著者名: | 佐伯理郎 著 |
ISBN: | 978-4-425-55062-3 |
発行年月日: | 2003/8/8 |
サイズ/頁数: | 四六判 172頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,760円(税込) |
ペルー沖の海水温度上昇が、遠くの日本の冷夏など、地球規模の異常気象をもたらすというエルニーニョ現象。知っておきたいその仕組から発生の予測、社会的影響まで地球の躍動をやさしく、ていねいに解説。大気と海洋の、微妙なバランスがつくりだす現象の全貌を、最新の研究成果から明らかにする。
【まえがき】
学校における「理科離れ」が問題になって久しいものがあります。この「気象ブックス」シリーズの刊行の趣旨では、その理科離れを引き戻すことも念頭においています。私も微力ながらその趣旨に沿うよう協力できたらというのが、本書を執筆した動機です。
しかし、私にしてみれば、理科離れは本当だろうかと思うこともしばしばです。毎日移り変わる気象現象を見ていると、おのずと明日の天気が気になりますし、天気予報を知りたければ、テレビのチャンネルをを気象情報の番組に合わせます。最近のテレビ各局は、競って天気予報番組に力を入れ、それぞれわかりやすく見栄えの良いものを作っていると思います。また、お天気キャスターの中にはタレント並の人気を博している方も多いようです。そして、年二回実施されている気象予報士の試験には、毎回三千人以上が受験しているといいます。
このように、一般の方々の気象への関心は非常に大きいといえるでしょう。また、この10年の間には、地球温暖化問題が顕在化し、マスコミが、その科学的な背景などをわかりやすく解説する機会も非常に多くなっています。また、景気の動向もお天気に大いに左右される側面が多いようです。
本書のテーマである「エルニーニョ現象」は、このような流れからいえば、一般の方々の関心が非常に大きなもので、こういった本の出版はまさに時宜を得た企画といえるでしょう。しかし、残念ながら私の手にも余るところが多いのも事実です。
エルニーニョ現象が気象学に大きな注目を浴びるようになったのは、1972〜73年の現象からといってよいでしょう。この現象がきっかけとなり、米国を中心として、エルニーニョ現象を科学的に、しかしながら、海洋と気象とはまだ個別に、それぞれ研究が進められ始めました。この比較的大きな現象は、豆腐の値段が二倍にもなった元凶として、日本の新聞にも紹介されました。
しかし、日本における研究の開始は、次の大きな現象である1982?83年の現象まで待たなくてはなりませんでした。当時今世紀最大規模といわれた1982?83年の現象は、1982年の冷夏、1982年から83年にかけての暖冬をもたらし、また、82年の長崎豪雨、83年の山陰豪雨とも関係があるのではないかと取り沙汰されました。
この1982?83年のエルニーニョ現象が発生する一年前に、気象庁内で一つの活動が始まりました。以前から大気と海洋の相互作用の重要性については、気象学でも、海洋学でも十分認識されていましたが、気象・海洋業務において、また、研究においてこの両者が本当に結びついていたいたかというと、当時は″?”マークを付けざるを得ない状況でした。1981年に、私が気象庁海洋課に在籍していた時、海洋課と長期予報課の間で、月に一度気象と情報象と海況についての情報交換をしようということになりました。これは、前年の80年の大冷夏が引き金となって、長期予報に海洋の情報も取り込んでいこうという気運が高まったことが影響していました。部外と人から見ると随分遅れているなと思われるかもしれませんが、同じ気象庁でも、それまではほとんど情報交換がなかったといわざるを得ませんでした。毎月10日頃、長期予報課の現業室でわれわれ海洋課は、毎月の北西大西洋の海面水温の状況や親潮・黒潮の流れについて解説を行い、また長期予報課は北半球の循環場の解説等を行っていました。このおかげで、私自身随分と長期予報の勉強をさせてもらうことになりました。また、長期予報課の方も海洋のデータを長期予報に使えるかもしれないとの印象を持ったのではないかと思います。
この会が始まって一年ほどして、1982?83年のエルニーニョ現象が発生したわけですが、当時気象庁は、東部太平洋の海面水温の分析・監視を行っていなかったので、毎月米国の海洋大気庁(NOAA)から郵送されてくる太平洋全域の海面水温分布図だけを頼りにいろいろ議論したことが思い出されます。これを契機として、気象庁海洋課でも、太平洋全域の海面水温の解析を開始しました。
