南極観測船ものがたり−白瀬探検隊から現在まで−


978-4-425-94711-9
著者名:小島敏男 著
ISBN:978-4-425-94711-9
発行年月日:2005/7/28
サイズ/頁数:四六判 238頁
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 わが国の南極観測は、1911〜12年の白瀬探検隊を端緒として、第二次世界大戦後は1956年からほぼ継続的に観測が行われています。オゾンホールの観測や、隕石調査など世界的に注目される研究や報告がなされていますが、これらは人員・物資を滞りなく供給できる船があってはじめて成り立つもので、南極観測船は“影の主役”であると言えます。
 本書は、南極観測を支える南極観測船にスポットを当て、白瀬探検隊時代の「開南丸」から「宗谷」「ふじ」「しらせ」まで各船の誕生の経緯から、南氷洋での苦難の航海,救出劇などをまとめたものです。一般に、白瀬隊や「宗谷」時代のタロ・ジロのエピソードなどはよく知られるところですが、「ふじ」「しらせ」など近年の活動まで一貫して扱った書籍はほとんど例がなく、わが国の南極観測の概略を捉えるのに格好の構成となっています。また、南極条約体制や「しらせ」の後継船についても言及しており、これらを通して南極観測の将来展望が見えてきます。
 南極大陸は国境のない“理想郷”であるという、その一面のみ伝えられることが多くありますが、条約の下、各国の思惑が渦巻いているのも事実です。なぜ南極観測船が必要であるのかを考える上で非常に参考となる一冊です。

