本書は、海洋の課題を軸にその可視化に資するリモートセンシング技術を解説しています。将来海洋のリモートセンシングを担う大学生や、海洋に関する行政業務を担う担当者や研究者などにむけて、海洋のリモートセンシングの現状と将来像について伝えることを目的としています。
近年、海洋温暖化の進行、激甚災害の増加、海洋汚染の拡大、水産資源の枯渇、生物多様性の減少など、海洋環境に関する課題が山積しています。これらの課題解決の第一歩は、観測すべき対象の直接的な可視化を行うことです。
地球表面の約7 割を占める海洋の可視化は観測船やブイなどによる方法では限界があり、広域を面的に測定できるリモートセンシング技術が古くから利用されてきました。日本において開発された最近の衛星だけをとっても、GCOM(Global Change Observation Mission)のGCOM-W(Water)やGCOM-C(Climate)に代表される水循環、海象、海色、氷雪などを観測できる優れたセンサーが次々と打ち上げられています。
ただし、このような海洋観測に特化した衛星プラットフォームやセンサーの現状および問題点は、意外と知られていません。実際、海洋リモートセンシング衛星やその精度、あるいは活用法を網羅的に説明したウェブサイトですら見つからないのが現状でした。
さらに、このような衛星プラットフォームやセンサーの存在および特性を理解したとしても、海洋を理解し課題を解決するための使いやすい衛星データが整備されているわけではありません。そこで、長期にわたる変化を明らかにするために、複数の種類の衛星データを組み合わせた新たなデータセットやデータベース、ソフトウェアの現状についてまとめ、将来的に日本として独自に利用しやすいデータセットやデータベースも開発していく必要があります。
このような背景のもと、2020年度と2021年度に笹川平和財団は、日本リモートセンシング学会に対して、「人工衛星を利用した海洋の可視化の推進に向けた調査」および「人工衛星を利用した海洋データ活用のための事例整理と提言に向けた調査」を委託しました。これらの成果は、すでに同財団のホームページで公開されており、リモートセンシングを学ぶ大学生を中心に好評を得たと聞いています。
本書は、海洋の課題を軸にその可視化に資するリモートセンシング技術を解説しています。将来海洋のリモートセンシングを担う大学生や、海洋に関する行政業務を担う担当者や研究者などにむけて、海洋のリモートセンシングの現状と将来像について伝えることを目的としました。本書が、海洋リモートセンシングという技術を用いて海の課題を解決する人材の育成に少しでも役立てば幸いです。
沿岸部での地震や海底火山の噴火があったときは、津波が心配になります。地震や噴火に伴って、海底の隆起などの大きな地形変化も現れるかもしれません。魚の旬になれば今年の漁獲量が報道されます。漁業関係者や海洋生物学者は魚の群れの分布や移動に関心がありますし、魚をはじめとする海洋生物たちと生態系に悪い影響を与えている海洋汚染や海水温の変化も気になりますね。海水温の変化は、毎年夏の超高温と冬の大雪、極地の氷の状態にも大きく関係しています。
地球上の約70%を占める海は、こうして私たちの生活に大きな影響を及ぼしています。海で起こっている様々な現象やその変化を知ることは、私たち人間が自分たちや地球環境の未来を予測し、対処していくために大変重要なことなのです。
それでは、先に挙げたような海洋環境の変化について、これまで人間はどうやって調べてきたのでしょうか?技術が開発されていない時代は、もちろん船や沿岸調査で直接調べるしかありませんでした。その後はセンサーを付けたブイを設置するなどしてきましたが、広い海のすべてを知るには限界がありました。しかし現在では、海洋調査に大活躍している技術があります。「空からの目」衛星です。
今回ご紹介する『海の衛星リモートセンシング』は、海洋調査・観測で活躍する衛星を利用したリモートセンシング技術について、広く解説しています。まず技術の概要について説明し、衛星データの利用が期待される分野と、衛星を用いてそこで何を調べるのかを述べていきます。後半ではセンサー、各国の海洋政策、衛星データの取り扱いについて解説します。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『海の衛星リモートセンシング入門』はこんな方におすすめ!