一方、長期予報課では、日本の気象とエルニーニョ現象との関係を調査し、中部日本を中心として、現象発生中は冷夏・暖冬になる傾向があることが統計的に示されました。この調査結果は長期予報の大きな武器となりました。それからは、大規模な大気・海洋相互作用として生ずるエルニーニョ現象の原因解明、現象の観測・監視、そして現象の予測と、環太平洋の主要国ばかりでなくヨーロッパの国々も含め、研究が加速的度的に進展してきました。現在では、エルニーニョは時代の寵児になったようで、中学校の入学試験にも、また、テレビのクイズ番組にも登場する人気者となっています。ちなみに、エルニーニョ現象は、小学校では学習しないそうです。その一方で、世界各地で発生する異常気の原因をすべて、エルニーニョのせいにするといった悪しき風潮も出てきています。
本書では、エルニーニョ現象について、その発生のメカニズムから、予測、そして社会経済的な影響まで、幅広い話題を取り上げ、解説しました。私が気象庁海洋課において、エルニーニョを担当した当時、部外の方々色々な質問を受けたりした時の話をもとにしたエピソードについても、第八章で少し触れさせていただきました。これらの部外の方々からの声が、その後の仕事の発展につながったことも多くありました。しかし、私は海洋を専門としている関係で、記述も自然と海洋の方に重きを置くようなことになってしまったことをお断りしなければなりません。特に、エルニーニョ現象に監視についての第四章は、ほとんどが海洋の観測・監視に関する記述となってしまいました。気象を軸とした記述を心掛けるという点では、「気象ブックス」の一冊としては不適当な面もあるかと思います。しかし、気象庁に身を置き、海洋業務に携わる私にとっては、気象観測と同様に、海洋の観測から得られるデータの一つ一つも気象や気候の予測にとって不可欠なものであるということを、声を大にして訴えたいというのも本音です。
そして、本書が、読者の皆さんに、気象のことや海洋のことをもっと勉強してみたいという気持ちを起こさせる「はずみ車」の役割を担うことができれば、これに勝る喜びはありません。
本書を執筆するにあたっては、気象庁が出版している参考図書類を大いに活用させていただきました。さらに、インターネットにより、エルニーニョ関係のホームページから最新の情報を取得し、本書の執筆にも利用しました。これがヒントになって、本書の第10章を書き加えました。また、現在、エルニーニョ現象の監視・予報を担当されている気象庁エルニーニョ監視予報センターの長谷川直之さんと石井正好さんには、エルニーニョ現象に係わる重要な図の作成や原稿に対するコメントなどを頂き、お忙しいなか一方ならずお世話になりました。
お二人のご支援、励ましがなければ、本書が出来上がらなかったといっても過言ではないでしょう。お二人に深く感謝申し上げます。
また、本シリーズの編集委員会の委員長である朝倉正先生をはじめ編集委員の皆様、また、(株)成山堂書店編集部の皆様には、原稿に対して適切なご助言をたくさん頂きました。記してお礼申し上げます。
【目次】
第1章 エルニーニョ現象とは
1 エルニーニョの由来
2 エルニーニョ現象の定義
第2章 太平洋の海と大気
1 ウォーカー循環と南方振動
2 海水の温度
3 太平洋赤道域の海洋表層の特徴
4 コリオリの力
5 エクマン輸送と湧昇
6 地衝流と太平洋熱帯域の海流
7 赤道の海面水温の分析
第3章 エルニーニョ現象のメカニズム
1 エルニーニョ現象発生の仕組み
2 赤道近くで暖水・冷水の伝播
3 サイクル的に変化する赤道域の海況
第4章 エルニーニョ現象を観測・監視する
1 国際協力によるエルニーニョ現象の観測
2 観測船による海洋観測
3 篤志観測船による表層水温観測
4 赤道域の定置ブイ
5 検潮所における海面水位の監視
6 気象衛星による対流活動の観測
7 人工衛星による海面水位の観測
8 データの収集と利用
9 海洋データ同化システム
10 アルゴ計画
第5章 過去のエルニーニョ現象の特徴
1 1950年以前のエルニーニョ現象
2 1950?70年代のエルニーニョ現象
3 1980年以降のエルニーニョ現象
第6章 エルニーニョ現象を予測する
1 予測の必要性
2 失敗に終わった最初の予測
3 統計的手法による予測
4 力学的手法による予測
第7章 エルニーニョ現象と世界・日本の天候
1 エルニーニョ現象に伴う特徴的な天候
2 テレコネクション
3 エルニーニョ現象に伴う世界の天候の変化
4 ハドレー循環とロスビー循環
5 エルニーニョ現象と日本の天候
6 ラニーニャ現象に伴う世界の天候の変化
第8章 エルニーニョ現象の社会経済的影響
1 エルニーニョ現象と自然災害
2 ペルーのアンチョビ
3 アフリカとエルニーニョ現象
4 穀物相場とエルニーニョ
5 日本経済とエルニーニョ現象
6 日本企業とエルニーニョ現象
7 エルニーニョ現象は害よりも益を多くもたらす?
