著者名: | 野口 玉雄 著 |
ISBN: | 978-4-425-85351-9 |
発行年月日: | 2010/6/22 |
サイズ/頁数: | 四六判 160頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,980円(税込) |
陸上養殖のトラフグは無毒になり、海にも陸にもフグ毒をもつ生き物がいることがわかった!
フグはなぜフグ毒をもつのか、またもち得るのか?フグ毒研究とフグ利用法の最新の成果がここに。
【はじめに】より
フグは昔から日本人に親しまれ、愛されてきた魚である。身に危険が迫ると大きく膨れ上がる、そのユーモラスな姿が私たちの心を捉えているのだろう。しかし、愛嬌だけがフグの人気の源ではない。フグは当たれば死んでしまうことから「鉄砲」と呼ぶこともある。しかし、白身魚の王と言ってもよいほど美味しい。手を出したくとも高価で容易には出せないことも人気の一因となっているのではないか。昔から命をかけるほどの勇気を出さないと食べられない、このスリルと美味しさを詠んだ俳句や川柳、狂歌も数多く残されている。
ふく汁の我生きている寝覚めかな (与謝蕪村)
あらなんともなやきのうは過ぎてふくと汁 (松尾芭蕉)
フグの調理に厳しい免許が必要になった現代では、フグ調理師がさばいたものであれば毒にあたることはなくなった。しかし、天然のトラフグは高級料理の代名詞になるほどで、庶民にとってはやはり手が出しにくい魚であることに変わりはないようだ。美しいフグを盛った皿にはいろいろな意味で、日本文化の粋が散りばめられているのである。
ところが、このフグに異変が起きている。天然のトラフグを乱獲したため漁獲量が激減してしまった。需要に応えられなくなった結果、親魚から卵を採って孵化させ、生け簀で大きく育てるフグ養殖が盛んになったのである。今では有名な下関のトラフグ市場で取引されているほぼ8割が養殖物になっている。
養殖トラフグは天然物よりも若干値段は安く取引されているが、実は「フグ毒」についても驚くべきことが分かってきた。養殖方法にもよるが、養殖フグは一般的にフグ毒を持たないのである。安くなってしかも安全性が高まるのなら食べるチャンスも増えるのだから結構ではないか、と思う方もいるかもしれない。しかし、フグ毒をもっているのがトラフグの本来の姿である。無毒になってしまった彼らにとってはたいへんな迷惑で私の研究では、ストレスが溜まり、イライラして生簀のなかで噛み合いをするようになる。免疫力も弱まるようで、病気にかかりやすくなる。結果的に養殖が難しくなり、味も落ちているかもしれない。これはフグ文化の危機といってもいいだろう。
私が研究を始めて40年余経った。この間にフグ毒の研究は思いもよらぬほど進み、学説のいくつかはひっくり返り、長らく解明できなかったことのいくつかは明らかになった。まだすべての疑問が解決できたわけではないが、満足のいく結果が得られていると思う。これも科学の進歩とフグ毒研究者の絶え間ない努力の賜物であろう。食文化でなく、フグ毒の薬理効果や化学的な側面も、技術の進歩によって、少しずつ神秘のヴェールが開かれつつある。
“フグはなぜフグ毒をもつのか、またもち得るのか”
その疑問にも近い将来明確な答えがでるかもしれない。最新の成果も交えて、フグとフグ毒の科学について見直してみることにしよう。
2010年5月
著者
【目次】
序章 フグ毒との出会い
第1章 フグ毒はどこにある?
1-1 毒をもつフグともたないフグ
1-2 地域による毒力の違い
1-3 外国産のフグの毒
1-4 個体差が大きいフグの毒力
1-5 フグたちはどこにフグ毒を秘めているのか
第2章 フグ毒をもつ生物
2-1 フグ毒を装備している生物
(1)殺鼠剤にもなる毒魚ツムギハゼ
(2)ヘビも食べないカルフォルニアイモリ
(3)狩漁に利用された毒ガエル
(4)要注意!美しいヒョウモンダコ
(5)陸にも住んでいるヒラムシ
(6)毒針を使うヒモムシ
(7)狩りに毒を使うヤムシ
(8)生きた化石カブトガニの有毒種
(9)2種類の毒をもつスベスベマンジュウガニ
(10)ヒトデの仲間トゲモミジガイ
(11)肉食の巻貝バイとボウシュウボラ
2-2 フグ毒を作る海洋細菌
2-3 食物連鎖による毒化を検証する
(1)なぜ彼らはフグ毒をもっているのか?
