海のトワイライトゾーン−知られざる中深層生態系− ベルソーブックス034


978-4-425-85331-1
著者名:齊藤宏明 著
ISBN:978-4-425-85331-1
発行年月日:2010/3/28
サイズ/頁数:四六判 160頁
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水深150メートルを超えると太陽の光がわずかに届く薄暗い世界が広がっている。この世界に潜む生物たちはどのような生存競争を繰り広げているのだろうか? 最新科学のサーチライトを当ててみよう。

【はじめに】より
 波間に太陽の光がきらめく暖かい海の表面から潜っていくと、次第に太陽の光が弱まり、薄暗くなってくる。やがて、水は冷たくなり、僅かに光を感じはするが、物の形は薄暗さの中にぼんやりとしか浮かび上がらなくなってくる。水深200mから1,000m程の深さの海には、このように僅かしか光が到達しないトワイライトゾーン(薄暮帯)と呼ばれる世界が広がっている。ここでは、光不足で光合成ができないため、海藻はおろか海中を漂う植物プランクトンも生息できない。ライトを照らせば、植物プランクトンや生物の死骸が雪の様に降ってくるのが見える。
 この、トワイライトゾーンには変わった形態の生物が生息していることは古くから知られていた。提燈のような発光器を口の前に垂らして魚をおびき寄せるチョウチンアンコウや、牙がはみ出した獰猛な顔つきの深海魚の写真を見たことのある人は多いであろう。これらの生物は荒涼とした環境に住む異形の生物なのだろうか?
 トワイライトゾーンの生物の生態についての知見は極めて限られていた。その理由は、トワイライトゾーンが一見不毛の環境にも見えて人々の興味が向きづらかったことに加え、深い海の中に生息する生物やその環境を調べることが困難であったからである。深さ1,000mから生物を採集しようとすると、1回に数時間かかる。深層からの生物採集が可能な調査船の運行には、多くの研究費を必要とするし、研究者の間での調査時間を巡る競争も激しい。やっと乗船できたと思っても、海上での調査の期間中に嵐に見舞われ、調査計画の変更、短縮を余儀なくされることも多い。そのため、トワイライトゾーンの生物採集や研究にはなかなか十分な時間を捻出することができなかった。トワイライトゾーンを直接観察する方法として、潜水艇を用いる手段もある。しかし、潜水艇による調査には更に多くの時間が必要であり、これらの装備を持つ調査船も限られてくる。しかも1日かけて広い海の本の一点についての情報しか得られないのである。今までは、トワイライトゾーンにどのような種類がどのくらい生息しているか、そしてそれらの生態については、夕暮れ時の森の中で、かすかに動く生物の影をみるように“ぼんやり”としか知ることができなかった。
 しかし、近年の観測・採集機器の発達と、なによりも多くの科学者の地道な努力によって、少しずつトワイライトゾーンの生物に関する知見が増えてきた。その結果は驚くべきものであった。長い羽のような刺毛をもつ動物プランクトン、連続して点滅する発光器を持った魚類、植物プランクトンの色素を眼に取り込んだ魚類、体長8mにも達し腕を蜘蛛の網のようにひろげるイカ、数mの長さにも達する触手を広げるクシクラゲというように、多彩な生物が生息している。また、トワイライトゾーンからは、新種の生物が未だに発見され続けている。これらの生物は冷たく暗い世界でじっとしているだけではない。多くは、数mmから10cm程と小さな生物ではあるが、海面との間を毎日のように行き来し、または亜熱帯から亜寒帯に至る数千kmにもおよぶ回遊を行ったりして、数億トンもの炭素を表層からトワイライトゾーンに輸送している。トワイライトゾーンは植物こそ育たないが、不毛の世界などではない。美しく少しばかり奇妙な生物達によって、激しい生存競争が繰り広げられ、大量の物質が行き交うダイナミックな世界なのである。
 本書では、科学のサーチライトによって薄暗いトワイライトゾーンの生物達に光をあて、その光の先に浮かび上がった生物とその不思議な生態について紹介する。本書の内容の多くは、2002年から2007年にかけ行われた農林水産省によるプロジェクト研究、“深層生態系・生物資源の解明及び表層との相互作用の解明”による成果が多く含まれており、本書は、このプロジェクトに参加した科学者達の地道で粘り強い研究の成果に大きく依っている。特に、今まであまり知られていなかったトワイライトゾーンの生物達が、私たちがよく眼にする海の表層の生物に大きな影響を与えていることや、地球温暖化の原因となっている二酸化炭素などの地球規模の物質循環へも貢献していることなど、“深層生態系”プロジェクトによる発見を紹介していく。現在、地球は人間活動に伴う様々な環境変動が大きな問題となっているが、このような状況の中、海の生態系からの恩恵を持続的に享受するためには、眼に見える表層の海ばかりではなく、トワイライトゾーンを含めた海全体をよりよく理解する必要がある。本書が、海と海の生物への理解を深め、海の生態系からの恩恵を持続的に享受するために必要なことを考える一助になれば幸いである。

