福島第一原発事故で、何が起きたのか。放射性物質はどのように拡がり、水と魚にどのような影響を与えたのか。それは10年を経てどう変わったのか。事故後の海や河・湖と、そこに生息する水産生物の放射線濃度について、10年間にわたるモニタリングデータをまとめ、水産業の復興に向けた取り組みや課題について、わかりやすく解説した内容です。
東日本大震災から12年が経ちました。震災が残した破壊的な打撃は、現在も日本の人々の生活や精神、産業や経済、自然環境等に様々な影響を及ぼしています。震災によって起きた災害のうち、東京電力福島第一原発で起きた事故は、放射性物質の大規模な放出という点で、長期的な影響が懸念されるものでした。原子力発電所で起こった事故は、海や川、湖にどのような影響を与えたのでしょう?
事故直後から、地元産の農林水産物について憶測を含む様々な話題が飛び交いました。危険だと耳にしたら避けてしまうのは消費者として当たり前の行動かもしれません。では、今現在は現地の農林水産業はどうなっていて、作物や魚介類の安全性はどこまで回復しているのでしょう?知らないままでは、自分たちの安全を保つことはできません。
今回ご紹介する『東日本大震災後の放射性物質と魚』は、水産研究・教育機構が事故直後から10年に渡って継続的に行ってきた現地調査から得られたデータをもとに、福島第一原発事故以降の水圏環境とそこに生きる水生生物への影響を検証しています。放射性物質は事故によってどのように広がり、生物はどのような影響を受けたのか?蓄積された放射性物質はどのように減り、現在はどんなレベルなのか?生物の生息環境別、放射性物質別にみればどうなのか?地元水産業の復興はどこまで進んでいて、現在の課題は何か?そうした疑問について、一つ一つ現時点での真摯な回答が示されています。
水産学や環境学を学ぶ学生さんだけでなく、放射線が水生生物に与える影響について詳しく知りたい方、今後の災害復興の参考としたい自治体の方等にお勧めです。災害国で暮らすためには、これまでの災害について詳しく知ることも重要なのです。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『東日本大震災後の放射性物質と魚』はこんな方におすすめ!
- 水産学・環境科学に興味を持つ学生の方
- 自治体等で水産関係の業務に関わる方
- 放射性物質の水産資源に対する影響を詳しく知りたい方
『東日本大震災後の放射性物質と魚』から抜粋して3つご紹介
『東日本大震災後の放射性物質と魚』からいくつか抜粋してご紹介します。東日本大震災で起こった福島第一原発事故により、放射性物質は水と魚にどのような影響を与えたのでしょう?事故後からの継続的なモニタリングから得られたデータをもとに、放射性物質の広がり方、水産生物の放射線濃度等について解説しました。水産業の復興に向けた取り組みや課題を紹介し、これからの災害対策の参考とします。
海水としての放射性セシウムの拡がり
福島第一原発事故により北太平洋へ流出した放射性セシウムは、事故直後から拡散状況が把握されてきました。これまでに得られた知見をもとに、海洋環境において放射性セシウムが拡散していった過程を検証してみましょう。
北太平洋の表層に着目すると、大気中に放出された放射性セシウムは主に黒潮続流より北側に降下・沈着し、海水の動きに伴い比較的速やかに輸送・拡散されたものと考えられています。
一方、福島第一原発の港湾から沿岸に漏洩した高濃度汚染水は、岸に沿って南北に拡がりました。南下した放射性セシウム濃度の高い海水は、福島第一原発沖合の親潮と黒潮続流に挟まれた移行域(混合域)を東向きに拡がったことが確認されています。
北太平洋の表層では、福島第一原発事故により放出された放射性セシウムが黒潮続流の北側の海域において速やかに広く薄く東向きに拡散したことが明らかとなりました。 一方北太平洋の亜表層では、表層とは異なる放射性セシウムの輸送が起こっていました。
移行域においては、冬季において鉛直方向に水が混合し、物理特性が均一な水塊(モード水)として取り残されます。モード水が形成される時期に事故が起こったため、放射性セシウムはモード水として、表層とは異なる輸送ルートを辿り北太平洋の内部へと取り込まれました。
西部北太平洋においては、黒潮続流のすぐ南の海域で形成される亜熱帯モード水と黒潮続流の北の海域で形成される中央モード水に放射性セシウムが取り込まれ、海洋内部へと拡がりました。亜熱帯モード水には、2011年の晩冬および翌2012年の冬に事故由来の放射性セシウムが取り込まれ、日本列島南方の亜熱帯域に拡がりました。その一部は東シナ海を経由し、2015年には日本海へ拡がり、その後津軽海峡を通過して再び西部北太平洋へ輸送されたと考えられています。
