著者名: | 公益財団法人 海洋生物環境研究所 編 |
ISBN: | 978-4-425-98441-1 |
発行年月日: | 2024/8/28 |
サイズ/頁数: | 四六判 228頁 |
在庫状況: | 在庫有り |
価格 | ¥1,980円(税込) |
放射能に関する基礎知識から,海洋での動き,生物への影響,また,福島第一原子力発電所の事故が漁業や,水産物などに与えた影響について,皆さんの疑問にわかりやすく答えます。
【巻頭言】
皆さんが放射能という言葉で想像するものは,どんなことでしょうか。広島,長崎に投下された原子爆弾と放射能による健康被害,水爆実験による第五福龍丸乗組員の被ばく事故など核兵器の恐ろしさは忘れることができません。一方で,原子力の平和利用は,鉄腕アトムに象徴される明るい未来のエネルギーとして広く認められるようになり,原子力発電所は,その安全神話を背景として,全国に作られました。この間にもチョルノービリ(チェルノブイリ)やスリーマイルの原発事故はありましたが,多くの日本人にとっては遠く離れた世界の出来事であり,あまり実感を持つことはなかったように思います。
東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故(以下,福島第一原発事故)は,当初の水素爆発などの危機的状況が映像として伝えられて国民にショックを与えました。また,その後の多量の放射性物質の拡散により多くの人が避難せざるを得ず,未だに帰還できない人が大勢いることや,水産物の放射能汚染が長い間続いたことなどから,ほとんどの原子力発電所が停止しました。福島第一原発では,廃炉処理が進められていますが高い放射能を持つ炉内の燃料デブリ(溶融核燃料)の取り出しが進まず,溜まり続ける汚染水とその処理水の海洋放出などが不安材料となっています。幸い処理水放出による水産物の風評被害は国内では起きませんでしたが,中国が水産物の輸入を全面的に禁止したことからホタテ貝,ナマコ,アワビなどを主力とする水産業者は多大な経済的損害を被りました。このように,福島第一原発事故と廃炉の処理が長引く中で,海洋の放射能汚染に対する心配は尽きません。海洋における放射性物質の拡散や生態系内での移行に関しては多くの調査研究が行われているのですが,専門的な報告が多く一般の方には理解しくいこともあるかもしれません。
地球温暖化は次第に大きな自然災害をもたらすようになり,その原因となる二酸化炭素の削減の必要性が叫ばれています。政府は,石油,石炭,液化天然ガスへの依存を減らし,原子力発電所の再稼働を急いでいます。また,国によっては,一旦,廃止を決めた原子力エネルギーの利用が再検討されています。放射能はさまざまな研究や医療(特にがんの診断や治療)にも用いられており,人類にとって手放すことのできないものでもあります。
原発事故当時には,物理学者である寺田寅彦が記した「ものをこわがらな過ぎたり,こわがり過ぎたりするのはやさしいが,正当にこわがることはなかなかむつかしい」という一文から,「正しく怖がる」という言葉が,よく使われていました。今後,人類は,放射能とどのように付き合っていくのかを判断するには,放射能を使うことのメリット,デメリットをよく知る必要があります。公益財団法人海洋生物環境研究所は1983 年以来,政府からの委託を受け,日本各地に立地する原子力発電所周辺の海などで海洋生物や海水,海底土に含まれる放射性物質のモニタリングを続けています。大気圏内核実験やチョルノービリ原発事故により拡散した放射性物質が海にどのような影響を与え,それがどのように変化したのかを明らかにしてきました。また,放射性物質の海洋生態系内での移行に関する研究なども行ってきました。これらの成果は福島第一原発事故が海にどの程度の影響を与えるのかを判断するための情報になったと思います。また,福島第一原発事故後には,観測海域や実施内容の拡充だけでなく,東日本を中心とする海面や内水面に生息する水産物の安全性確認も加えて放射能汚染の調査を行っており,影響がどのように収束していくのかを知る上で重要な情報を提供しています。