【目次】
第1章 きらめく海の下に広がる世界
 1-1 深く暗い海
 1-2 トワイライトゾーン

第2章 トワイライトゾーンの奇妙キテレツな生物たち
 2-1 餌を丸呑みする大きな口、絡め捉える細い口
  コラム1 宇宙服を着た魚:デメニギス
 2-2 赤と黒
 2-3 トワイライトゾーンを灯すきらめく生物
  コラム2 ノーベル化学賞の発見“オワンクラゲの発光”
 2-4 赤外線スコープで餌を探す
 2-5 蓄えた油は霜降り和牛並み
 2-6 トワイライトゾーンを行き来する生物
  コラム3 吸血地獄イカ
 2-7 未知なる生物の宝庫
 2-8 奇妙キテレツ

第3章 トワイライトゾーンを探る最新技術
 3-1 海へ潜る技術
 3-2 ビデオで海中を観察する
 3-3 深度別に生物を採集する?多層採集ネットの活用?
 3-4 逃げる前に採集する?高速採集ネットの活用?
 3-5 音で生物を探る?計量魚探の活用?

第4章 トワイライトゾーンへの燃料輸送機構
 4-1 沈む植物プランクトン
 4-2 “マリンスノー”による輸送
 4-3 糞もご馳走
 4-4 食べ物を散りばめた“ハウス”
 4-5 季節で変わる燃料輸送の主役たち

第5章 ダイナミックな鉛直移動活動
 5-1 昼と夜で分布深度を変える?日周鉛直移動?
 5-2 季節によって分布深度を変える?季節的鉛直移動?
  コラム4 ネオカラヌスの近縁な2種類
 5-3 季節的鉛直移動の適応意義

第6章 トワイライトゾーンの主役、ハダカイワシ類
 6-1 裸の魚? ハダカイワシ類
 6-2 ハダカイワシの日周鉛直移動
 6-3 ハダカイワシの好物
 6-4 ハダカイワシを好む生物
 6-5 小さなハダカイワシの大回遊
 6-6 マイワシ、サンマにも影響を及ぼす?

第7章 暗闇に潜む生物
 7-1 餌を待ち伏せる触手
 7-2 棚からぼたもち? ?沈降粒子を待つ生活?
 7-3 サメハダホウズキイカ
 7-4 待ち伏せ行動とトワイライトゾーン

第8章 トワイライトゾーンへの表層からの侵入者
 8-1 バイオテレメトリー
 8-2 トワイライトゾーンは表層生物のレストラン?
 8-3 光と超音波
 8-4 表層とトワイライトゾーンの強い結びつき

第9章 これからのトワイライトゾーン研究
 9-1 トワイライトゾーンを照らす科学のサーチライト
 9-2 気候変化とトワイライトゾーン生態系の関係を探る
 9-3 ネオカラヌスの長期変動
 9-4 地球温暖化:経験則の効かない時代


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カテゴリー:ベルソーブックス タグ:深海魚 駿河湾 
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