著者名: | 井上たかひこ |
ISBN: | 978-4-425-91141-7 |
発行年月日: | 2012/6/22 |
サイズ/頁数: | A5判 192頁 |
在庫状況: | 品切れ |
価格 | ¥2,860円(税込) |
海や河川、湖沼、池など、常時水面下にある遺跡や遺物を発掘調査する「水中考古学」。東京海洋大学、東海大学海洋学部、金沢大学などで水中考古学関連の講座も設置され、急速に脚光を集めている学問分野である。本書は「水中考古学」という学問の概要と各国の取り組み、その歴史を紹介する。そしてこれから水中考古学を学ぼうとする方に向けて、具体的な発掘方法・保存処理方法を解説する。
【まえがき】より
わたしは、子どものころから海に親しんでいたこともあり、海底の難破船探しをいつかはしてみたいと夢見ていた。「それらの難破船にはどんな宝物が積まれているのだろうか?」。想像するだけで、わたしの胸はときめいた。
そんな矢先、まるで小説『宝島』にも似た冒険性に富む世界を、学問として学べる水中考古学に出会い、次第にその魅力に惹かれていった。海に潜り、難破船や海底都市を調査研究するのが水中考古学だが、いかにもおもしろそうな分野だった。ところが、日本の大学には講座がなく、25 年前バス博士を慕って、テキサスに留学したのである。
水中考古学を確立したのは、テキサスA & M 大学水中考古学研究所のジョージ・バス博士だ。トルコ南部のゲリドニア岬で青銅器時代の難破船発掘に成功(1960年)し、「水中考古学の父」と呼ばれる。私たちにとって神様的存在であり、はるか雲の上の偉人でもあった。
博士の破格の厚遇のもと、1988 年夏、地中海トルコのウル・ブルンで初めて発掘調査に参加した。初のフィールドの舞台が、地中海だなんて、贅沢すぎる待遇だった。難破船は、今から3400 年前の後期青銅器時代の交易船で、世界最古といえるもの。水深50 メートル。潜水が苦手な私だったが、訓練のかいもあり、どうにか海底にたどり着くことができた。生まれてはじめて見る難破船の周囲には、石の碇、大小の壺や瓶、銅の地金などが折り重なるように散乱し、その異次元の世界に私の心はますます舞い上がった。
翌年、ジャマイカ島ポート・ロイアル海底都市の発掘に加わった。ここはカリブ海に君臨した大海賊ヘンリー・モーガンの本拠地で、1692 年の大地震で町は海中に沈んだ。レンガ造りの廃墟の街並みが延々と続く海底は、まさに「水底のポンペイ」の如しであった。海底からは、錫製の皿、銀製のスプーンやフォーク、真鍮のろうそく立てから鍋、釜の日常生活品の類まで出土した。ここでは、発掘の手法に加え、海底地図の作成、水中写真撮影、保存処理などの実務を学ぶことができた。
米国での研究生活は、心満たされる日々であり、水中考古学を目指した自分が、とても誇らしくさえ思えた。教室は海の色に染まり、潮の香りに溢れている。並いる教授陣も、この新しい学問領域に真摯に取り組み、その凝縮された知識を私たちに伝えようとの先駆的意欲に燃えていた。
考古学研究を根底から支えるものは、発掘調査によって得られた成果である。世界では様々な水中考古学の実践的研究が行なわれ、着実にめざましい実績を挙げてきた。水底遺跡は、水の壁に守られ、保存状態がよいケースも少なくない。だが、日本ではこれまで、水中考古学に対する認識が著しく希薄であった。そういう環境の中で、琵琶湖底遺跡、「開陽丸」海底遺跡、鷹島海底遺跡などの調査が行なわれてきた。
わが国の水中考古学の学問的水準は決して低いものではない。日本や中国の近海に眠る沈没船の調査や海底に散在する陶磁器、碇石の引き揚げや研究の成果は世界に冠たるものがある。また、日本人研究者の活躍で東南アジア各地の海底から回収された遺物の調査も進められている。地中海やカリブ海の調査成果と同様に、具体的な海底出土資料からアジアの海上交易や航海史を研究・解明することが現実のものとなっている。
水中調査は宝探しと混同されたこともある。が、調査は地表の考古学より困難に満ちており、実際は、高度で専門的な知識と技術が求められる総合的な学際研究である。
日本ではなじみの薄い領域だったこの学問も、2007 年の海洋基本法の成立や2009 年のユネスコ水中文化遺産保護条約発効などの後押しを受け、いま急速に脚光を浴び始めている。
東京海洋大学が、2009 年4 月から大学院に「海洋考古学」講座を開設。日本でもやっと専門的に水中考古学を学べる大学が登場した。また、東海大学でも海洋文明学科内に講座を開いている。テキサスA&M 大学と東京海洋大学との連携による水中考古学フォーラムの開催など、国際交流も盛んになっている。2009 年7 月には、エジプト・アレクサンドリア海底遺跡の発掘成果を紹介する「海のエジプト展」が横浜市で開かれるなど、水中考古学に関するイベントが目白押しである。海底から引き揚げられた、いにしえのファラオやスフィンクスは、私たちを圧倒して余りあるものだった。同時開催のシンポジウムでは、水中考古学を学びたいと願う若者たちも集まってきた。その関心の深さは私が常日頃思っている以上で、その熱心さに改めて驚かされた。
一方、水中文化遺産の保護も喫緊の課題となっている。ユネスコ水中文化遺産保護条約は、宝探し的行為や商業目的の利用を規制する。2000 年の文化庁調査によれば、日本における水中遺跡の数は200 を超えるが、実態はこれをはるかに上回るという。現在、NPO 法人アジア水中考古学研究所が日本財団の助成を受け、全国の水中文化遺産データベース化を進めている。また、海底にある遺跡をそっくりそのままの状態で海中に保存・公開する「海底遺跡ミュージアム構想」も新たな試みとして注目されつつある。
考古学も日々発展を続ける。海洋科学技術の進歩により、沈没船の探索技術や発掘方法、水底遺跡の保存方法なども進化している。水中考古学なくして人類の文化や歴史を語ることは不可能であり、水中考古学に寄せられる期待は、魅惑的な海のなぞの解明の入口に立っている。
平成24年5月
著 者
【目次】
第1章 水中考古学の概要とその歴史
1 水中考古学とは
2 水中考古学の開幕とその成果
第2章 調査発掘/ 水中考古学の方法と実際
1 遺跡のサーヴェイ(事前探索)
2 発 掘
3 調査の記録方法
4 潜水方法
5 安全管理と水中調査機器の開発
第3章 保存処理
1 保存処理とは/ その方法
2 脱塩処理
3 保存処理/ 近年行われている保存処理法
第4章 水中遺跡と文化財/ 国内外の事例
1 日本の水中遺跡調査
2 中 国
3 韓 国
4 東南アジア
5 北欧・イギリス
6 地 中 海
7 アメリカ大陸
8 カリブ海
9 オセアニア
第5章 水中考古学の展望と課題/ 各国の取り組み方について
1 日本の取り組み
2 アジア各国の取り組み
3 欧米各国の取り組み
4 水中遺跡の破壊と保護およびその規制
第6章 水中考古学を学ぶには
1 日 本
2 アメリカ
3 オーストラリア
4 イギリス
5 その他
(海事図書)
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