- 海洋研究を志す大学生
- 海洋研究者
- 海洋に関する行政業務の担当者
『海の衛星リモートセンシング入門』から抜粋して3つご紹介
『海の衛星リモートセンシング入門』からいくつか抜粋してご紹介します。海洋温暖化、海洋汚染、災害の増加など、海洋環境に関する問題は山積しています。これらの問題を解決するためには、海洋環境を正確に把握する必要があります。衛星を利用したリモートセンシングによる広域測定について、現状の技術と利用法、残る課題などを解説します。
海の衛星リモートセンシングと環境―海洋温暖化
衛星データ利用が期待される海の分野と課題カテゴリーのひとつ、「環境」のうち、「海洋温暖化」について取り上げます。海における地球温暖化の影響は、海水温の上昇、海面高度の上昇、海氷面積の減少などとして現れます。このような地球規模の変動をモニタリングするうえで、衛星RSは必須のツールです。
(1)海面水温
人間活動が発生させる二酸化炭素(CO2)によって気温の上昇が続き、これに伴って海水温の上昇が引き起こされています。海面水温の上昇は、海流などの変化によって、長期間にわたって気候に影響を及ぼすことが懸念されているほか、漁業生産を含め、海洋生態系へも深刻な影響を及ぼしていると考えられます。
海面水温の衛星観測には、衛星に搭載された熱赤外放射計やマイクロ波放射計が活用されています。衛星の空間解像度は、熱赤外放射計が数十m~1km程度、マイクロ波放射計は10km~数十kmほどです。熱赤外放射計では雲の下は見えませんが、マイクロ波放射計では雲の下のデータも取得することができます。
(2)海面高度
海面水温同様、地球温暖化による海面水位の上昇が懸念されています。現在までの海面上昇は、氷河の融解によるものが4分の1、残り4分の3は海面水温の上昇による海水の膨張が原因とされています。海面水位の上昇は、沿岸災害の激化や生態系への被害をまねくことが予測されています。
海面高度の衛星観測には、主にマイクロ波高度計が活用されています。海面高度の衛星観測は、計測誤差が小さい一方、解像度の粗さと軌道直下のみの観測という欠点がありましたが、技術の進歩により解像度は高くなってきています。
海面高度のデータは、局所的にも利用されます。局所的な海面高度の違いは、海流の方向や強さを表すことが知られています。そのため、海面高度のデータは海流の数値モデル計算にも利用され、海洋環境の予測などに役立っています。
(3)海氷面積
地球温暖化により、極域の海氷面積は減少し続けています。海氷面積は温暖化の指標のひとつであるとともに、北極圏航路の可能性を調べるうえで重要です。海氷面積の衛星観測には、可視放射計やマイクロ波放射計が使われています。
現状のマイクロ波放射計は、可視放射計よりも解像度が低くなりますが、雲の下でも観測が可能です。最近は海氷の面積だけではなく、厚さを測定するセンサーも打ち上げられています。
衛星のセンサーは万能なのだと思い込んでいたところがありましたが、意外にも雲に阻まれたり、網の目が粗かったりと、得意不得意が存在します。様々な「空からの目」が、海洋環境測定だけでなく、水産、エネルギー開発、災害観測などに役立っています。
海を観測する衛星センサー(水温、海色)
海洋観測が可能な衛星センサーとその観測対象について解説します。抜粋では、1:水温、2:海色、3:海氷・海上気象・塩分、4:測位・海面高度、5:可視高解像度・SARの5つのカテゴリーのうち、水温、海色を測るセンサーについて紹介します。
(1)水温を測るセンサー
① 観測のしくみ
電磁波を使って温度を測定するセンサーは、「物体は、その物体の温度に相応した波長分布の電磁波を放射している」ということを利用しています。衛星が観測するのは、分光放射エネルギーです。たとえば、太陽の温度は6,000K(約5,730℃)程度ですので、0.5μm付近(可視光)で最大となるような電磁波を放射しています。
海面水温を観測する衛星センサーは、大きく分けて熱赤外センサーとマイクロ波センサーの2種類が挙げられます。熱赤外センサーは熱赤外線の放射エネルギーを、マイクロ波センサーはマイクロ波の放射エネルギーを測ります。観測された放射エネルギーを温度に変換して表面水温を推定します。熱赤外センサーの利点は解像度が高く、観測精度がよい点ですが、雲に弱いという欠点もあります。一方、マイクロ波は雲の影響を受けにくいため、制度はやや落ちますが毎日観測することができます。