中央モード水に関しては観測事例が限られており、未だ輸送ルートは確定していません。
北太平洋全域を俯瞰すると、事故由来の放射性セシウムは主に黒潮続流の北側の海域で東に拡がった一方、海洋内部の亜表層では表層と異なるルートを辿り、 亜熱帯モード水の一部は東シナ海、日本海へと輸送されたことが明らかとなりました。
沿岸においては、福島第一原発近傍を中心とした海域では、極めて大きな放射性セシウム濃度の時間変動が記録されました。高濃度汚染水の直接漏洩が止められた直後には、急速な濃度の低下が確認されています。
事故から数年が経過すると、福島県の沖合ならびに仙台湾、波崎などではセシウム137濃度が事故前と同程度まで低下し推移していることが明らかとなりました。一方で極沿岸部、 特に福島第一原発の南部においては、2013年の時点で事故前に比べて一桁から二桁高いセシウム137濃度が観測されました。
東電福島第一原発からの汚染水の継続した漏洩や河川による陸域からの放射性セシウムの供給により、セシウム137濃度が事故前の濃度まで低下していないものと考えられます。
極沿岸部における海水の放射性セシウムの濃度の推移は、沿岸に生息する海洋生物に影響を与えるため、濃度の低下が鈍化した要因を明らかにすることは、そこに生息する海洋生物のセシウム137 濃度がいつになったら事故前の濃度まで低下するかなどの見通しをつける上で、 今後ますます重要となってきています。
日本の沿岸部では黒潮続流が蛇行し、その一部がちぎれて渦となります。そのため、沿岸部では放射性セシウムの濃度が周囲に比べて高い海域や低い海域が発生し、沿岸部での濃度の減少に差が出たのではないかと考えられています。
海産魚類の放射性セシウム濃度(底魚類)
浮魚類と比較すると、底魚類では放射性セシウム濃度の個体差が大きい傾向にあります。モニタリング調査の結果から、特に福島県南部の水深50m以浅で採取した底魚類から高い濃度の放射性セシウムが検出されています。
この海域は事故直後に東電福島第一原発から直接漏洩した高濃度汚染水が流れたと考えられており、海底堆積物や底魚類の餌生物となるベントス (底生生物) からも他の海域と比較して高い濃度の放射性セシウムが検出されています。
事故から約1年後、アイナメを対象として水深別の3地点で放射性セシウム濃度を測定しました。測定の結果、水深20m域で採取したアイナメは全長にかかわらずすべての個体が、水深50m域や100m域で採取した個体より高い放射性セシウム濃度でした。
事故後の福島県沖では直接漏洩した高濃度汚染水が海底付近まで強く影響を及ぼしていた海域が南部沿岸域に局在していました。濃度の不均衡が起こっていたことが、魚類の放射性セシウム濃度に大きな個体差を生み出したと考えられます。
底魚類では、放射性セシウム濃度の低下速度が遅いことも特徴として挙げられます。海底堆積物に含まれる放射性セシウムが餌生物となるベントスを介して継続的に底魚類の体内に取り込まれている可能性を考えました。しかし実験の結果、ベントスの影響だけでは説明しきれないことがわかりました。
他の要因として、海底堆積物中に含まれる間隙水に注目しました。海底堆積物中の放射性セシウムは、濃度の低い海水や海底堆積物中の間隙水に接触することで一定量が溶出すると考えられます。間隙水と直上水、その海域に生息するカレイ類の調査から、間隙水の放射性セシウム濃度が高いことがわかりました。
現在の福島県沖に生息する底魚類では、海水中よりも高い濃度の放射性セシウムを含む間隙水と、間隙水の放射性セシウム濃度を反映する餌生物のベントスが、放射性セシウムの主な取り込み経路となっている可能性が示唆されます。
底生生態系において放射性セシウムが移行するメカニズムを明らかにするためには、それぞれに含まれる放射性セシウムの濃度を把握するとともに、海底堆積物やベントスに含まれる放射性セシウムのうち、生物が体内に取り込み可能な状態の放射性セシウムがどの程度含まれているのか明らかにする必要があります。
魚類の体内の放射性セシウム濃度に関しては、その種類が何を食べていて、その餌生物が何を食べているのかという食物網を辿る必要があります。底生生物を食べている底魚類と、水中を漂うプランクトンを食べている小魚と、それを餌にしている大型魚の系統を別に調べることで、正しい濃度推移を調べることができるのです。
消費段階の風評被害
(1) 消費者の価値評価
2013年から消費者庁が継続的に実施している「風評被害に関する消費者意識の実態調査」の結果では、風評被害は収束する傾向にあります。
風評被害の実態をより詳細に把握するために、消費者の意識や行動に関する研究も行われてきました。消費者が福島県産と明記された食品を他産地の食品と比べてどれくらい忌避するのか、またどのような消費者が福島県産と明記された食品を忌避するのかという2点について明らかになってきたことを整理します。