本書は,当研究所で放射能に関する調査,研究を担当する専門家により作られたものです。放射能に関する基礎知識から,海洋での動き,生物への影響,また,福島第一原発事故が漁業や,水産物などに与えた影響について,皆さんの疑問にわかりやすくお答えすることを目指しました。研究所のホームページ(https://www.kaiseiken.or.jp)にも放射能に関するたくさんの報告やパンフレットなどが載せてありますのでぜひご覧いただければと思います。
2024年8月
東京海洋大学名誉教授
石丸 隆
【はじめに】
皆さんの多くは一度も放射線に関する知識を学ぶ機会が得られないまま,社会の一員として生きてこられたかもしれません。放射線や放射能のことを知る上で必要な用語や単位を以下にまとめてみました。本書を読むにあたって,まず,ご一読くだされば,本編の内容を理解する助けになると思います。
元素
この世のすべての物質は元素からできています。元素(原子)は,原子核と電子からできており,原子核はさらに陽子と中性子からできています。元素の種類は陽子の数(原子番号と言います) によって決まり,2020年現在,118種類の元素が知られています。皆さんもよく目にするであろう周期表は,元素を,陽子の数(原子番号)の順に1から並べて表にしたものです。
同位体同じ元素(陽子の数(=原子番号)が同じ)でも,中性子の数が違う元素のことを同位体と呼びます。名字が同じで名前が違う「家族」に相当する呼び方になりますね。
水素を例にとれば,
「陽子1つ」で構成される1H
「陽子1つ」と「中性子1つ」で構成される2H
「陽子1つ」と「中性子2つ」で構成される3H
の3つの同位体があります。H の前肩に付いている数字は,原子の質量数(陽子と中性子の合計)を表しています。原子は電子と原子核からできていると言いましたが,電子は陽子と中性子に比べとても小さくて軽いので,原子の重さ=原子核の重さと表すことができます。
同位体にも2種類あり,そのままの姿で変わらない同位体を安定同位体,放射線を出して別の元素になる同位体を放射性同位体として区別します。先ほどの水素の例では,1H と2H は「水素の安定同位体」,3H は「水素の放射性同位体」と呼びます。
核種
元素は陽子の数(原子番号)で区別したものですが,時として質量数によっても区別しなければなりません。すなわち,原子核,つまり「陽子の数(原子番号)と質量数」で区別する場合,各々を「核種」と呼んでいます。
水素には3つの同位体がありますが,各々区別して呼ぶ場合は,質量数(重さ)で区別して1H,2H,3Hをそれぞれ「核種」と呼びます。この核種を呼ぶ場合は必ず質量数が付きます。核種として区別した際にも,同位体と同様に「安定核種」と「放射性核種」に区別して呼んでいます。例えば,「原子力施設の事故によって海洋中に放出された主な放射性核種には,キセノン-133, ヨウ素-131, セシウム-134, セシウム-137等がある」というように使います。
接頭語
大きな数や小さな数を表示する際,ゼロがいくつも並んでいると読み間違うことがあるので,これを省略して記号で表すことがあります。これらを接頭語と呼んでいます。身近な例ですと「キログラム」の「キロ」は1,000倍(日本語読みだと「千」ですね)を表します。余談ですが,スマートフォン世代の皆さんは「ギガがなくなった」と言うことがあるかもしれませんが,本来は「通信したデータ容量が〇〇ギガバイト(十億バイト)に達した」の意味でしょう。なお,接頭語は同じ数や量を表す際に,世界共通にしておかないと不便で混乱を招くため,1960年の第11回国際度量衡総会(こくさいどりょうこうそうかい)で採択された「SI単位系」をもとにして決められています。次の表に国際的に定められた接頭語の一例を示しました。
中身を見てみる
【目次】
Section1 放射能に関する基礎知識
Question1 放射性物質とはどんな物質ですか?
Question2 放射能って何ですか?
Question3 放射性物質の半減期って何ですか?
Question4 ベクレル,シーベルト,グレイって何ですか?
Question5 放射性物質って天然にあるの?
Question6 ヒトの体内にも放射能が存在しているって本当ですか?
Section2 放射能の利用と管理
Question7 大気圏での原水爆実験によって海にはどのような影響がありましたか?
Question8 原子力発電の仕組みは?
Question9 原子力発電所から出る温排水には放射性物質は含まれていますか?
放射性物質は原発事故以外でも海に放出されていますか?