8 伝染病とエルニーニョ現象
第9章 エルニーニョ現象と気候変動
1 地球温暖化と海洋
2 二酸化炭素と海洋の湧昇
3 地球温暖化とエルニーニョ現象
4 北西太平洋における二酸化炭素の観測
第10章 インターネットで見るエルニーニョ現象の情報
この書籍の解説
「今年の夏は冷夏になりそうだ」猛暑が続く最近では、長期予報が発表される頃になるとこの言葉を期待してしまいます。夏の気温が上がらなかったり、逆に暑くなったりすることの原因として、今では私たちはごく自然に「エルニーニョ現象」「ラニーニャ現象」という言葉を耳にしたり、使ったりするようになりました。遠く離れた南米沖の海の温度が高かったり低かったりすると、日本の気温や降水量に影響が出る。理科の授業で習った細かいところは忘れても、何となくこんな認識でいる人は多いと思います。
今年(2023年)は、47年ぶりの異常気象でした。ラニーニャ現象に続けて、エルニーニョ現象が起こったのです。通常だとエルニーニョ現象が起こると夏の気温は下がるのですが、気象庁は温暖化傾向を鑑みて、夏の気温を高めに予測しました。結局2023年の夏は酷暑となり、線状降水帯の発生によって大雨の被害が出ました。厳しい暑さと大雨による農作物等への被害は後を引き、価格の高騰として現れています。
「エルニーニョ現象」の言葉が広まり始めたのは、1970年代からのことです。1976年にもラニーニャ現象とエルニーニョ現象が立て続けに起こり、社会に大きな混乱をもたらしました。
今回ご紹介する『エルニーニョ現象を学ぶ』は、エルニーニョ現象の「基本」を学ぶ上でぴったりの書籍です。エルニーニョ現象とは何かという基本から、海と大気がどのように影響し合っているかを続けて学びます。その前提をもってエルニーニョ現象のメカニズムを解説し、理解を導きます。後半では、エルニーニョ現象は地球・社会にどのような影響を与えていて、これを監視・観測・予測するために何が行われているのかを説明します。
気候変動は直接的な自然災害のほか、農業・漁業等を大きく左右し、経済にも大きな打撃を与えます。現在地球規模の大きな気候変動の波の中で暮らしている私たちにとって、地球がどのように動いているかを知ることは、心強い支えとなるでしょう。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『エルニーニョ現象を学ぶ』はこんな方におすすめ!