(2)食物連鎖による毒のメカニズム
(3)無毒フグの養殖と毒化の研究(検証実験)
第3章 フグ毒の謎を解明する
3-1 フグ毒の科学的研究の歩み
(1)フグ毒「テトロドトキシン」
Study1 CAS登録番号(CAS番号,CASナンバー)
(2)テトロドトキシンの化学構造の改造
(3)テトロドトキシンの合成?利用に向けて
Study2 不斉合成
3-2 フグ毒の謎を解き明かす
(1)毒の強さランキング
(2)フグ毒中毒のメカニズム
(3)フグ毒への耐久力比べ
(4)なぜフグは自分の毒で中毒しないのか
3-3 フグにとってフグ毒は必要か
(1)狩りに使う
(2)天敵から身や卵を守る
(3)免疫力の上昇,噛み合いの減少
3-4 フグ毒の分析方法?どうやって調べる?
(1)マウスを使った動物試験法
(2)HPLC(高速液体クロマトグラフィー;High Performance Liquid Chromatography)法
(3)LC/MS(Liquid Chromatography/Mass Spectrometry;液体クロマグラフィー/質量分析)法
(4)ESI-TOF/MS(Electro Spray Ionization -Time Of Flight Mass Spectrometry;エレクトロスプレーイオン化飛行時間型質量分析)
(5)1H-NMR(Nuclear Magnetic Resonance;核磁気共鳴)法
(6)酸素免疫測定法
第4章 毒のないフグを育てる
4-1 「天然・養殖・放流・蓄養」トラフグ4種
(1)高級食材の代表「天然トラフグ」
(2)庶民の味方「養殖トラフグ」
(3)人工的に天然資源を増やす「放流トラフグ」
(4)小型の天然トラフグを生簀で育てる「蓄養トラフグ」
Study3 気軽に楽しめる庶民のフグ
4-2 養殖フグには毒がない
(1)無毒の養殖フグで町おこし
(2)自然の海で育てる?海面養殖
(3)陸上養殖??開放性循環水槽方式
(4)陸上養殖??閉鎖性循環水槽方式
(5)陸上養殖??人工海水を使った養殖
4-3 養殖フグの問題点
(1)このフグはどこから来たのか,どこへ行くのか
(2)フグの戸籍と履歴書を記録する
(3)経済特区で地産・地消
(4)フグ肝解禁への道
4-4 外国から注目されてきたキラーフィッシュ
(1)自然科学誌“Nature”に掲載された養殖無毒フグ
(2)“New York Times”から世界中に配信されたフグ文化
第5章 フグを食べる?養殖フグと伝統料理フグ肝の復活?
5-1 食用になるフ
(1)食用として許可されているフグ
Study4 フグの仲間(フグ目)
5-2 フグ毒中毒と禁止令?命を賭してまで食べたい
(1)なぜ販売が禁止されたのか
(2)フグ毒による食中毒の事例
(3)フグ中毒になるとどうなるか
Study5 フグ食禁止令の歴史
5-3 このフグは安全か??フグの鑑別法
(1)形態的な方法?経験から見た目で判断する
Study6 電気泳動法
(2)電気泳動法
(3)DNA法
5-4 安全な養殖無毒フグの「肝料理」試食会
(1)絶対安全な試食会の慎重かつ入念な準備
(2)試食会参加者のアンケート調査
(3)試食会を行ってみて
(4)フグ肝はフォアグラを凌駕する
Study7 フグ中毒と裁判
第6章 巻貝とフグ毒中毒の関係
6-1 FAOがフグ毒食物連鎖の解明に乗り出した
6-2 巻貝によるフグ毒食中毒(日本・台湾・中国)
(1)ボウシュウボラによる中毒
(2)バイ貝による中毒
(3)小型巻貝による中毒
6-3 巻貝類はどうやってフグ毒をもったか
第7章 フグ毒の使い道
7-1 医薬品としての利用
(1)鎮痛剤・試薬
(2)民間薬とモルヒネの代用品?中国
7-2 怪しい薬の原料にフグ毒
(1)惚れ薬「イモリの黒焼き(黒煎り)」
(2)ブードゥーの秘儀「ゾンビパウダー」
(3)毒薬として用いられた「トリカブト保険金殺人事件」
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