この書は主として三級海技士(航海)から一級海技士(航海)を目指す人たちの教材として執筆したものである。また、教科書としてだけでなく、独習者の参考書としても利用しやすいように、過去の国家試験と対比しながらできるだけ平易に、しかも楽しく学べるようにした。
再版にあたり、より一層の充実を目指すために若干の増改補を行い、さらに高層気象の内容についても補充強化してある。また、海上での実務にも役立つように工夫したつもりである。すなわち、教科書、受験参考書、実務参考書の三位一体による構成を配慮して、三級〜一級の受験と海上の実務を系統的に関連づけた。
本書は第一編を気象、第二編を海洋とし、各章の終わりには過去の国家試験問題を掲載している。海洋編では、過去の国家試験の出題が必ずしも多くはないが、これからは重要な分野であり、その基礎事項について知っておく必要があると考え多少紙数を多くした。
いままで小生が、海技大学校において、海上の第一線で働いてきた学生諸君を相手に教えてきて得た教官としての経験をわずかながらも本書に盛り込んだつもりであるが、しかし、いまだ研究不十分な点は今後の発展への糧として生かしていかねばならない。
なお、本書を執筆するにあたり、参考にさせて頂いた数多くの文献、ならびに終始ご指導を願った海技大学校教授長谷川健二氏、神戸商船大学教授井上篤次郎氏、本書の出版に深い理解を寄せて頂いた成山堂書店に対しこの場を借りて厚く謝意を表します。
当社は毎年海技士試験の過去問題集を発行していますが、時々商品をめくってみると、そこで取り扱われる範囲の広さと専門性に「こんなに覚えることがあるのか!」と驚きます。考えてみるまでもなく、海技士は航空機のパイロットや鉄道車両の運転士同様、危険と隣り合わせの現場で人の命を預かる仕事です。選抜試験の問題が易しいものではいけませんね。
海の上では、周囲の環境すべてが船の運航に関係してきます。気象もそのひとつです。一見航海とは関係なさそうに思えるような気象に関する専門的な問題の数々も、海上で船を動かすために把握していなければならない環境要素です。上級を目指すほど、要求される理解度も専門性も高まります。もしかしたら、そこで立ち止まっている方もいるかもしれません。
今回ご紹介する『海洋気象講座』は、一級~三級海技士(航海)を目指す方、海洋気象についてより深く根本的に理解したい方向けに書かれたテキストです。教科書・受験参考書としての使い方を想定し、前半部分は気象の基礎から詳細な解説、後半では海洋に関する解説を行っています。各章の終わりには、海技士の過去問からセレクトした問題を掲載しました。こうした使い方はもちろん、船の上での実務時にも頼れるよう、より具体的な記述を心がけています。改訂の度に内容をブラッシュアップしており、近年は高層気象に関する記述を充実させています。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『海洋気象講座』はこんな方におすすめ!