Question10 ヨーロッパなどの再処理施設から海洋への放射性物質の放出はありますか?
Question11 放射性物質の安全性や基準値は誰が決めているのですか?
Section3 海洋での動き
Question12 海水中と空気中では放射性核種の広がり方は異なるの?
Question13 海洋ではどのように放射性物質が広がっているの?
(水平分布)多い海域と少ない海域があるの?
(鉛直分布)水面から深海まで広く存在していますか?
Question14 陸上にあるような“ホットスポット”は海にもあるの?
Question15 海洋に入った放射性物質はどのような運命をたどりますか?
どのような挙動をしますか?
Question16 放射性核種を使って海洋の水の動きを調べることができるって本当ですか?
Question17 放射性物質を使って魚の生態を調べることができる?
Section4 生物への影響
Question18 海の生き物はどのようにして放射性物質を体内へ取り込むのですか?
Question19 海底の生き物は, 海中を泳ぐ魚より放射性物質を多く取り込みますか?
Question20 プランクトンを食べるイワシより小魚を食べるマグロの方が
放射性物質を取り込みますか?
Question21 エビ,カニ,イカ,タコ,貝,ナマコ,ホヤも放射性物質を体内へ取り込みますか?
Question22 ワカメやコンブのような海藻は放射性物質を体内へ取り込みますか?
Question23 川や池や湖に住む淡水の魚介類は放射性物質を体内へ取り込みますか?
Question24 放射性物質が溜まりやすい部位はありますか?
その部位を取り除けば食べても大丈夫ですか?
Question25 魚介類に取り込まれた放射性物質はずっと体内に留まりますか?
きれいな水の生け簀でしばらく飼っておくと放射性物質を排出しますか?
Question26放射性物質によって魚介類の行動は変化しますか?
Section5 福島第一原発事故の海への影響
Question27 福島第一原発事故では海へどのくらいの放射性物質がどの範囲まで放出されたの?
Question28 福島第一原発事故で広がった放射性物質は東京湾にも来ているの?空から?海から?
Question29 スリーマイル島やチョルノービリでの事故ではどのような影響がありましたか?
Question30 国は福島第一原発で発生した汚染水にどのように対応していますか?
Question31 水や海底の放射性物質も“除染”できますか?
Question32 福島の海で海水浴はできますか?スクーバダイビングはできますか?
Question33 海が事故前の状態に戻るまで,どのくらいの時間が必要ですか?
Question34 福島第一原子力発電所の事故で発生した処理水はどうして海洋に
放出しなければならないのですか?
Section6 福島第一原発事故の漁業への影響
Question35 原発事故後,日本の漁獲量はどのように変化しましたか?
Question36 福島県の漁業はどの程度復活していますか?
Question37 試験操業とは何ですか?
Question38 海だけでなく川や湖の漁師さんも困っていませんか?
Question39 福島の海や川で釣りはできますか?
自分で釣った魚であれば,基準値を超える恐れがあっても食べてもよいですか?
Question40 福島第一原発事故後,海外で日本の魚介類の輸入規制が続いているのはなぜですか?
Section7 福島第一原発事故の水産物・食品への影響
Question41 漁獲した魚介類の放射性物質検査はどのように行われていますか?
Question42 魚介類を出荷する判定基準はありますか?
放射性物質の測定結果は個体差によってバラツキませんか?
国際的にも通用しますか?
Question43 魚介類の可食部に含まれる放射性セシウム濃度の検査で
基準値を超えた魚介類はどうなりますか?
Question44 東日本各地で獲れた水産物の放射性物質の検査結果は公開されていますか?
Question45 2011年の事故直後に比べて現在の数値はどうなっていますか?
今後の見通しはどうですか?
Question46 海域によって魚介類に含まれる放射性物質の量は違いますか?
海外に比べて日本の沿岸では高いのですか?
Question47 水産物など食品に含まれる放射性物質の基準値は
どのような考え方で設定されていますか?
Question48 茹でたり洗ったりすれば,魚介類に含まれる放射性物質は除去できますか?
長時間茹でれば大丈夫ですか?
Question49 家庭レベルで魚貝類に放射性物質が含まれているかを
調べることはできますか?
Question50 私たち市民にできることは何ですか?
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