全国の消費者を対象として福島県産マダラとシラスの消費者評価を分析した結果、福島県産は両商品ともに他県産に比べてマイナスの評価を受け、またマダラのような底魚の方がシラスのような浮魚よりも忌避されることが明らかとなりました。
また、農産物に比べ水産物での風評被害が大きい(または継続している)可能性が示唆されています。
(2)風評被害に違いを生む消費者の属性
風評被害の原因として、産地と消費地の物理的隔絶による情報の非対称性があります。この影響により福島県から遠い地域の消費者ほど風評被害による福島県産食品に対する忌避が強いことが予想されます。
2011年3月末から2013年2月にかけて京浜地域と京阪地域で行われた調査では、食品に含まれる放射性物質の量が基準値以下である場合と不検出の場合において、福島県産と他県産のホウレンソウの消費者評価を調べています。
調査の結果、放射性物質が検出されている場合には、消費者は産地に関係なく低い評価を与えました。放射性物質が不検出という条件の場合は、福島県産に対して距離の遠い京阪神地域の方が京浜地域よりも低い結果を示しました。
また福島県産への評価は、京浜地域では時間経過に伴い改善する傾向を示しましたが、京阪神地域では改善傾向は認められませんでした。遠い地域では風評が減衰しにくい可能性が示されました。
さらに、消費者の個人属性により、福島県産食品への評価には違いがあることが明らかとなっています。
消費者の属性と評価の関係を調べた結果、福島県産や宮城県産などに対し著しく低い評価を与え、購入する意思のない消費者(ボイコッター)が約3割いることが示されました。低評価が消費者全体に均一に分布しているのではなく、一定の消費者層によって低く評価されることが分かりました。
ボイコッターの属性として目立つのは、女性、高所得者、調査機関を信用していない人、産地表示をよく確認する人等です。
この調査では、水産エコラベルの添付によりどの程度の付加価値が生じるかも分析しました。その結果、水産エコラベルの付いた福島県産水産物の評価は、ラベルのない他県産水産物を上回る評価を得られるということがわかりました。風評被害で低下した福島県産水産物への消費者評価を回復する手段として、水産エコラベルが有効であると考えられます。
調査データを見れば基準値以下となってはいるけれど、不検出でないならば心配で食べられない。家族の健康を預かる立場の人なら、そう考えておかしくありません。しかし事故によって下がった生産物への信頼は、継続的なデータ公開と、信頼性の高い調査機関による「お墨付き」で取り戻していけるでしょう。
『東日本大震災後の放射性物質と魚』内容紹介まとめ
福島第一原発事故により、打撃を被った地元水産業。事故直後から10年以上、水産研究・教育機構は継続して現地調査を行ってきました。得られたデータから、水生生物への放射性物質の移行過程、蓄積の状況についてわかりやすく解説します。セシウムに加えて、放射性ストロンチウムについても詳細解説。また、復興状況と今後の課題についても紹介しました。
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業が生き残るために!おすすめ3選
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『福島第一原発事故による海と魚の放射能汚染』
本書の先行版ともいうべき書籍で、事故発生から5年後に発行されたものです。事故で何が起きたのか、放射性セシウムはどのように広がり、どのように減っていくのか?生物にはどのような影響を与えるのか?等の疑問に答えます。これから不安なことは何か、水産総合研究センターは復興に向けてどのようなことに取り組んでいるのかについても詳しく解説しました。
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『海洋高校生たちのまちおこし』
部隊は新潟県糸魚川市の海洋高校です。減っていく若年人口、衰退する地元産業をどうすればいい?学校からまちおこしを始め、就職先と名産品を作り出すことに成功するまでの若者たちの試行錯誤の日々を生き生きと描きます。この本に出てくる高校生が作った商品は、物産館などで買うことができますよ。
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『タコのはなし』
水族を学ぼうとする学生や、指導者向けのテキストです。水族の育成には、水産学そのものだけでなく、生物学や海洋環境学など、様々な知識が必要です。また、育成の対象となる生物とその発生・成長過程も様々です。前半では水族の発生と成長について、後半では養殖・育種・増殖について、具体例も紹介しつつ解説しました。