- 気象を学んでいる方、興味のある方
- 気候変動について知りたい方
- 海洋循環について興味のある方
『エルニーニョ現象を学ぶ』から抜粋して3つご紹介
『エルニーニョ現象を学ぶ』からいくつか抜粋してご紹介します。遠く離れたペルー沖の海水温度上昇が、日本においては冷夏を引き起こします。こういった地球規模の異常気象をもたらすエルニーニョ現象について、仕組みや発生予測、社会的影響まで、地球規模の循環についてやさしく解説します。
エルニーニョ現象発生の仕組み
《エルニーニョ現象発生の仕組み》
エルニーニョ現象の発生のメカニズムを考えるとき、大気の面ではウォーカー循環の強弱(貿易風の強弱)がポイントですが、海洋においては、以下の3点がポイントとなります。
①太平洋赤道域の海面水温のコントラスト(西側:高、東側:低)
②貿易風の強さの変化による赤道湧昇の強弱
③表層混合層の厚さの変化
東から西へ吹く貿易風が弱くなると、貿易風によって太平洋の西側の海面近くにたまっていた暖かい水は東へ移動していきます。そのため太平洋の東側では、表層の暖かい水の層が通常の時に比べてずっと厚くなります。貿易風が弱くなることによって湧昇が弱まり、湧昇により湧き上がってくる海水は普段よりもずっと暖かい水となり、海面での水温も平年に比べて高くなります。この状態が1年~1年半ぐらい続く現象がエルニーニョ現象です。エルニーニョ現象とは逆に、貿易風が強く、中・東部太平洋赤道域の海面水温が平年に比べて低くなる状態がラニーニャ現象です。
海の側からみたエルニーニョ現象発生の原因は、東から西へ吹く貿易風の弱まりです。それを解き明かすカギが、先程挙げたポイント①太平洋赤道域の海面水温の分布のコントラスト(西側が高く、東側が低い)です。
海面水温が太平洋赤道域の東側で低く西側で高いと、西側の空気は上昇し、地上の気圧は下がります。上昇した気流は東へ向かい、海面水温の低い太平洋赤道域の東側で下降し、そこの地上気圧は高くなります。そして地上付近では東から西への貿易風が吹きます。赤道近くの大気は同じ緯度面に沿って東西方向に大きく循環しています。このウォーカー循環が強くなれば貿易風は強くなり、ウォーカー循環が弱まれば貿易風も弱くなります。つまり赤道域の海面水温の東西の温度差が大きくなれば地上近くの貿易風は強くなり、差が小さくなれば、貿易風は弱くなります。東と西で海面水温の差が逆転すれば、地上近くの風も西から東へ吹くことになります。
まとめると、次のような図式が成り立ちます。
海面水温の東と西の差が小さい⇒貿易風が弱まる→海洋表層の暖水の東への移動→東部太平洋赤道域の海面水温が平年より高くなる(エルニーニョ現象の発生)
しかし、太平洋赤道域の海面水温の東と西の差が小さいということは、赤道域の東側で海面水温が高くなる=エルニーニョ現象が発生していることを意味しています。つまり、海の現象であるエルニーニョの原因を大気に求めると、その大気の現象の原因は、再びもとの海の現象に戻ってしまうのです。
エルニーニョ現象は、大気・海洋間の強い相互作用の結果現われる現象としてダイナミックに理解することが必要です。また、エルニーニョ現象と南方振動は一つの現象を海洋と大気の二側面から見ていることが理解できます。したがって最近では、エルニーニョ現象という表現のかわりに、エルニーニョ(El Niño)現象と南方振動(Southern Oscillation)の二つの言葉の頭文字を合わせてENSO(エンソ)と呼んで、大気海洋相互作用という幅広い視点からエルニーニョ現象を捉えることが多くなっています。
エルニーニョ現象が繰り返すことを説明する仮説としては、海洋の変化には時間がかかることを理由としているものがほとんどです。その理論として有力視されていた「遅延振動理論」は、エルニーニョ現象についてこの理論をもとにして説明したとき、現象の間隔が実際に観察される周期よりも短くなってしまうという欠点がありました。しかしこの理論の約10年後に提案された「充填放出振動子」モデルは、広く支持されています。
アルゴ計画
アルゴ計画は、世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関および各国の関係諸機関の協力のもと、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築する 国際科学プロジェクトです。
《国際協力によるエルニーニョ現象の観測》