【序文】より  表紙にある船は、老朽化が進む砕氷艦「しらせ」の、後継船の概観図だ。防衛庁が2005年4月11日に建造契約入札応募用に配布した資料に用意したものだ。新船は南極の環境保護を考慮に入れて、船体側板を二重構造にするなど、エコ・シップになる。誕生すれば世界最先端の砕氷船となるはずである。計画段階での新船のコードネームは「17AGB」だ。いずれ、全国民から公募が行われ名前が付けられることになる。
 しかし、問題が無いわけではない。この本の完成前に新船建造の国家予算が認められたが、一つ大きな問題が残っている。
 新砕氷船の建造費はやっと2005年度予算から認められ、完成は2009年5月の見通しとなった。しかし、「しらせ」がその耐用年数25年目が来る2008年3月末に予定通り退役するとなると、新船が就航するまで、1年のギャップができる。そうなると、第50次南極観測隊の支援が出来ないばかりか、第49次越冬隊を残置することになる。「しらせ」の1年延命策が採られるのか、チャーター船などのその他の策が講じられるのか、いずれ結論が出されるだろう。
 2007年・2008年は第4回国際極年に当たる。世界各国が参加・実施しようとしている。これは第1回極年から125周年であり、国際地球観測年から50周年に当たる重要な機会だ。日本がこの世界的イベントに参加しないわけにはいかないだろう。
 新砕氷船の詳しいことは本文に回すことにして、ここでは、南極に関して大まかなイメージを持ってもらうことにしよう。
 南極大陸は、棚氷を含めると、地球全体の陸地面積の約10の1に相当し、日本の面積の約37倍もある。棚氷とは、南極大陸に覆いかぶさった氷床とよばれる、厚い氷が海に張り出した部分をいう。
 大陸基盤の上を覆う氷床の厚さは平均1856メートル。この氷床が全部溶けると、現在の海水面がおおよそ57メートル上昇し、東京都、千葉県、神奈川県の大部分が水没すると考えられている。
 この氷床の他に大陸沿岸は、氷河から流れ出たり、棚氷が割れてできた無数の大小の氷山と、海水の凍結と積雪で成長した定着氷と流氷が、取り囲んでいる。ほとんど太陽が顔を出さない長い冬には、定着氷と流氷帯た成長し、沖合い遠くに張り出していく。
 この厳しい気象条件のため人類を拒絶してきた。好奇心の強い人間が初めて大陸に到達してから200年も経っていない。欧米の探検家の他に、アザラシ猟師や捕鯨業者がやってきて、南極大陸の周辺が断片的に知られるようになった。たかが百数十年前に南極が当時の世界的小説家にどのように描かれていたか紹介しよう。
 まず、アメリカの推理小説・空想科学小説・ユーモア小説等で世界的に有名な作家、エドガー・アラン・ポー(1809〜1849年)は「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」では、少年アーサーが捕鯨船に乗ったところ、思わぬ事で南極の極点近くまで連れて行かれるはめになり、そこの原住民から逃れて帰って来たという、冒険小説を書いている。そこには白熊に似たクマ、豚に似た家畜もいたと書いてある。
 フランスの世界的に有名なサイエンス・フィクションの大御所であるジュール・ヴェルヌ(1829〜1905)は、「ピムの物語」の続編を書いている。ポーが、アーサー少年がどのようにして帰国したのか説明せず、あまりにも不明瞭に小説を終わらせたからだ。ヴェルヌは、続編である「氷のスフィンクス」では南極大陸を二分して、その間に大西洋側からオーストラリア側に抜ける海峡を置いている。また別の小説「海底二万里」で、ヴェルヌは電気推進の潜水艦でその船長ネモと乗客アナロックス教授を南極点に到達させている。この小説上の人類初めての到達日を1868年3月21日としている。ノルウェーのアムンセン隊が実際に1911年11月19日に到達する約43年前である。
 ここに欧米の著名な作品の例を挙げたのは、いかに最近まで、人類がその歴史において南極について無知だったかを強調するためである。しかし、この二人の大小説家の名誉のために付け加えておくが、後世に得られた南極に関する事実関係は別にして、これらの小説の虚構は今読んでも面白い。
 第二次世界大戦後間もなくして、国際学術連合会議(ICSU)が国際地球観測年(IGY)を設けて、1957年から1958年に集中的に地球物理に関する国際共同観測を呼びかけた。特に南極地域に関する気象、地磁気、夜光・極光・電離層、宇宙線、地震、地理、地質、海洋の調査・観測に中心が置かれた。これには日本を含む12ヵ国が参加した。
 それから50年近く経ち、南極観測の参加国も増え、科学的解明が進んで研究内容も質的変化が起きた。南極の持つ物理的特性は地球全体の環境に大きく影響を及ぼしていること、また南極外の人類の活動が無垢な南極の環境をも汚染することがわかりはじめた。つまり、個々の分野の観測・研究のみならず、地球全体の気象・環境をシステム的に捉えて研究するようになった。南極は、人間活動に起因する局所的な汚染が極めて少ないことから、地球環境の変化を察知するには、理想的な場所なのだ。
 氷の大陸およびその周辺の冷たい海域は、大気の循環と海流によって「地球全体を冷やすラジエーター」の役を担っている。地球温暖化が危惧されているが、南極はその変化を捉えるには格好な場所とされている。
 日本の観測隊が継続した結果が、南極上空でのオゾンホールの発見のきっかけとなった。オゾン層は人間に有害な紫外線を防ぐバリヤーであるが、人間が人工的に作ったフロンガスがオゾンを破壊することが分かり、先進国ではフロンガスの製造が禁止されるようになっている。
 氷床は積雪が層をなしてできたものだ。この中には空気や南極以外に起因する物質が大気の循環で運ばれてきたものが閉じ込められている。これを掘り出して調べることにより、百万年前までの地球環境の歴史がわかるという。南極は「地球環境を知るタイムカプセル」と言われるゆえんである。過去を教えるのみならず、未来を予測する情報源ともなる。
 また南極の氷の上に落下した隕石は発見されやすい。日本隊は世界一の隕石所有国である。月や火星に起因する隕石も含まれており、人工衛星を打ち上げなくても、太陽系惑星の研究ができる。そこで南極は、オーロラの観測を含め、太陽と惑星の研究に好都合な「宇宙に開かれた窓」なのだ。
 また、南極大陸およびその大陸棚下には膨大な鉱物資源が眠っているといわれる。南極が「鉱物資源の冷凍庫」と言われるゆえんだ。現在、環境保護に関する南極条約議定書でその資源開発は凍結されている。
 1959年に南極条約が採択されたが、これは南極地域の軍事利用を禁止し、科学的調査の自由と国際協調を保証し、領土権の主張を凍結している。イギリス、ノルウェー、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチンが領土権の主張国だ。
 この条約の下では、国境が無いので南極に入るにも、域内を移動するにも、ビザはいらない。この地球七番目の大陸には現在、特定の国の支配権が及ばない、人類の「理想郷」となっている。日本はこの条約の原署名国12ヵ国の一員である。如何なる条約も永遠であったためしはない。日本がその中で発言権を維持するには、南極での科学的調査活動を通して世界に貢献し続けることが重要だ。
 日本は1957年1月29日に昭和基地を開設して以来、そのサテライト基地を設けるなど、南極観測では世界各国の中でも重要な役割を果たしてきた。
 この本は南極の研究・観測の内容とかその成果について書いたものではない。それらについては、研究者から多くの本や論文が出されているので、興味ある方はそちらを読まれると良い。
 この本は、観測隊を支援してきた砕氷船「宗谷」、「ふじ」、「しらせ」の一連の物語であり、「しらせ」の後継船の話である。
 この一連の南極観測船の話を書くにあたって、明治期に南極大陸に挑んだ白瀬矗中尉南極探検隊の「開南丸」の話を抜きには始められない。国の援助も無く決行された白瀬探検隊の壮図が国民に大きな感動を与えていたからこそ、敗戦後間もない日本が、国際地球観測年に際し、南極まで行く決意が出来た、と思うからだ。
 今まで、白瀬探検隊、「宗谷」、「ふじ」、「しらせ」に関して単独的に扱った一般書は出されているが、全部を通して書いている本はこれが初めてである、と自負している。
 それではまず、白瀬探検隊から始めるとしよう。

