著者名: | 藤井理行・本山秀明 編著 |
ISBN: | 978-4-425-57011-9 |
発行年月日: | 2011/3/29 |
サイズ/頁数: | 四六判 268頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥2,640円(税込) |
古きをたずね新しきを知る。
地球環境の将来を予測する上で、古気候古環境の情報は、極めて重要である。
極地の氷床(アイスコア)は、時間分解能が高いこと、過去数十万年前以前まで連続して遡れること、昔の空気そのものを含む環境シグナルを保存していることなどから、地球環境のタイムカプセルとも言える優れた記録媒体である。
本書は、気鋭の研究者達が、我が国のアイスコア研究の成果を分かりやすくまとめた最初の書物である。
【はじめに】より
温故知新。地球環境の将来を予測する上で、古気候古環境の情報は、極めて重要である。人工衛星を含む観測技術や観測網の発展、観測データの集積と活用、スーパーコンピューターを用いた数値予測の進展は、地球環境の将来を予測する上で重要な役割を果たしている。しかし。気象や海洋などの観測が地球規模で実施され、そのデータが蓄積されているのは、せいぜい過去50年である。こうした観測データからは、この時間すケースを超えた長期変動現象や、この期間に起こった規模以上の現象については、理解を深めるのは容易ではない。
古気候古環境の情報は、こうした時間スケールを超え、気候システムの変動リズム(周期性)、気候と環境の変動シークエンス(連鎖性)など。多くの事例であるばかりか、現在の異常度合いを判断する座標軸を与えることにもなる。さらに、気候の将来予測をする上で、その数値モデルの検証材料を提供することになるので、古気候古環境研究の重要性が認識されるようになった。2007年、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、第四次評価報告書をとりまとめ、その中で初めて古気候(Paleoclimate)を章として取り上げたのは、その端的な例と言える。
古気候古環境は、樹木、サンゴ、湖沼や海の堆積物、鍾乳石などに時系列シグナルとして記録され、多くの研究が行われてきている。こうした記録媒体に比べ、極地の氷床は、時間分解能が高いこと、過去数十万年以前まで連続して遡れること、昔の空気そのものを含む環境シグナルを保存していることなどから、地球環境のタイムカプセルとも言える優れた記録媒体である。分析技術を含むコア研究の進展により、気候や環境のさまざまな指標(proxy)が提案されるとともに、シグナルの解読が進んでいる。
氷床掘削の歴史は、1940年代末に遡る。最初の氷床掘削は、1949年にグリーンランドのキャンプ?でフランスの調査隊によって行われた50メートル掘削である。南極においては、1951年、ノルウェー、イギリス、スウェーデンの三国共同隊が、ドロイング・モード・ランドのモードハイム基地で99.8メートルの掘削に成功している。
日本が南極観測に参加する契機となった国際地球観測年(IGY:1957ー1958)の頃から、氷床コア掘削は、南北両極で盛んに行われるようになった。世界的な雪博士中谷宇吉郎(1900?1962)が、グリーンランドのサイト・ツーに行き、鎌倉時代の氷(随筆「白い月の世界」より)を、物性研究のため日本に持ち帰ったのも1957年のことである。
その後1960年代に入ると、掘削性能は飛躍的に向上し、グリーンランドでは、米国がキャンプセンチュリーで1966年に深度1387メートルで、また、南極では同じく米国がバード基地で1968年に深度2164メートルで、岩盤に到達した。
氷床コアを用いた古気候研究は、氷を構成する酸素あるいは水素の同位体比が過去の気温の指標として使われてから、本格的になった。Dansgaard et al.,(1969)は、グリーンランドのキャンプセンチュリーで掘削したコアを用いて、過去10万年の気温変化を復元した。
この成功に日本の雪氷研究者も大きな関心を寄せ、深層掘削の準備に取りかかった(渡辺、2006)。南極での氷床掘削計画は、1969年から1975年にかけて実施された「みずほ高原・エンダービーランドの雪氷学的研究計画(通称エンダービーランド計画)」の主要課題となった。みずほ基地で1971年に行われた深さ41メートルまでの掘削が、日本の氷床掘削の幕開けである。1972年に深さ147メートル、1975年に深さ145メートルまで達したが、この辺りが当時の日本の実力であった。みずほコアの研究は、日本の研究者が得意とする緻密な物理解析の他、酸素同位体についても行われたが、まだ欧米の先進諸国との差は大きかった。
