蒸気機関車の技術史(改訂増補版) 交通ブックス117


978-4-425-76162-3
著者名:齋藤 晃 著
ISBN:978-4-425-76162-3
発行年月日:2018/2/18
サイズ/頁数:四六判 264頁
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元鉄研三田会会長がまとめた蒸気機関車の歴史書
誕生から200年でその使命を終えた蒸気機関車。しかし、第一次機械文明の星として近代社会の発展に貢献した役割は計り知れない。
表舞台から去った今も人々に愛され続けている。力強く、より早く走ることをめざした開発の努力ーそこには人類の英知が結集された。本書は、その技術の側面にスポットをあて生涯をたどった。
改訂増補版では、列車の速度や重量を増加させるのに欠かせないブレーキの技術についての章を追加。有効なブレーキの普及に100年以上の年月を要した。その歴史に埋もれそうな技術を紹介。

【まえがき】より
「汽車」という言葉はすでに死語となってしまった。「汽」は水が蒸発して気体になったものなので,汽車は蒸気機関車の牽く列車をいう。約200年前生を受けた蒸気機関車は1世紀半にわたり華々しい進化を続けてきた。しかし20世紀後半,第2次世界大戦後突如その輝きを失い,文明国では1960年代から70年代にかけ,最後の楽園といわれた中国でも世紀の変わり目から数年を経ずして本線から消えることになった。21世紀の今日,観光用保存の他はごく僅かな炭鉱,専用線に余命を留めるだけとなり「蒸気機関車」は歴史を語る文化財を意味するものとなったのである。
 日本でも1950年代までの長距離移動は東京周辺と特定の勾配区間を除いて専ら蒸気機関車が牽引する列車が人々の足だった。自動車や航空機は庶民に縁遠く,遠くへ出かけるには「汽車」は掛替えのない手段だったのである。いまではその「汽車」は消え,意味する重さは縮小したが,ほぼ同義語は「電車」に置き換わったといえるだろう。
 蒸気機関自体が過去のものではないことは,日常恩恵を受けている電気のほとんどが蒸気タービンによって賄われていることで理解できる。またシリンダとピストンを使って回転力を得るレシプロエンジンの有効性も自動車に見られる内燃機関から理解できる。
 しかし限られた空間の中で石炭と水を携行し,エネルギーを生み出す方式は外部から十分な電気エネルギーを受けられる電気鉄道にはかなわない。またタービンは発車,勾配などで激しいパワーの変動に即時対応するには鈍感で使えない。さらに同じレシプロエンジンでも内燃機関にはその操作の簡潔性,即応性で大きく遅れを取ったのである。第2次大戦の終結によって先進国の人たちは刻苦奮励して努力する緊張の糸が切れ,燃料である石炭調達から,日々の運用に手間のかかる蒸気機関車に背を向けたことも見逃せない。
 鉄道は機関車ができる前から重量物運搬の手段として,人や家畜を動力として存在した。そこに産業革命の中で発展した蒸気機関を利用して,人類は初の機械動力による陸上の運搬手段を獲得した。
蒸気機関のパワーは車両の重さとメカの内部抵抗にかろうじて打ち勝ち,1804年2月機関車としてレールの上を動くことに成功する。
華々しいスタートではなかったが,産業革命を支えるきわめて重要な要素として市民の生活の画期的な向上をもたらすことになる。産業革命の先進国イギリスではその総仕上げとして,中進国のフランス,オランダなどは発展力として,後進のドイツ,ロシアなどでは牽引力として蒸気動力の鉄道は大きな力となった。さらに時間距離の短縮により国家観も大きく変貌し,支配の領域を広げ強い中央集権の近代国家が生まれていく。
 産業革命が著しく遅れた日本でも鉄道が運輸,情報の重要な要素となり,近代中央集権国家の成立に貢献することになる。
 19世紀から20世紀の前半まで比べるものがない高速・長距離陸上交通手段として歴史を開いてきた鉄道の先頭には,常に蒸気機関車が存在してきたこと忘れてはならない。そこには必要性と競争によって生み出された環境の中で,技術者たちは創造と模倣を重ね,伝統の美的価値観による「生きた機械」を造り出してきた。人の心に深く刻まれた躍動する蒸気機関車,それはエレクトロニクスのない人類第一次機械文明の華でもある。
 しかし近代文明開拓の先駆者としての蒸気機関車の生涯を理解する上で,身近な日本だけを知るのでは片手落ちになる。日本では蒸気機関車の生涯の後半80年しか関与しておらず,導入時はすでに一応の完成を見ていたので,成り立ちの経緯が見られない。また国産機関車時代になってから輸入排除のため技術鎖国の状態に置かれ,最盛期の技術革新から取り残されてしまったからである。
 そこで本書では,前半で蒸気機関車全体の流れを世界史としてメカニズムの側面,特に鉄道の最重要使命である高速化の視点から概説する。後半では今でも保存機関車として身近に存在し,読者諸氏の思い出や憧れの対象である日本の機関車について,実現しなかった夢の領域にまで踏み込んで眺めることにしよう。
 各地に上がる懐かしい煙や残された映像,いまでも作り続けられる模型などに触れるとき,心に生きる蒸気機関車にさらに深い理解と愛着を感じていただける一助となれば幸いである。

