著者名: | 菊地勝弘 著 |
ISBN: | 978-4-425-55201-6 |
発行年月日: | 2008/5/28 |
サイズ/頁数: | 四六判 200頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,980円(税込) |
環境問題として挙げられるものは、温暖化のほかに、オゾンホールや酸性雨などがありますが、本書によればそのどれもが雲や雨と深く関わっているといいます。本書は、地球をめぐるさまざまな形の「水」のうち、雲・霧・雨といった主に液体の状態の水をテーマにしたものです。
近年雲は、温暖化との関連で注目を集めています。著者によると、雲は地球を保温も冷却もしており、雲の増減が、今後の地球温暖化予測の鍵を握っているということです。
霧に関しては本書の約半分の分量を使って書かれています。第二次世界大戦中から続く霧研究の歴史からはじまり、霧の人工消散実験などを紹介しています。霧をこれだけまとまって扱ったものは過去に例がなく、霧研究の集大成ともいえる内容であり、本書の大きな特徴です。
このほか、人工降雨の手法としても用いられる、雲の併合による降雨の増幅効果のメカニズムや、最近の都市型豪雨などの話題にも触れています。
著者は北海道大学での長年の研究に加え、南極や北極圏での豊富な観測の経験を持っています。本書を読めば、私たちの生活にごく身近な雲や雨について、新たな発見があるでしょう。
【はじめに】より
この本のタイトル『雪と霧と雨の世界』が取り上げた分野は、今日では「雲物理学」という気象学の中の一研究分野なのですが、一般の人にとっては「クモブツリ」としか聞こえませんから何を言っているのか分かって貰えるはずもないのです。その上、雲物理学という用語はいかにも堅苦しく、また馴染み難いのです。といって私の研究分野は気象学ですと言えば、ああ天気予報ですかとも言われることが多いのです。そんな訳で、私は気象学の内の「雨や雲、雪、雷といった雨冠のつく気象学」というような最も身近な大気現象の研究をしていますと答えています。そのほうが少しでも理解され易いと思うからです。この本の表題の『雲と霧と雨の世界』と、その後に出版される予定の『雲と雷の世界』は、いってみれば本家ともいうべき「雨冠の気象の科学」の分家みたいなものなのです。
私の恩師である北海道大学院理学研究科地球物理学専攻の孫野長治先生は生前、TV画面上で詳しく天気図を示しながら降雨、降雪の解説をしているのを視聴者が納得顔をして視ているのを見て、「皆さんは雨や雪は天気図から降ってくると思っておられる。雨や雪は雲から降ってくるんですよ」と言っていたことを思い出します。これはあながち間違いではないのですが、あまりにも解説者が天気システムを強調するので、システムの中身や雲の中の出来事にも注目して欲しいということを言っていたと思います。更に先生はまた「雲の中の出来事は雲の中に入ってみないことには分からない」とも言って、雲に関する大気現象を研究する環境にありながら、机上でばかり議論して自然をあまり見ようとしない学生に、億劫がらずに積極的に雲の中に入って、雲の中の出来事をしっかり把握することを説いておられたのです。この思想は孫野先生の恩師である、雲の博士として著名な中谷宇吉郎先生が、東京大学時代の恩師の寺田寅彦先生が常々言っておられた「ある現象を研究するには、先ずその現象を良く見ること」を実践していた中谷先生の研究方法、ものの見方を孫野先生もまた実践していたからでしょう。それはそれとしても、一般の人にとっては、誰でも、いつでも、どこでも雲の中に入ることなんでことはできません。それで、私はほんのひと時でもよいから雲を眺めて欲しいと思っているのです。そうすれば、雲そのものというよりも、頭の中に何か明るい兆しが見えてくるはずです。毎日の忙しい生活の中で、ほんのひと時の雲を見る時を作って欲しいと願ってこの本を書くことにしたのです。