その後、日本の氷床コアの掘削と研究は、南極で進展した。「東クイーンモードランド計画」(1982?1986)の一環で、1984年にみずほ基地で700メートルの中層掘削を行った。みずほ基地は、南極氷床の斜面に位置し水平流動の影響を強く受けるため、ここでの掘削コアは、数千年以上の長期にわたる気候変動の研究には不向きである。コアの深部ほど上流で積もった雪を起源としているからである。
このため。東クイーンモードランド計画期間中の1982年、日本雪氷学会の極地雪氷分科会は、将来計画委員会を設置し、雪氷研究10年計画の検討を開始した。その重点課題として、氷床頂部での深層掘削を計画した。東クイーンモードランド計画が開始された時期、みずほ基地での中層掘削(1983?1984)とドーム頂上の確認と予備調査(1985)は、将来の氷床頂部での深層掘削につながる計画(通称ドーム計画)と認識されるようになった(藤井、2006)。
ドーム計画は、長い準備が必要であった。掘削孔は、深さ数百メートルにもなると、氷の塑性変形により、収縮する。これを防止するため、氷の密度に近い液体を孔に入れる必要があった。氷温?60℃、液圧300気圧に耐えるドリルの開発は、未知への挑戦であった。6年を要し、さまざまな失敗を糧に、トリルは完成した。200トンにもおよぶ多量の物資の輸送、基地の建設、そして、想像を絶する寒冷で低酸素の地での越冬。掘削は、1966年12月7日、深度2503メートルに到達した。
ドームふじ基地での成功で、氷床深層コアの掘削技術はようやく世界に肩を並べる水準になった。その後、2004年から第二期ドーム計画を開始した。岩盤までの掘削を目標に、徹底してドリルの改良を進めた。また、効率的なオペレーションとするため、昭和基地越冬隊の支援を受けつつ、航空機で隊員を派遣した。掘削は、夏シーズンの約2ヶ月間行い、3シーズン目には3029メートル深に到達した(本山、2006)。平均掘削速度は、160メートル/週を超え、世界最速を記録した。斬新なアイディアを盛り込んだドリルと掘削技術は、世界トップに踊り出たのである。翌シーズンは、一転して掘削は困難を極め、わずか6メートルしか掘れなかった。地熱で融解した「水」が、ドリルへの再凍結などで掘削を著しく困難にした。しかし、小さな岩盤片も混じり、限りなく岩盤に近くまで達していたことは間違いない。最終的に、過去72万年をカバーする深さ3035メートルまでの良質なコアが得られた。
本書は、我が国のアイスコア研究の成果を分かりやすくまとめた最初の書物である。そのため、第1章では、アイスコアから過去の気候や環境シグナルを抽出する方法をまとめた。コラムも入れて、読者がさらに知りたいと思うであろう事柄を分かりやすく取り上げた。
第2章は、主として日本の研究チームが掘削した北極圏のコアや、第一期ドーム計画で得られた深さ2503メートル、年代で過去34万年をカバーする南極ドームふじコアの解析により、明らかとなった気候および環境の変化を取り上げた。
第二期ドーム計画の氷床コア研究には、さまざまな分野の研究者が参加した。宇宙線生成核種による太陽活動と地球磁場の研究、微生物研究、微隕石(宇宙塵)研究、超新星爆発の痕跡を探る研究などである。本書の第3章に、「アイスコア研究のフロンティア」として、こうした研究成果の概要をまとめた。
氷床掘削やアイスコアの研究は、大学等の研究者・技術者との共同プロジェクト、共同研究として行われて来ている。南極みずほ基地での41メートル掘削から40年。世界を見上げていた日本のコア掘削もコア研究も、世界に肩を並べた。本書に示した共同研究の成果の概略からダイナミックな古気候古環境を知って頂き、さらに、地球環境問題の理解を深めて頂ければ幸いです。最後に再び、温故知新。
編者、著者を代表して
藤井理行
【目次】
第1章 極地の氷に刻まれた古気候古環境シグナルの解読
1-1 氷床とアイスコア
氷床とは
氷床コア掘削
理想的な掘削場所とは
ドームふじ氷床深層コア掘削
ドームふじアイスコア
コラム:世界最新鋭のドリルの開発
1-2 アイスコアに記録される気候・環境要素
大気の循環と極地への物質輸送
成層圏での物質輸送
エアロゾルの滞留時間
空気の保存
まとめ
コラム:気候や環境の記録媒体
1-3 アイスコアの年代決定
はじめに
年代決定の考え方
氷床の流動と年代
深層コアの重要なタイムマーカー
:酸素・窒素比率と含有空気量
O2
N2比や含有空気量が、日射強度の変動と同期するメカニズム
O2
N2比や含有空気量のタイムマーカーとしての有効性と限界
深層コアの他のタイムマーカー
浅層コアや、最終氷期以降の氷床コアの年代決定
コラム:地球最古の氷は?