【目次】
第一章 白瀬南極探検隊と「開南丸」
 第一節 白瀬矗 南極点挑戦を決意
  最初は北極探検が夢だった
  陸軍入隊
  予備役編入
  千島行きを決意
  千島列島、樺太、北方領土
  千島列島最北端の占守島へ
  千島の件で帝国議会へ請願書を提出
  ピアリー北極点到達、白瀬南極点挑戦へ転向
 第二節 南極探検概略史
  「未知なる南の大地」ープトレマイオスからキャプテン・クックまで
  アザラシ猟業者と探検隊
  白瀬以前のロス海周辺内陸探検
 第三節 「開南丸」誕生
  南極探検後援会発足
  東郷平八郎元帥「開南丸」と命名
 第四節 「開南丸」南極へ
  ウエリントンで補給
  南極圏に入る
  大陸接近ならず、オーストラリア向け反転
  シドニーでキャンプ生活
 第五節 「開南丸」再び南極へ
  ロス氷堤到達
  白瀬南緯80度5分に到達、周辺を「大和雪原」と命名
  エドワード七世ランド方面の探査
  借金返済の旅
  イギリス王位地理学協会誌で白瀬隊を評価

第二章 「宗谷」時代  第一節 国際地球観測年(IGY)
  最初は南極観測の考えはなかった
  日本参加決定
  日本の観測地点はリュツォ・ホルム湾岸
  南極地域観測統合推進本部設置
 第二節 南極観測船「宗谷」誕生
  灯台補給船「宗谷」を選定
  「宗谷」の船歴
  砕氷船改造へ
 第三節 昭和基地開設
  暴風圏
  リュツォ・ホルム湾東岸探査
  オングル島に昭和基地建設、越冬隊成立
 第四節 「オビ号」、「宗谷」を救出
  「宗谷」離岸後にビセット
  氷海上での越冬決意
  ソ連船「オビ号」来援
 第五節 第二次越冬隊上陸できず
  挫折
  未発達だった極冠高気圧
  「宗谷」1ヶ月ビセット
  米砕氷艦「バートンアイランド号」の協力
 第六節 「空母」化された「宗谷」
  南極観測に反対する世論に答えて
  「宗谷」大改造、空輸主体に
  生きていた「タロ」と「ジロ」
  空輸作戦成功、越冬隊成立
  第四次隊、最初から「オビ号」と連れ立って
 第七節 観測さらに一年延長
  「宗谷」老朽化、観測の2年延長は無理
  昭和基地閉鎖

第三章 「ふじ」時代  第一節 昭和基地の恒久化
  日本学術会議、南極観測の恒久化勧告
  中曽根・長谷川両議員南極視察
  1965年基地再開へ
  輸送担当は海上自衛隊
 第二節 砕氷艦「ふじ」誕生
  砕氷艦の基本設計
  艦名公募、「ふじ」に決まる
 第三節 「ふじ」昭和基地接岸
  密航者
  連続砕氷で進む「ふじ」
  昭和基地再開、本格的空輸開始
  「ふじ」ついに基地接岸
 第四節 「ふじ」氷海越冬の危機
  第十一次支援でも基地接岸
  帰途、氷海で右推進翼四枚全部欠落
  米・ソに救助要請
  「南極男は待つことができなければならない」
  艦内越冬覚悟と窮乏生活
  「ふじ」自力脱出、インド洋へ
 第五節 観測の成長期支えた「ふじ」
  基地施設拡充
  南極点旅行
  隕石発見
  みずほ観測点解説
  オゾンホール発見の端緒
  国立極地研究所設立

第四章 「しらせ」時代  第一節 砕氷艦「しらせ」就航
  コードネーム「AGBーX」を持った新船建造計画
  新砕氷艦「しらせ」は「ふじ」の二倍の能力
  「しらせ」第二十五次観測支援から就航
  6年ぶりの接岸
 第二節 「しらせ」オーストラリア船救出
  1.「ネラ・ダン号」
    アムンゼン湾でビセット
    「しらせ」フリーマントルから現場へ直行
    「ネラ・ダン号」の最後
  2.「オーロラ・オーストラリア号」
    豪州が誇る砕氷旗艦船、プリッツ湾でビセット
    チャージング、曳航、砕氷の繰り返しで救出
 第三節 クレバス落下の隊員救出
 第四節 「しらせ」接岸できず
 第五節 観測の拡大支えた「しらせ」
  昭和基地の拡大
  あすか基地
  ドームふじ基地
 第六節 「しらせ」後継船はエコ・シップ
  後継船に要求されるもの
  建造費予算はつかず
  老朽化進む「しらせ」
  新砕氷船建造要求キャンペーン
  建造費認められたが、完成は2009年5月
  「17AGB」の概要

第五章 南極条約体制  第一節 南極条約
  領土権凍結、軍事利用禁止、科学調査の国際協調の場
  宙に浮く南極鉱物資源活動規制条約
 第二節 環境保護に関する南極条約議定書
  鉱物資源開発の禁止
  南極の環境保護に関する原則


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