この『雲と霧と雨の世界』の第?部の「雲の世界」では主として水蒸気→凝結→雲粒(霧粒)→衝突・併合→雨滴といった「雨冠の気象」の中での雲粒はどうしてできるのかといった部分を取り上げました。これらはどの教科書にも載っている基本的な水蒸気の凝結をはじめ、雲粒の測定法などです。しかし、雲の特徴では、今日まで誰も注目してこなかった雲と放射の相互作用による地球温暖化や気候変動に雲頂の凹凸がいかに絡んでいるのか私たちが行った航空機観測の結果を紹介しました。そうして、これもまた全く注目されてこなかった陸上の層積雲の雲底の凹凸にも注目した観測結果を取り上げました。更に最近の雲事情では、改めて注目されている飛行機雲の気候への影響とオゾン・ホールと密接な関係がもたれている話題の極成層圏雲を紹介しました。
第?部の「霧の世界」では、今日までこの種の話題が書物になっていないことから、この分野に力を入れました。つまり、組織的な研究の歴史を概観し、霧を「暖かい霧」、「冷たい霧」、「過冷却の霧」に分けて、それぞれの特徴を紹介しました。特に「暖かい霧」では北海道東部太平洋岸の海霧(移流霧)と放射霧の特徴の違いを、「冷たい霧」では南極点基地での晴天降雪のダイヤモンド/ダストを主に取り上げました。この氷晶の生成されていると思われる高度にドライアイスを使って種まきをして、見事に氷晶を成長させることに成功したのです。「過冷却の霧」では最近北海道ニセコ・アンヌプリ山頂付近で発見・回収され、北海道倶知安街の風土館に展示されている第2次世界大戦末期に着氷研究に使用された零式艦上戦闘機の主翼にまつわる、中谷宇吉郎教授手動によるニセコ山頂着氷観測所を、そこでは何のためにどんな研究が行われていたかについて紹介しました。霧の人口消散実験では日本でもあまり知られていない孫野長治先生と私が行った大型ヘリコプターを使った散水消霧実験と、私が観測状況を16ミリムービーで収めるなどしたプロパンガス・バーナーによる大規模消霧実験を取り上げました。そして最近の霧事情では人口消霧からいかにして霧(露)を補足して有効利用するか、また逆に札幌市の雪捨て場からの霧の発生といった全く新しい環境問題を紹介しました。
第?部の「雨の世界」では、わずか50年前に明らかにされた雨滴(水滴)の落下中の形状はどのようにして測られたか、またごく最近明らかになった等価雨滴直径9ミリを超える雨滴はどのようにして形成されたか、それに北海道オロフレ山系南東斜面でのレーダーと雨量計ネットワーク観測網から世界で初めて実測されたスィーダー・フィーダー・メカニズム(種まき雲と食べる(太る)雲による降雨の増幅効果)の実態を紹介しました。最後に最近の雨事情として都市型豪雨の積乱雲郡の叛乱とも言うべき振舞いと、青森と秋田の県境に位置する世界自然遺産登録地の白神山地ブナ原生林などを使った酸性雨の実態を取り上げました。
「観天望気」を今流に換言すれば「雨冠の気象の世界を理解すること」であるとも言えるのです。「雨冠の気象の世界」と言えば、それは誰もが直ぐに思い出す「雨、雲、雪、雷等々」です。しかし、それらは単に雨であり、雲でありではないのです。今日では誰もが何らかの形で興味を持っている「地球環境問題」、すなわち気候変動・地球温暖化、オゾン・ホールに酸性雨と、そのどれもがこの「雨冠の気象の世界」と関連し、気象災害もまた雨冠の気象との関連が深いのです。それぞれの世界ではどんなことが分かっていて、どんなことが話題になっているのでしょうか? そんなことに多少でも興味を持って頂くためにお役に立てればと思ったのです。これで十分といえないまでも、雲物理学のバイブルともいえる、イギリス・インペリアル・カレッジのB.J メイソン教授の執筆による分厚い教科書“The Physics of Clouds(雲の物理学)”が取り上げた分野の中の雲と雷を除いたほどんど全てのエッセンスを含んでいます。話題としてはこれまであまり取り上げられなかった分野や、「最近の雲事情、霧事情、雨事情」のように最近の話題も取り入れるように務めたつもりです。
