,そうしたことと昔から向き合ってきたのが海運業なのです。
また,海運を知るためには商船の構造や航海についての基礎知識も持っておく必要があります。私の恩師である科学思想史研究者の坂本賢三(故人)は「航海術は比較的早くから測定機器を使用し自己の技法を対象化し意識化してきた技術であり,かつ各時代においてその時代の最先端の知識と技術を統合してきた」と語りましたが(H.C.フライエスレーベン著『航海術の歴史』の訳者あとがき),海運を通してその時代の世界のあり方を,また航海術を通してその時代のテクノロジーをうかがうことは可能だと思います。そういう視点から航海について考えると,船や海運に関わる人以外にとっても興味が湧いてくることでしょう。
少し前置きが長くなりましたが,本書は海と船が好きな人,海運・物流,貿易,SCM(Supplychainmanagement:供給連鎖管理)とロジスティクスなどの仕事に関心を持っている人,これからそういう仕事に携わろうとしている人,あるいはマリンレジャーとしてヨットやモーターボート,カヤックなどでの航海を楽しむ人たちに,商船と海運の概要について一通り知っていただくことを目的としています。ですから,それらについて深く知りたい人にとっては不十分なものになるだろうと思います。そこで,本書よりも詳しく書かれた文献を幾つか本文中や脚注にて紹介させていただきましたので,各項目についてもっと詳細に知りたい方はそれらの本を読んでみてください。
私は子どもの頃から海と船が大好きで,いつも海を舞台にさまざまな活動を行ってきました。そして,学生時代に航海術を学んで以来,ヒトと海の多様な関係性について探求したことを文章や音楽などで表現すると共に,世界のさまざまな国と地域においてSCM,ロジスティクス,貿易,EC(e-Commerce:インターネット通販) ,飲食などに関する仕事に携わってきました。冒頭でご紹介したヤップ島の石貨と同じように,現代においてもモノを運ぶということは心を運び,人と人を結びつける仕事だと私は信じています。本書を通じて船や海運と関わってきた先人の営為を少しでもお伝えすることができれば幸いです。

