著者名: | 中山 章 著 |
ISBN: | 978-4-425-55341-9 |
発行年月日: | 2010/10/14 |
サイズ/頁数: | 四六判 176頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥1,980円(税込) |
現在の進化したジェット旅客機は、飛行の障害になる現象でも「強の領域」さえ回避していれば安全です。ところが、この領域はごく小さいので、飛行前にこの場所を予報することはできないから飛行中に回避するしかない。もちろん、飛行計画の段階では、気象庁の作成した予想天気図を用いて障害現象に遭遇する確率の小さいコースを選定していますが、それから後の飛行中の回避はパイロットに任されています。
本書は航空気象の経験が長く、航空事故調査委員会での気象解析に携わってきた著者が、ジェット旅客機にとって障害になる現象を解説したものです。これらは一般の人が悪い天気と感じるものとはかなり異なっています。たとえば、低高度でごく短い時間に飛行機の受ける風(ベクトル)が急変すると揚力の急変となり、墜落事故も起きています。これはウインドシヤーと呼ばれ最も恐ろしいものの一つです。障害現象を回避する技術は数値予報の精度が向上した現在でも重要で、これにはメソスケール気象学の知識が必要になります。
また、最近のジェット旅客機は全天候飛行を目指しており、気象が原因した欠航は少なくなっているが、そのために知らなければならないことにも触れています。パイロットに限らず空に興味のある方もぜひ手に取っていただきたいです。
【はじめに】より
この本の目的は、飛行に気象がどのように関わりあうかを説明することである。しかし、両者の関わりは、飛行機の飛行方式、大きさ(重さ)、進化の度合い(性能)などにより変わる。例えば、少し天気が悪ければ飛行できない軽飛行機と、激しい風雨のときでもめったに欠航することのない高性能旅客機とでは、必要とする気象情報を変えなければ、どちらの飛行機にとっても役に立たないものになる。この本の題名を「飛行機と気象」としたのはこのためである。
まず、飛行方式から考える。一つは、有視界飛行方式と言ってパイロット自身が目視によって地表の障害物、空中の他の航空機、雲などとの間に間隔を保ちながら操縦し、これらとの衝突の回避については常にパイロットが責任を負わなければならない飛び方である。この飛行で離着陸および飛行中とも常に気象条件の制約を受け、決められた気象状態の時のみ飛行が可能である。
これに対して、計器飛行方式は航空交通管制の許可(クリアランス)を受けたコースを飛行するほか、常に管制官の指示に従って飛行する方式である。この飛行は、離着陸を除いて飛行中は気象条件の制約は受けない。しかし、この予定飛行コース上に強い乱気流(積乱雲に伴うものと晴天下のもの)、強い着氷、降雹などの悪天があると回避しなければならない。この場合、予定飛行コースから回避する大きさはできるだけ小さいことが望ましいが、ギリギリに強いところを回避するには、悪天の細かい構造を知っていないと巧くできない。これを行うのに必要な知識は、従来の低気圧や前線ではなく、悪天の構造、つまりメソスケールの気象学である。
次に考えなければならないのは、飛行機の大きさ(重さ)である。大型機でも小型機でも同じことだと思うかも知れないが、実はこれが関係する障害がある。それは大きくて重量の大きいジェット輸送機は、大きな慣性を持って飛行しているので、慣性の変化しないくらいの区間内で風が急に変わっていると、本文で説明しているように飛行機の揚力が急変するからである。ただし、この影響はそれまでのプロペラ機には無かったもので、ジェット輸送機の就航に際して発生した問題である。
ところが、ジェット輸送機の就航当時には、気象現象の細かい構造は良く分かっていなかったので、重大事故を起こすほどの風の急変域は無いだろうと考えていた。こんななか、1975年にニューヨークのケネディ国際空港での滑走路手前に墜落した事故原因が解明され、その後の調査で、風の急変域の中には飛行機を墜落させるほど大きい物が存在することが確認された。この事故原因は雷雲内の幅の狭い強い下降流が、地面に衝突して四方に吹き出した強風で、ダウンバーストと呼ばれた。
揚力に関係するのは単位時間に飛行機の受ける風の急変量(これをウインドシアーと言う)であり、場の急変域を飛行機が通過することにより生ずるものである。したがって、風や鉛直流の強い小さなじょう乱域を通過する時でも、前線などの急変域を通過した時でも同じ影響を受ける。先に述べたダウンバーストもこの種のものである。いままでの事故調査報告書によると、ウインドシアーによる離着陸時の事故はいくつかあるので、障害になりそうな現象の風の微細構造を調べておくことは重要である。
もう一つは、飛行機が進化したことによって、必要とする気象情報の内容が変ってきたことである。たとえば、昔の飛行では乱気流で空中分解したとか、防除氷装置の性能が悪くて着氷により墜落したこともあった。ところが、現在のジェット輸送機では、このようなことはほとんど無くなったので、悪天でも弱いものは問題でなくなった。しかし、いかに性能の高いジェット輸送機でも100%安全というわけではないから、悪天の「強」の部分の量的予報が必要になってきた。この予報は従来の定性的な予報よりも技術的には遥かに難しい。
さらに、この悪天を現象別に見ると、たとえば、雷雨は強烈で最も恐ろしいものだが、機上レーダーを正しく用いれば回避できる。ところが、ウインドシアーや乱気流のように風に関係したものは、機上探知機が無いので、この回避には気象学を根拠にした予報と実況監視を用いている。したがって、機上レーダーによる回避のように着実ではないため、乗客が怪我をする事故が稀ではあるが発生している。この対策にはさらなる研究が必要で、それには実態を把握することが先である。昔はこれができなかったが、現在は旅客機に装備されているデジタル飛行記録計を用いると、メソスケールの現象との関連を知ることもできる。航空事故調査では、このデータは必ず用いられていて、本文でも実例を示した。