- 一級~三級海技士(航海)を目指している方
- 『基礎からわかる海洋気象』を読了した方
- 海洋気象について理解を深めたい方
『海洋気象講座』から抜粋して3つご紹介
『海洋気象講座』からいくつか抜粋してご紹介します。一級~三級海技士を目指す方を主なターゲットに、より詳しく海洋気象を解説しました。様々な気象・海象現象を解説した上で、更に高層気象・FAX図・気象衛星図等にも言及しています。各章末に過去20年の海技試験問題を分類・整理し収録しました。
第1次の循環
各地域で気圧や風を長期間にわたって観測し統計をとってみると、平均気圧分布と風の平均的な様子がわかります。このような地球的な規模で考えたときの流れが、大気の基本的で大規模な循環です。これを大きく分けると、低緯度、中緯度、高緯度地方の三つになります。
《低緯度地方の還流》
(1)貿易風
亜熱帯高圧帯から赤道低圧帯に向かって吹く風で、コリオリ力の影響を受け北半球では北東風、南半球では南東風になります。年間を通じて定常的に吹く風で、風力は3〜4です。大陸に近づくと風向・風速が乱れることがありますが、これは地形の影響を受けたり、大陸性の気団にぶつかったりするためです。
北太平洋では15°N、150°W付近を中心に南北に緯度で15°~20°、東西に経度で60°~70°を持った区域で、また南太平洋では5°S、120°W付近を中心に南北で20°位、東西で70°~80°位の幅を持った区域です。天気は晴れが続く場合が多くなっています。
風向風速が安定しているので、東西に航行する船舶はこの風を後から受けることにより航海時間が短縮できます。海面も比較的穏やかなので、荒天航海が苦手な客船等の船舶には安全航行海域といえるでしょう。名前の由来は、帆船時代にこの風を航海に利用したことだといわれています。上空にいくにつれて幅が狭くなりますが、かなりの高さ(10km)まで東よりの風になっています。初期の台風が東から西に移動するのもこのためです。
(2)反対貿易風
貿易風の上空10~16kmを吹いている西寄りの風です。北東貿易風や南東貿易風といった偏東風に対して風向が逆なので、反対貿易風といいます。
(3)赤道無風帯
北半球の北東貿易風と南半球の南東貿易風の間にできる収束帯を、赤道無風帯、赤道収束帯、赤道収れん線あるいは赤道前線などと呼びます。
風はほとんどなく、吹いても弱いものです。両半球の2つの風が集まるところなので上昇気流が生じ、気圧が低く豪雨や雷雨が多くなります。この収束帯は、夏は北半球、冬は南半球へ移動します。特に大陸上で大きく移動し、南半球の貿易風が北半球へ吹き込み季節風をつくっています。また冬は、北半球の貿易風が南半球へ吹き込んでいます。
《中緯度地方の環流》
緯度30°付近に亜熱帯高圧帯があります。赤道付近で上昇気流となった大気が上空で南北に流れ出し、一方は北上するとともに大圏から距等圏に大気が移動するので空気がだぶついてくることと、コリオリ力で右偏させられるので北進する成分が失われ、30°N付近の上空から下降気流となって地表面に出ることになり、これが高気圧を形成すると考えられています。この高圧帯の中心部では気圧傾度が小さく、風も弱まります。
偏西風は亜熱帯高圧帯から60°付近にある亜寒帯低圧帯に向って吹く風で、コリオリカで右偏させられて偏西風となります。風は上空ほど定常的になり、風速も増します。偏西風帯は高気圧や低気圧、前線により、天気が激しく変わります。天気が西から変わるのも、偏西風の影響です。
北半球では大陸が多いため下層ではそれほど強くはありませんが、南半球では大陸の影響が少なく定常的に吹くので風も強く、波浪も高くなります。
《高緯度地方の環流》
極地方は非常に低温なため、空気が下層に堆積してできた極高気圧があります。ここから60°付近の亜寒帯低圧帯に向かって、偏東風が吹き出しています。極偏東風(寒帯東風)は地表近くにだけ吹いている偏東風で、上空ではみられません。偏西風と接する亜寒帯低圧帯に、北極前線あるいは寒帯前線を形成します。
貿易風をはじめ、風には船に関係する呼び名がついていることがありますが、帆船で航海していた時代の苦労が偲ばれます。本文中には、風が弱まって船が進まなくなるので、食料や水を大量に消費する馬を捨てざるを得なくなる場所(亜熱帯高圧帯)や、喜望峰回りの航路における偏西風の恐ろしさを表す言葉などが紹介されています。