拓海広志

【増補2訂版発行にあたって】 2006年5月に本書を世に送り出してから16年近い歳月が過ぎました。その間に2度にわたって部分的な改訂を行い、2017年7月には新訂版を、2020年7月には増補改訂版を出しましたが、今回はさらに幾つかの箇所を改訂することにしました。この16年の間に海運と物流、貿易、SCM(Supply chain management:供給連鎖管理)とロジスティクスの世界は大きく変化していますので、それらを本書にも反映させています。
ところで,昨今日本の大学や企業で「グローバル人材」育成の必要性がよく唱えられており,私もその要件について考えることがあります。グローバルな仕事を通して他者と社会に価値を提供するためには,多様な人と社会への対応能力,特に言語・宗教・文化的な差異をマネジメントする能力が必要で,ハイコンテクストなコミュニケーション文化に慣れ親しんできた日本人はそれを強く意識しておくべきだということがしばしば指摘されます。これはもっともなことでしょう。
しかし,政治・経済の世界においてパクス・アメリカーナの延長だと揶揄されがちなアメリカンスタンダードのグローバリズムではなく,これからの人類が築いていく地球規模の生態系的な共同体としてグローバル社会を捉えるならば,単に文化相対主義的な観点に立って差異をマネジメントしていくだけでは不十分でしょう。さまざまな言語,宗教,文化の差異を超えた人類のコモンセンス(共通感覚)(注)を認識することや,それを参照しながらグローバル社会の普遍的なプリンシプル(原理原則)を築いていくことが,これからの「グローバル人材」には求められるだろうと私は思います。
私は,近代の航海術が登場する以前の太平洋諸島民の伝統的な航海術,すなわち身体知を用いて星の動きや自然のメッセージを読み解くことで自分の位置と目指すべき方向を見出し,イメージの力を用いて海を渡るという航海術に注目してきました。彼らの空間認知の知識と技術は砂漠や大草原を移動する遊牧民のそれとも通ずるものですが,これは人類のコモンセンスについて考える際のヒントにもなります。また,世界のさまざまな海で生きる海かい人じんたちの多くは国や地域,人種や民族を越えた海人のプリンシプルとも言える海とのつきあい方を共有しており,私はそのことからも思索のヒントを得ています。前回の増補改訂版の校正作業を行っていた2020年の春に、私は以下のように書きました。
「本書の校正作業を行っている本日現在,世界中でCOVID-19(新型コロナウイルス)が蔓延しており,感染の拡大を防ぐために各国・都市があたかも鎖国を競い合うかのような状況となっています。グローバリズムの進展とテクノロジーの進化によって世界は狭くなりましたが,一地域で発生した感染症があっという間に世界中に拡散してしまうのもその結果だと言えます。しかし21世紀に入ってからの世界は,むしろナショナリズム色の強い政治リーダーに率いられる国家が増えており,グローバル人材の真価が問われているように思います。COVID-19はやがて人類と共生するようになり事態は収束していくでしょうが,私はむしろその後の世界のあり方について思いを馳せています」。
それからの2年間、人類はCOVID-19との戦いに明け暮れながらも徐々にウイルスとの共生の仕方を学んできました。コロナ禍は私たちの社会と生活・仕事に対して様々な不便や困難を惹き起こしており、この状況は正しく「危機」と呼べるでしょう。しかし、他方ではそうした不便を補い困難を乗り越えるべく新しいビジネスも生まれており、この機にデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速する政府や企業も増えています。また、その必要性が大いに語られてきたにもかかわらず、これまでなかなか変えることができなかった社会と組織の硬直的な制度や慣習、人々の働き方といったことが、いとも簡単に変わっていく様も私たちは目の当たりにしています。後世から振り返ると、2020〜2021年はCOVID-19によって社会の然るべき変化が加速した、とても重要な時期だったということになるのではないでしょうか。
「危機」という語は「危険の認識」=「変化の機会」とも読めます。つまり、従来の当たり前が通用しない新しい環境に適応するための変化が求められる時機だということです。そして、私たちはコロナ禍と呼ばれる表層の混乱の下で加速する社会の然るべき変化という底流もよく見ておく必要があるでしょう。
2020年代に入ってからのグローバル・サプライチェーンと国際物流は、コロナ禍による大きな混乱に見舞われています。ロジスティクスを組み立てる際にしばしば求められるのはJIT(Just in time)ですが(第19章(注12)参照)、同時にBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)としてのJIC(Just in case(もしもの時のため))も重要です(第20章1項参照)。コロナ禍によって生じた港湾機能不全、海上コンテナ不足、航空輸送キャパシティ不足などによる混乱は、日々JIC対応のロジスティクスが求められる状況を生み出しています。
SCMの3Aは、Agility(俊敏性)、Adaptability(適応力)、Alignment(整合性)だと言われていますが、今ほど俊敏性に富んだ臨機応変なロジスティクスが強く求められる時代はありません(第18章5項参照)。
一方、ポピュリズムの横行によって劣化する欧米由来の民主主義の弱点を衝く形で覇権主義を強める中国とロシアの政権に対する懸念から、米欧や日本では国の安全保障と生産に関わる人の人権を意識することによるサプライチェーンの変化も起こっています。ロシアによるウクライナ侵攻が世界に与えた衝撃は大きく、それを契機としてこの変化はさらに進みそうです。
海への愛,船への思い,船で運ばれる人やモノが紡ぐ物語への関心そして海と関わる多くの人々との繋がりが私に本書を書かせました。海人たちが有するコモンセンスとプリンシプルに示唆を受けながら,私はこれからもヒトと海の関係性についての探求を続けていきたいと思います。

2022年4月
著者しるす

【目次】
第1部 船と航海の歴史を知ろう
 1 船と航海の歴史

第2部 船について知ろう  2 船の種類
 3 船のサイズとスピード
 4 船の構造と性能
 5 船の機関と設備

第3部 航海について知ろう  6 船の仕事と航海当直
 7 航海計器
 8 航路標識と水路図誌
 9 航海のルールと信号
 10 船の位置の求め方
 11 操船術
 12 海難とその対処
 13 気象と海象

第4部 港について知ろう  14 港の歴史と現状
 15 港の種類と港則法
 16 港の仕事

第5部 海運と物流について知ろう  17 貿易と海運の基礎知識
 18 外航海運の歴史と現状
 19 内航海運とモーダルシフト
 20 SCMとロジスティクス


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カテゴリー:海事一般 
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