② 水温センサーの種類
主要な衛星水温センサーの性能を一覧で参照すると(本文中の表をご覧ください)、時間解像度は1日程度、空間解像度は1km程度のセンサーが多くなっています。一方、マイクロ波のセンサーは空間解像度は30km程度と劣りますが、雲の影響を受けにくいため、常時モニタリングが可能です。その他、「Landsat-8」のTIRSのような高解像度センサー(100m 解像度)を使った観測もありますが、観測頻度の悪さ(16日程度に1回)という欠点があります。
(2)海色を測るセンサー
① 観測のしくみ
海色は、植物プランクトン量に大きく影響されます。衛星が観測した可視光線の分光特性を解析することにより、植物プランクトン量を推定することが可能です。
海中から上がってくる光の強さを波長ごとに計測すると、分光反射率が得られます。植物プランクトンには、クロロフィルaという光合成色素が含まれています。このクロロフィルaの性質により、植物プランクトンは440nm付近の光を吸収し、逆に500~600nm付近の光を散乱させるので、植物プランクトンの少ない海は青く、植物プランクトンが多くなるにつれて、緑から褐色に見えるようになります。
つまり、440nm付近と550nm付近の反射率比または差を計算することにより、人工衛星の可視光センサーから表面水中の植物プランクトン量を推定することが可能となります。
外洋では衛星での測定値と現場での測定値との誤差は少ないのですが、沿岸ではクロロフィルa の吸収帯と同じような波長に無機懸濁物質や有機物質の散乱や吸収が重なりあうため、植物プランクトン量の誤差が大きくなるのが問題です。そこで、この誤差の原因も含めて推定する手法の開発が進んでいます。
② 海色センサーの種類
主要な衛星海色センサーの性能一覧を参照すると、時間解像度は1日程度、空間解像度は1km程度のセンサーが大半でした。現在は空間解像度では250mや300mが主流になりつつあります。2機体制で時間解像度を上げたり、静止衛星に海色センサーを搭載して時間解像度を上げたりしたものも登場しています。
前に紹介した項で触れられていますが、温度や海面の高さ、海の色だけではなく、波の高さ(海上の風)や塩分まで、衛星から計測することができます。これらのセンサーが計測するのは熱やマイクロ波ですが、水を直接舐めている訳ではないのに塩分濃度までわかる(高い相関性をもって推定できる)までには、現地調査とセンシングを繋ぐ研究が存在するのですね。
衛星データ検証のための現地データ取得法
陸と違って、広い海の中での現地調査自体は容易ではありません。そこで海の衛星データを検証しやすくするために、世界的な現地データのデータベースが作られています。海を観測する衛星データを処理するためには、大気補正などの処理が必要です。海の情報に加えて、大気の情報も大変重要です。
ここでは、海の衛星データ補正をする場合に必要な観測ネットワークや観測データセットの概要を解説します。
《AERONET-OC》
AERONETは、NASAのプロジェクトの一環として自律型サンフォトメーターを世界中に設置し、大気のパラメータを取得しています。これを海洋パラメータに拡張した実測観測システムを「AERONET-OC」とよびます。
AERONET-OCでは、2023年12月現在、世界約40地点において、改良型の自律型サンフォトメーターを灯台や、海洋観測やぐらなどに設置し、エアロゾルの光学的厚さに加えて正規化海水射出放射輝度とよばれる上向きの放射光を測定しています。
得られるデータから、エアロゾル光学的厚さ、正規化海水射出放射輝度に加え、エアロゾル単一散乱アルベド、複素屈折率、オングストローム指数、体積粒径分布が得られます。
測定結果は、データクオリティごとに公開されており、最終的にはデータクオリティが保証されたLevel 2.0 が公開されます。日本においては、有明海と東京湾の湾奥部でAERONET-OC のシステムが稼働しています。利用には申請が必要ですが、無料です。
《SeaBASS》
SeaBASSは、NASAが運営している世界的な海色リモートセンシングと関連する海洋観測データのデータベースです。海色関連のさまざまなアルゴリズム開発や検証を目的としています。1997年~2010年に運用された海色衛星センサー「SeaWiFS」のデータを活用しています。