1980年代に入ってから、海洋や大気の観測・監視体制が急速に整備されてきました。エルニーニョ現象が社会経済的に大きな影響を与えると認識され、監視と予測が世界的な重要課題となったのです。1985年~1994年の熱帯海洋全球大気変動研究計画(TOGA)計画によって、熱帯海洋域の観測・監視体制が一気に充実することとなりました。
現在、海洋観測を行う手段としては、観測船、一般船舶 (篤志観測船)、定置ブイ、漂流ブイ、人工衛星があります。 沿岸の潮位を測る観測ステーションとしては、検潮所があります。これもエルニーニョ現象の観測には欠かせないものです。
《アルゴ計画:海洋観測のブレークスルー》
これまで海洋の観測は、船やブイ、人工衛星によって行われてきました。海中の観測手段としては、海洋観測船が大きな役割を果たしています。しかし、全世界の海中の状況をリアルタイムに監視するには、観測船だけでは不足です。
大気同様に海水中の水温や塩分の観測データが即時的に得られれば、海洋の水温や塩分や海流の分布図を作成することができ、エルニーニョ現象をはじめとして全世界の海洋変動の数値予報も可能になります。その第一歩として、アルゴ計画が推進されています。アルゴ計画は、アルゴフロート(浮き沈みする筒状の計測機器)を全世界の海に緯経度3度毎を目安として約3000個展開し、中層循環、表層から中層までの水温・塩分を観測しようというものです。計画は、以下のようなことを目的としています。
①全球にわたる海洋表・中層の水温・塩分をリアルタイムで監視する
②衛星による海面高度データを併せて解析することによって海洋表・中層の循環の様子を知る
③数値海洋モデルの初期条件や境界条件を与える
アルゴは、ギリシャ神話の英雄イアソンが乗った船の名前です。2001年に打ち上げられた衛星Jasonは海面の高度を観測していますが、Jasonからの海面高度のデータをアルゴフロートから得られる海洋表・中層の水温・塩分データと併せて利用することにより、全世界の海洋の表・中層の水温・塩分のマッピングや海洋の循環の様子を知ることができるようになります。
現在実用化されているアルゴフロートは、海面から深さ数100~約2000mまでの水温・塩分を観測します。フロートは特定の深度を漂流するよう調節してあり、設定された時間間隔で海面に上昇します。この時設定の深さから海面までの水温と塩分の鉛直プロファイルを測定し、海面で極軌道気象衛星NOAAを経由してデータを伝送します。送信後は再び設定の深さまで沈んでいきます。この他、浮力をコントロールして任意の深度を漂流させたり、等密度面に沿って漂流したりできるようなフロートも開発されています。
アルゴフロートから得られるデータは、世界の気象や海洋の現業機関で、海洋データ同化システムなどに活用され始めています。計画の進展によって、エルニーニョ現象を含む海洋現象の変動に対する監視能力が画期的に向上することが期待されています。アルゴ計画はまさに、海洋観測のブレークスルーと言えるものです。
アルゴ計画の公式サイトを見ると、リアルタイムで全世界の海洋の状況を監視・把握することができます。アルゴフロートの数は既に目標の3000個を超え、今も日々観測を続けています。各国公式サイトのトップに置かれた世界地図の海の部分にある点が、ひとつひとつのアルゴフロートを表しています。官公庁や研究機関、学校をはじめとする船舶の協力のもと、これらの投入・回収が行われています。
テレコネクション
《エルニーニョ現象に伴う特徴的な天候》
エルニーニョ現象に伴って、特徴的な天候が現われることが知られています。ウォーカー循環の位置や強さが変化することにより、積乱雲を発達させる対流活動の場所が大きく変化します。このため、普段降水の多いニューギニアやインドネシアなどでは少雨・干ばつとなり、また、雨の比較的少ない中・東部の熱帯太平洋域では逆に多くなります。
直接的な影響だけでなく、インドにおける夏季モンスーン時の降水量との間にも相関関係、すなわち、エルニーニョ現象時に降水量が少ないという関係があります。世界各地の気温や降水量の変動とエルニーニョ現象は相関関係を持っているのです。
《テレコネクション》
直接的な影響のほか、何も関係なさそうな遠く離れた二地点の天候が同期して変動するような現象があります。これを「テレコネクション」と呼んでいます。
その中でも代表的なものに、PNAパターンがあります。太平洋赤道域の海面水温の高温域が大気に影響を与える中心となって、太平洋赤道域から北太平洋の中緯度を経て、アラスカ、アメリカの東海岸に同期するように現れる低・高気圧の配置です。