風の計測
《風向・風速計》
(1)風車型風向風速計
コーシン・ペーンやアエロペーンとも呼び、船では最も一般的に使われているものです。4枚羽根のプロペラをもつ発信器から、電線で船橋の必要な場所の風向指示器と風速指示器に導いて風向や風速を知ることができるようになっています。瞬間の風向や風速を示すので、指示部の針は常に動いています。
(2)真風向風速計
(1)と同じようにプロペラをもつ発信器から導かれますが、船の航行によって生じる見かけの風を増幅器の中で改正し、真の風を求めて指示器に示す仕組みになっています。
(3)ロビンソン風速計
半球の殻(風杯)の回転体をつけた風速計で、従来は4杯型でしたが、現在は改良されて3杯型が多く使われています。風の走った距離が100m(風杯が54回転)になるたび電気接点が開閉して電気盤や自記電接計数器に指示されるため、指示器の目盛と時間から平均風速(10分間)を求めることができます。陸上の観測用に多く使われています。
《風の観測》
(1)測器による場合
風車型風向風速計を基準にして考えてみます。取付けは船の特殊性を考慮し、構造物の影響が少なく、修理の場合も想定した場所に据え付けるようにしましょう。
観測に際しては、瞬間値の風向と風速を指示することを考慮し、便宜上平均風速に近いと思われる次の方法を採用します。
① 風向は約1分間観測してその平均をとる
② 風速は約1分間観測して、ふれの最大と最小を除いてほぼ一定したところの平均をとる
③ 指示器で観測した値は、船が走っているために生じた風も含まれるので、見かけ上の風向・風速(視風向・視風速)を真の風向・風速に直す。真の風向・風速は、ベクトル図を書いて求めることができる
(2)目視による場合
風向の観測の要点は次のとおりです。
① 風の吹いてくる方向を36方位で観測する
② 風浪の進んでくる方向が真の風向とみなせる
③ 船側に近い風浪は自船の作る波の影響で乱されるので、ある程度離れたところの風浪をみる
④ 風の方向をコンパス上に移して風向を決める
観測のとき注意することは、風向が急変した場合は以前からの波が残っているので誤りやすいこと、陸岸や海氷など大きな障害物があると風浪の方向が必ずしも風向と一致しない場合があるので、風と海面の変化にたえず注意を払う必要があるということです。
また風力の観測については、気象庁風力階級表に従って、海面状態から決定することができます。注意しなくてはいけないのは、風速の変化に海面状態がすぐに従わないこと、海潮流の方向と反対に風が吹くと波が高くなること、強い降水があると海面がなめらかになるため、風力を少なめに見積りがちであることなどです。また冬の日本近海のように気温が水温よりもはるかに低いと、実際の風力以上に波が高くなります。
船舶はその規模や種類によって、航海中に観測機器を用いて周囲の気象観測を行い、報告することになっています。特に広い海洋上では、船舶の提供する気象データは極めて重要なもので、自船のみならず他の船舶の安全運航の基盤にもなっています。
海流
海流の存在を始めて体系づけたのは、約200年前のアメリカの海軍士官、モーリでした。彼は海の中に大河があり、一定の方向に流れていることを理論化したのです。海水の流れは、ほぼ周期的なもの(潮流)とほぼ定常的なもの(海流)に分けられます。厳密にいえば海流にも周期的な変化はありますが、全体からみれば海流は定常的な運動が主体となっています。
《海流の原因》
(1)風成海流(吹送流)
風が定常的に海面を吹けば、海水の粘性によって流れがおこり海流となります。この吹送流(皮流、風漂流ともいいます)の流速は卓越風速の2〜3%です。
地球で物体が運動する場合、コリオリ力があるため、海流も風向に沿っては流れません。北半球では風向に対して右、南半球では左にずれて流れます。このずれの角度は海の表面から下層へ深くなるにつれて大きくなります。流速は乱渦や摩擦力のために、深くなるにつれて小さくなります。
深い海での表面流の流向は、緯度に関係なく北半球では風向の右手に45°(南半球では左手に45°)となります。水深が深くなるにつれて流向はさらに右へずれ、やがて表面流の流向と正反対に流れる深さがあります。この深さを摩擦深度といい、風の摩擦応力がこの深さまで働いて吹送流が起きていると考えられます。