【目次】
第1部 蒸気機関車の世界史
第1章 蒸気機関車のスピード
 1 大記録の瞬間
 2 蒸気機関車が車に載った黎明期
 3 高速輸送機関への始動
 4 独自のアメリカ流
 5 アメリカ急成長の鍵
 6 4-4-0の実力
 7 時速100マイル超え

第2章 蒸気機関車のキーメカニズム
 1 排気ブラスト
 2 90度位相クランク
 3 多管式ボイラ
 4 カットオフを変えられるバルブギア
 5 複式と過熱蒸気

第3章 より速く走るために
 1 蒸気機関車の形態
 2 動輪径か回転数か
 3 とにかく動輪を大きく
4 牽引力を増やすために
 
第4章 回転数アップ
 1 動輪回転アンバランスの克服
 2 4気筒による解決
 3 イギリスの4気筒
 4 3気筒の実用化
 5 グレズリー式バルブギア
 6 どちらを採るか?3,4気筒

第5章 2気筒での挑戦
 1 ドイツの流れ
 2 ドイツの3気筒
 3 アメリカの4気筒
 4 マレーか3気筒か
 5 アメリカの高速機
 6 狭軌の多気筒

第6章 パワーを支えるボイラ
1 自前のエネルギー源
 2 機関車のパワーを決める火室
 3 大型機に有効な燃焼室
 4 胴長が問題の缶胴
 5 負圧を創る煙室マジック
 6 低圧ボイラといわれた蒸気圧は

第7章 止める力
 1 ブレーキ力で速さは決まる
 2 蒸気ブレーキ
 3  カウンタープレッシャーブレーキ
 4 真空ブレーキ
 5 貫通ブレーキ
 6 空気ブレーキ

第2部 蒸気機関車の日本史
第8章 輸入の時代
 1 狭軌鉄道の採用
 2 日本の機関車の生まれ故郷
 3 狭軌と初期の輸入機関車
 4 トレビシックの二人の孫
 5 日本の意向を盛り込む
 6 初期の国産機関車
 7 アメリカ機に負けるな

第9章 国産機関車の時代
 1 島 安次郎
 2 島体制の確立
 3 初の国産量産機へ
 4 最終期の輸入機群
 5 はなかいマレー形の命

第10章 標準軌への憧れ
 1 輸入大型機に続くもの
 2 広軌の機関車計画
 3 国産機の足固め
 4 広軌機関車の具体案

第11章 国鉄型の全盛期
 1 広軌の否定から生まれたC51
 2 強度狭軌、夢の展開
  2-1 18900形の強力形
  2-2 3気筒の模索
  2-3 8200(C52)形の登場
 3 根付かなかったC53の技術
 4 “K”計画
  4-1 2気筒への回帰
  4-2 1850mm動輪
  4-3 南アに見る動輪径
 5 流線形
 6 C59形の実現と流線形「K」

第12章 世界最高の機関車成るか
 1 広軌論の復活
 2 軸配列、動輪径の検討
 3 HC51
 4 HD53

第13章 戦後の最終期
 1 ハドソン誕生
 2 日本の工業水準

第3部 終焉
第14章蒸気機関車の消滅
 1 内燃機関車の登場
 2 迫る存在の危機
 3 瓦解する蒸気王国
 4 終章

【著者略歴】
齋藤 晃(さいとう あきら)
1931年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒,日産自動車(株)及びその関連会社に勤務。在学中,戦争で休眠中の鉄道研究会を復活。そのOB 会である鉄研三田会の事務局長,会長を経て現在相談役。退職後主として技術史としての蒸気機関車を研究対象とする。

主な著書
「蒸気機関車の興亡」 NTT 出版(1997年交通図書賞)
「蒸気機関車の挑戦」 NTT 出版
「蒸気機関車200年史」 NTT 出版(2008年島秀雄記念優秀著作賞)
他に共著として
「幻の国鉄車両」 JTB パブリッシング
「写真集 C62日本最大の蒸気機関車」 誠文堂新光社 など


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