エルニーニョ現象発生時の北半球の冬季はPNAパターンが発生しやすくなっています。通常西部赤道域にある高水温域が中部〜東部へ移動することによって大気への加熱域が東へ移動し、それによりPNAパターンが励起されると考えられています。
PNAパターンの出現により北米大陸の西海岸の西側が低気圧、東側が高気圧の配置となります。この気圧配置により、西海岸からアラスカ付近は南風偏差となり、暖冬となる傾向があります。一方、北米大陸中央部では逆の気圧配置になり、北風偏差のために、厳冬をもたらしやすくなります。
この他にも、日本に暑夏をもたらすPJパターンなどがあります。日本の夏の天候は北太平洋の亜熱帯高気圧の消長に大きく支配されています。この高気圧が強まり、西へ張り出してくると日本は厳しい暑さの夏となり、逆に、この高気圧の発達が抑えられると冷夏になりやすくなります。 この亜熱帯高気圧の西側部分を強化させたり、弱化させたりするテレコネクションがPJパターンです。
太平洋西部の熱帯域の暖水域から北太平洋の西岸に沿って気圧の偏差の高低の波が連なります。西部熱帯域に暖水が蓄積し、海面水温が平年より高い時には、日本の上空の気圧は平年より高くなります。これは亜熱帯高気圧の発達が著しく、西に張り出すことに相当しています。これにより、日本は暑夏傾向となります。
逆に、西部熱帯域の海面水温が低い時(エルニーニョ現象時にあたる)には、気圧の偏差が逆の分布になり、日本付近は低気圧の偏差に覆われて亜熱帯高気圧の発達が抑えられ、冷夏になりやすくなります。
ここで注意しなくてはならないのは、エルニーニョ現象あるいはラニーニャ現象に伴って、PNAパターンやPJパターンは統計的に確かに現われやすいのですが、エルニーニョ現象の時には日本は必ず冷夏になるのではありません。 中緯度の天候・気候は、熱帯域の海洋大気の変化の影響だけで決まるのではなく、後で述べる中・高緯度の大気の流れなどからも大きな影響を受けているからです。
中緯度地域の天候・気候は、熱帯地域での海水温の他に、大気の循環にも大きく影響されます。赤道域の熱を中緯度に運ぶハドレー循環は、エルニーニョ現象によって影響を受けて変化します。それが中・高緯度の熱を南北方向に運ぶロスビー循環にも影響するため、中緯度地域にもエルニーニョ現象の影響が及ぶと考えられています。しかし、様々な現象の影響により、その表れが大きく変化することがあります。エルニーニョ現象が起こっていながらかつてない酷暑となった今年(2023)の状況を考えても、「教科書通り」の天候が現れるとは限らないのです。
『エルニーニョ現象を学ぶ』内容紹介まとめ
遠く離れた南米沖ペルー沖の海水温上昇が、日本の夏を寒くする?今では異常気象の原因の代名詞のように広く認識されているエルニーニョ現象。海洋と気象の関係、エルニーニョ現象のメカニズム、観測・監視・予測の方法など、海洋と気象の長期気象予報の専門家がわかりやすく解説します。
気候変動・温暖化と社会 おすすめ3選
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『運輸部門の気候変動対策』
温室効果ガスの20%近くを排出する運輸部門。その85%を排出する自動車業界における気候変動対策について、EV先進国の事例と日本の事例を参照し、分析を行いました。また、ライフスタイル自体にも目を向け、公共交通や居住地環境、生活の変化と自動車利用の関係なども検証し、運輸部門におけるCO2排出量削減の道を探ります。
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『「脱炭素化」はとまらない!』
地球温暖化を少しでも食い止め、持続可能な社会を作るため、「脱炭素」は避けられない動きです。しかしエネルギー産業において、どうやれば全社的に方向転換できるでしょうか?大学の研究者・日本のエネルギー業界の専門家・シリコンバレーのコンサルタントの3名の専門家が、エネルギー業界での「脱炭素」実現について、日本と世界の取り組みを紹介しつつ提案します。
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『再生可能エネルギーによる循環型社会の構築』
今の産業構造のままでは、人間社会の持続的発展は望めないかもしれません。文明そのものの起源に立ち戻って見直し、再生可能なエネルギーに基づく人間社会と産業のシミュレーションを行いました。バイオメタノールに基づく海洋文明は、どのような姿を見せるでしょうか?
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