SeaBASSは当初、海洋の光学観測や植物プランクトンの色素データなどのデータをカタログ化していましたが、その後海洋だけでなく、大気データも含む形に拡張されました。データベースには、海水固有の光学的特性、植物プランクトンの色素濃度、水温、塩分、励起蛍光、エアロゾル光学的厚さなど、海洋のRSと関連するデータが含まれています。
データベースはほとんど更新されていませんが、海色プロダクトのアルゴリズム開発・検証によく利用されています。また、NASAの海洋生物データベース「OB.DAAC」とのマッチアップツールなども用意されています。
利用には登録が必要ですが、基本的には無料で利用できます。しかし新しい観測データについては、観測者に了承を得る等の手続きが必要です。
《NOAA ブイ/アルゴフロート》
NOAAブイは、米国海洋大気庁(NOAA)が中心となって展開している観測ブイで、世界で約1,300機あります。日本周辺にはKEOとよばれる黒潮観測ブイのほか、津波警戒用のブイもあります。
しかし「アメダス」の約1,300機と比べると、圧倒的に少ない状況です。ブイが船の航行や漁業の邪魔になったり、メンテナンスが難しかったりするためです。ブイによる観測は短時間ごとの環境変化を正確に捉えることができるため、海の環境を知るうえで非常に貴重です。
最近はアルゴフロートとよばれる新しい観測システムが誕生し、世界の海の状態をかなり高密度で観測できるようになってきています。
ブイを使った観測は密になってきてはいますが、ブイでは把握が難しい面的に測る技術としてのリモートセンシングは貴重であり、ブイと衛星データの融合は海洋観測では欠かせないツールとなっています。
《Global Fishing Watch》
Global Fishing Watchは、2016年にGoogleがOceanaと、SkyTruthと提携して立ち上げたウェブサイトで、全世界のAIS(自動船舶識別装置)搭載漁船の分布情報などを配信しています。AISは、船舶の識別符号、種類、位置、針路、速力、航行状態およびその他の安全に関する情報を自動的にVHF 帯電波で送受信し、船舶局相互間および船舶局と陸上局の航行援助施設等との間で情報の交換を行うシステムです。この電波は上空を飛ぶ人工衛星で受信することができます。
Global Fishing Watchを使用すると、全世界の漁業活動をモニタリングすることができます。船の情報を取得することも可能で、監視などに活用することも可能となっています。
センサーによって得たデータを検証するために、様々なツールやデータセットが公開されています。こういったデータベースで驚くのは、利用登録や元データの計測者へのコンタクトが必要になる場合があるとはいえ、原則無料で公開されていることです。気象・海洋といった地球規模の観測に挑む科学者たちの良心を、こうしたときに強く感じます。
『海の衛星リモートセンシング入門』内容紹介まとめ
海洋環境問題の解決に向けての海洋観測のため、より利用度が高まるであろうリモートセンシング技術。海洋リモートセンシング技術の概要、衛星データ技術活用が期待される分野、センサー、関連する海洋政策、センシングデータの活用法について解説しました。海洋問題の解決を目指す方々におすすめの概説書です。
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海をはかる! おすすめ2選
・
『海洋計測工学概論 【改訂版】』
海の様々な事象を計測するには、陸上の技術の単純な応用だけではうまくいきません。潮流・温度・海底の形態などを計測する各種機器の特性や計測方法について、特に工学的視点から解説しました。豊富な図表で海洋計測機器全般を解説したハンドブックです。
・
『海洋音響の基礎と応用』
運輸関係における様々な事故において、「ヒューマンエラー」が要因であるという指摘がされています。運輸事業者自らが一丸となって安全管理体制を構築・改善し、国がその安全管理体制を評価する制度として「運輸安全マネジメント制度」が始まりました。この「運輸安全マネジメント制度」と「平成29年ガイドライン」について、詳細に解説します。経営トップから現場職員までを念頭に、制度の基礎知識と考え方、課題と対応が理解できるようになることを目的としています。