また、初期の飛行機や、現在でも有視界飛行をする小型機は巡航中の事故も多いが、ボーイング社の最近10年間(2008年版)のジェット輸送機の統計によると、死亡事故の66%が離陸直後の3分と、着陸前の8分の11分間に起きている。これを航空関係者はCritical 11 minutes(危険な11分:CEM)と呼んでいる。気象が原因する事故も重大なものはCEMに多く、先に述べたダウンバーストによる事故も例外ではない。もちろん、この数字はゴロの良さもあるわけだが、性能の高いジェット輸送機も離着陸時の気象には一段と関心を払う必要がある。
上のことを要約してみると、飛行計画を作る段階で最適飛行コースを決めるのには、従来の予報の使い方で良い。しかし、こうして決められた飛行コース上を管制官の指示で飛行するジェット輸送機にとっては、強い悪天を巧く回避する技術が最も重要である。前者の予報技術は数値予報になってから非常に進んだが、後者はパイロットに任せられた感じがする。回避しなければならない悪天の多くは、スケールが小さく寿命も短いので、飛行前に回避に必要な精度で予報することはできない。このため、ジェット輸送機のパイロットにはメソスケールの気象学に根拠を置いた経験則(観天望気)が最も必要になっている。上に述べたように、ジェット輸送機を対象にした気象には、いろいろの話題があるので、この本ではジェット旅客機を対象にして解説することにした。
10年以上前から、当時、日本航空の機長をしていた池羽さん(現航空大学校特任教授)と北村さんが主になって、毎月1回休日に気象の勉強会を始めた。この中には同社の気象担当の小野寺さん(現桜美林大学教授)や運航管理者も加わってくれて、こじんまりとした会だったので、最新の運航の実際の知識を学ぶことができた。今回の原稿作成に際しては、勉強会の皆さんに教えて貰ったことが大変に役立った。とくに航空大学校に移られた池羽さんからは飛行に関した部分のご指導と資料を、さらに、同大学校の航空力学の大屋先生からも貴重なコメントを戴いた。また、気象ブックス編集員の方々、とくに古川武彦さんには何回となく査読して頂き、大変にお世話になった。これらの方々に厚く御礼申し上げる。
2010年9月
中山 章
【目次】
1.飛行機が飛ぶしくみ
第1章 飛行機が正常に飛ぶには
1.1 飛行機はどうして浮揚するのか
1.2 揚力、抗力の式の理解は飛行の基本である
1.3 通常のジェット輸送機には守らなければいけない速度の限界がある
1.4 飛行に用いられる基本的な速度
第2章 一つのフライトの終了までに関係する気象には何があるか
2.1 飛行前の準備からフライトプランまで
2.2 気象ブリーフィング
2.3 離陸にはどんな気象が関係するか
2.4 巡航から着陸までにはどんな気象が関係するか
2.飛行障害になる気流のいろいろ
第3章 飛行機が風ベクトルの急変を受けるとどうなるか
3.1 ウインドシヤーは飛行にとってなぜ重要か
3.2 鉛直流を含めた風の急変による揚力の変化
3.3 ウインドシヤーの恐ろしさを教えてくれた事例
第4章 乱気流はどうして発生するか
4.1 飛行機の短周期の動揺はどうして起こるか
4.2 多くの渦を発生させるケルビン・ヘルムホルツ波
4.3 気象観測機、レーダーにより観測したケルビン・ヘルムホルツ波(晴天乱気流)
4.4 乱気流の発生し易いところ
3.離着陸とメソスケールの現象
第5章 ダウンバーストはなぜ離着陸障害になるか
5.1 ダウンバーストが発見されるまで
5.2 ダウンバーストの接地前後の変化は急である
5.3 マイクロバーストの中の飛行の実例
5.4 離陸滑走を始めてから1分以内に墜落した事故もある
第6章 設置直前の風の急変は重要である
6.1 正常でない接地は危険の一歩手前である(花巻空港事故)
6.2 飛行場の地形の特長を理解していることは正常な接地にかかせない
第7章 視程と滑走路視距離
7.1 視程の物理的な意味
7.2 視程と滑走路視距離
7.3 滑走路視距離の測定原理と斜め視距離
第8章 離着陸にはメソスケールの気象が必要である
8.1 温暖前線では低高度のメソスケール構造が重要である
8.2 低層の温暖前線面付近で対気速度が急減し上昇が困難になった事例
8.3 寒冷前線のメソスケール構造とウインドシヤー
4.飛行中に障害現象を回避するには
第9章 雷雲(積乱雲)の回避
9.1 機上気象レーダーを正しく用いるには
9.2 雷雲(積乱雲)にはいろいろな種類がある
9.3 飛行機への雷撃は自然落雷とは違う
第10章 晴天乱気流の回避
10.1 晴天乱気流は狭い領域に起こるものである
10.2 旅客機でも前線帯内の構造を知ることができる
10.3 強い乱気流が前線帯内の全層に発生した事例もある
10.4 山岳波に伴う乱気流 10.5 晴天乱気流にはどう対応したらよいか
第11章 飛行機への着氷
11.1 着氷量は何により決まるか
11.2 過冷却水粒だけと水晶が共存した場合の着氷
11.3 高速飛行時と低速飛行時の着氷の違い
第12章 亜音速ジェット輸送機には超えてはいけない速度がある
12.1 事故の発生したときの気象条件
12.2 強い鉛直シヤーはどうして形成されたか
12.3 デジタル飛行記録計の解釈
(気象図書)
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