最近の理科離れ、活字離れ現象は永く教育・研究に携わってきた者としては真に憂うるべき事態ですが、これもまた現実として受け止めなければならないでしょう。そんな方々にも、まず見て欲しい。それから読んで欲しいと思い写真や図を多く載せました。写真や図に興味が湧いたら本文を読んでみてください。きっと、へーと思うことがあるはずです。そんなことを夢見ています。私の意図するところを汲み取っていただけると嬉しいのですが。「雨冠の気象の世界」の理解は、地球環境問題を理解するための第一歩です。そしてまた世の常識と言うのはちょっと言い過ぎかもしれませんが。
2008年5月
菊地勝弘
【目次】
第?部 雲の世界
第1章 観点望気
1.1 十種雲級
1.2 観天ボウ気から雲物理学へ
1.3 日本の雲物理学研究の礎
第2章 雲粒の発生
2.1 凝結核の役割
2.2 雲粒の成長
2.3 雲粒の測定
2.4 雲を規定するパラメーター
2.5 水雲(液相のに雲)・氷雲(固相の雲)
第3章 雲の特徴
3.1 層積雲の雲頂の凹凸
3.2 層積雲の雲底の凹凸
第4章 最近の雲事情
4.1 飛行機雲と船舶雲
4.2 極(域)成層圏雲
第?部 霧の世界
第5章 日本における霧研究の歴史
5.1 はじめに
5.2 霧研究の原点・北海道の海霧の特徴
5.3 日本陸軍北部第149部隊による戦時研究
5.4 北海道林務部の「防霧林に関する研究」
5.5 北海道大学低温科学研究所の霧研究
5.6 科学技術庁特別振興調整費による海霧の研究
5.7 気象庁気象研究所プロジェクト
第6章 暖かい霧
6.1 その名も霧多布
6.2 海霧の性質
6.3 日本初の海塩核
6.4 道東の移流霧と放射霧
6.5 ロンドン型とロスアンゼルス型
6.6 霧による海難事故
第7章 冷たい霧
7.1 寒冷地で見られる大気光象
7.2 ダイヤモンド・ダスト
7.3 海上の氷霧
7.4 極域のダイヤモンド・ダスト
7.5 南極点基地の晴天降雪
7.6 ドライアイスによる氷晶
第8章 過冷却の霧
8.1 樹霜・樹氷・着氷
8.2 都市域の風向分布
8.3 航空機の着氷
8.4 ニセコ山頂着氷観測所
8.5 着氷防止
第9章 霧の人工消散実験
9.1 霧の人工消散の方法
9.2 大型ヘリコプターを使った散水消霧実験
9.3 熱的方法による大規模消霧実験
9.4 過冷却霧の人工消散実験
第10章 最近の霧事情
10.1 人工消散から霧粒の有効利用へ
10.2 温排水池からの霧
10.3 雪捨て場(雪堆積場)からの霧
第?部 雨の世界
第11章 世界の雨、日本の雨
11.1 雨粒の形状
11.2 雨粒の粒径分布
11.3 雨粒の測定
11.4 世界の雨、日本の雨
第12章 北海道の降雨
12.1 北海道の降雨量分布
12.2 北海道太平洋側と日本海側との降水量分布
12.3 北海道オロフレ山系南東斜面の大雨
12.4 スィーダー・フィーダー・メカニズムによる降雨の増幅効果
第13章 最近の雨事情
13.1 都市型豪雨
13.2 酸性雨
(気象図書)
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