摩擦深度は赤道の方で大きく、極に向かうほど少なくなります。また表面の風速が強いほど大きく、弱いほど小さくなります。中緯度では風速に応じて、50m~200m深のところに摩擦深度があります。
吹送流の主なものとして、東よりの貿易風によって両半球を流れる北(南)赤道海流、緯度 40°〜50°を偏西風によって流れる西風皮流があります。
(2)地衡流(密度流)
海水が運動すればコリオリ力が働き、圧力分布に不均衡が生じます。これを釣り合い状態にしようとする作用が地衡流です。海水の運動が圧力分布(密度分布・質量分布)から計算できる海流をこう呼んでいます。
力学的海流(地衡流)算出理論は、密度の違いから生じた水圧傾度力と、海水の速度に応じて働く地球自転の偏向力が釣り合うというもので、これにもとづいて実用計算式によって流速を近似計算することができます。
(3)傾斜流・補流・赤道潜流
① 傾斜流
海水が風によって移動すると、沿岸近くでは海水が堆積して海面に傾斜が起こり、この傾斜が海水中に圧力分布を起こし、これと平衡するために海水の運動が起こる
② 補流
一つの主な海流があると、海水を補充するために周囲から海水が動いてできる海流。ミンダナオ海流は北赤道反流の補流にあたる。湧昇流(上昇流)と沈降流(下降流)も補流の一種である。湧昇流は沖に向かう吹送流を補うために沿岸では200〜300m深の下層から栄養豊かな冷水が上昇してきて沖へ広がるもので、世界の重要な漁場と関係が深い。岸に向かう吹送流を補う流れとして、沿岸で沈降流が起こる。表層の流れは岸に沿って風向に流れる
③ 赤道潜流
赤道直下を表面とは逆向きに東行する水深100mを中心にした流れをいう。太平洋では最強3kt、大西洋では2.5kt、インド洋では冬~春にかけてみられる1.5ktが知られている
海流の境目は、航空写真などを見ると思ったよりはっきりとわかるものですね。栄養豊かな寒流と栄養が少なく澄んだ水の暖流がぶつかる境目では魚がよく獲れる、と中学校くらいで習うかと思いますが、暖流で暮らす魚と寒流で暮らす魚の両方が集まること、それらの魚たちが寒流の豊富なプランクトンを食べて増えるためです。
『海洋気象講座』内容紹介まとめ
一級~三級海技士(航海)を目指す方向けに、海洋気象について専門的な理解を深める一冊です。前半では気象の基礎から解説し、後半では海洋について解説を行っています。各章の最後には、海技試験の過去問から抽出した問題を掲載しました。新しい版では、高層気象についての解説を更に強化しています。海上の実務でも使用できるよう、より具体的な記述を行っています。教科書、受験参考書、実務参考書としてお使いいただける一冊です。
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海を知る おすすめ3選
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『基礎からわかる海洋気象』
『海洋気象講座』では少し難しいと感じた方向けの入門書です。こちらは三級~四級海技士(航海)を目指す方向けに書かれており。より基礎的な内容です。大気をはじめとした気象の構成要素の解説から始め、地球全体の気象を理解した上で海象の理解へ導きます。
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『海の科学がわかる本』
地球上の70%を占める海のことを理解せずに、地球を理解することはできません。しかしその逆もまた真実で、地球全体を理解してこそ海を知ることができるのです。海、大気、大陸に関する物理、化学、生物といった幅広い分野の研究成果をわかりやすく紹介した、初学者に最適の一冊です。
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『海洋の環』
地球表面の7割を占める「海」の存在と人間社会との関わり、海と陸を一体の世界として見るグローバルな視点を併せ持つことの重要性を解きました。海洋を人類の共同財産として治めるにはどうしたらよいか、自然科学的、文化的、経済的、法的そして制度的な視点に立って具体的に考察し、そのあるべき姿を提示する壮大な「海洋ガバナンス」の指南書です。