1-4 気温復元
どうやって過去の気温を推定するのか?
同位体比と気温の相関
過去30万年間の同位体比変動
同位体比が変動するメカニズム
相関関係を変える原因
気温復元の確からしさ
まとめ
コラム:「安定同位体」とは
1-5 陸海域起源物質
エアロゾル
海域起源物質
陸域起源物質
1-6 火山活動の復元
アイスコア中の火山起源物質
火山灰の化学組成
タイムマーカーとしての火山起源物質
硫酸エアロゾル量の推定と気候変動
硫酸層の起源推定
コラム:謎の噴火と気候の寒冷化
1-7 大気組成の復元
気体の分析項目と方法
氷床内での大気の保存性
人為起源の温室効果ガス変動
氷期間氷期スケールの変動
コラム:アイスコアの同じ深さで氷と空気の年代が違う
コラム:結晶化する空気?ハイドレートの話
第2章 アイスコアから明らかになってきた地球環境
2-1 過去300年の気候環境変化
気温変化
北大西洋振動の復元
北極域における産業革命以降の降水の酸性化
CO2濃度の変化
火山活動
コラム:8200年前の寒冷イベントとローマ時代の鉛汚染
2-2 最終氷期が終わる時の気候と環境の激変
ターミネーション
ヤンガー・ドライアス
アガシー湖の決壊
急激な温度化
南極の寒冷期
(アンタークティック・コールド・リバーサルACR)
2-3 氷期における急激な気候変動
ダンスガード・オシュガー・イベント(DOイベント)
ボンド・サイクルとハインリッヒ・イベント
地球規模で生じた数千年スケールの気候変動
南極における数千年スケールの気候変動
コラム:海洋の熱塩循環とバイポーラー・シーソー
2-4 氷期サイクルのダスト変動に基づく風速の復元
南極の氷の中のダスト
氷期サイクルにおけるダスト濃度の変動
海面変化と大陸棚の露出
過去13万年の風速変動の復元
氷期サイクルにおける風速変動の復元
おわりに
2-5 過去数十万年の気候と環境の変化
南極の気温変動と二酸化炭素濃度変動との関係
10万年周期の謎
34万年間の南極の気候変動のタイミング
コラム:ミランコビッチ・サイクル
第3章 アイスコア研究のフロンティア
3-1 太陽活動・地球磁場変動の歴史
はじめに
太陽活動の歴史
地球磁場変動の歴史
おわりに
コラム:地球磁場と太陽磁場
3-2 銀河系内超新星爆発の痕跡
超新星爆発とは何か?
過去2000年の銀河系内超新星爆発
硝酸イオン濃度に超新星の痕跡は残るのか?
ドームふじコアに超新星の痕跡あり!?
超新星がアイスコアに痕跡を残す理由
なぜドームふじなのか?
氷の中の超新星の痕跡研究のこれから
コラム:藤原定家と超新星爆発
3-3 ドームふじ氷床コアからみつかった地球外物質
:始原的な天体の衝突記録
地球外物質
氷床コアから地球外物質を探す
氷床コアから発見された地球外物質層
起源となった天体は?
南半球での痕跡を探す
おわりに
コラム:南極は隕石の宝庫
3-4 南極の氷の中の微生物
氷床微生物研究のパイオニア
ボストーク氷床下湖の微生物
氷床コア解析のツール?融解装置の開発?
氷山氷を用いた開発研究
南極氷床の表層と深層コアの微生物
雪氷域花粉のDNA解析
氷の中の微生物研究のこれから
コラム:「氷床下の世界」
【極地研ライブラリーについて】
「極地研」は、「国立極地研究所」の略称で、極地に関する科学の総合研究と極地観測の推進を目的に1973年に設置されて以来、大学共同利用機関として、また南極観測事業の中核的実施機関としての役割を担ってきました。
「極地研ライブラリー」は、理解が進んだ極地の自然について、その観測や研究の成果を、第一線の研究者が科学的に分かりやすく解説するとともに、極地での調査や活動、さらにはその歴史を紹介するシリーズです。
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