南極観測隊は南極に赴く観測船上で「しらせ大学」を開き、初めて南極観測に参加する隊員へ南極自然、観測の歴史などを講義した。また昭和基地での越冬中には「昭和大学」を催し、隊員同士でそれぞれの観測、研究、仕事を語り、互いに理解を深めた。こうした企ての講義録を元に、一般向けの「南極入門書」ができないかという発想で旧版の「南極読本」が作られたが、好評を得て、増版改定版を発行するまでとなった。
南極大陸は「国際地球観測年(IGY)」が始まった当初、地球に残された「地球科学の巨大な空白部」であり、また人類活動による環境破壊や汚染の影響が最も少ない、地球上に残された最大の「原生地域」でもあった。
最初の日本南極観測隊は1957年に日本を発ち、「昭和基地」を建設、予備的観測を開始し、1966年からは本格的な観測が行われ、オゾンホールの発見や内陸露岩域での大量の南極隕石の発見、ドームふじ基地での深層氷床コア掘削による七十万年に遡る古気候、環境変動資料の取得など、重要な成果が得られている。
本書は、これまでの科学調査により明らかにされた南極自然、観測事業を解説することを目的として、南極観測隊OB会によって執筆・編集された。設営や基地生活、砕氷船による輸送に関する解説など南極観測を理解するためには欠かすことができない事柄にも触れている。
今回、初版の内容を全体的に見直し、一部の章については全面改稿、新規「章」の導入などで増補し、新たな増補・改訂版「南極読本」を上梓した。初版にあった「南極セミナー」は削除し、それに代わって「観測トピックス」として新たに加えた。
南極で年越しをする観測隊員に、愛媛県の宇和島市が毎年門松を送っているというニュースを聞きました。この習慣は1974年からのもので、当時の南極観測船「ふじ」の船長が宇和島出身だったことで始まったそうです。なんと、今年で48回目になるとか。また2023年の年明けには、奥多摩町の小学校の先生が、南極からオンライン授業を行う予定です。理科の先生は小学生からの質問を集め、11月に出発するとのことです。楽しみですね。
南極観測隊や南極観測船、ペンギンなどの生きものの話は、このように度々ニュースに取り上げられます。書籍や映画の『南極料理人』などで南極観測隊の生活に興味を持った方も多いでしょう。南極観測隊は色々なことを調べています。よく聞くのは、オゾンホールやオーロラ、地球温暖化に伴う氷の融解などの気象や天候現象についての調査研究かと思いますが、その他にも氷床コア、海洋生物調査、隕石の研究などが行われています。
今回ご紹介する『改訂増補 南極読本』は、南極で行われているこうした調査研究や、南極の地理や地形、気象や海洋の様子、南極の生態系などについて、南極観測隊員が解説します。南極観測の歴史や、もちろん基地の設営から南極での生活、観測船についても紹介しますよ。
旧版に多くの最新データを加え、大幅に改訂しました。充実したコラムに加え、用語集と最新研究トピックスも追加しています。これ一冊で、南極と南極研究の現在がわかる「南極ペディア」、興味のある場所からご覧ください。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『南極読本』はこんな方におすすめ!
- 極地科学に興味のある方
- 南極観測隊ファン
- 南極の動物に興味のある方
『南極読本』から抜粋して3つご紹介
『南極読本』からいくつか抜粋してご紹介します。南極大陸はどんな場所かという基本から、南極観測の歴史、南極で調べていること、南極海や生態系、観測隊の生活まで、南極についての最新情報が満載の「南極ペディア」です。
気候と環境問題
《南極基地と気候帯》
南極は高緯度にあるので、太陽が沈まない長い夏(白夜)と、太陽の現れない長い冬(極夜)があります。南極の気候の特徴は、いうまでもなく低い気温です。特に内陸部の高地では、年中ほぼマイナス30℃以下です。
大陸氷床上では、地表付近の大気が上空に比べて低温になって大気の重さが増し、低い方に流れます。氷床は中央が鏡もちのような型をしているので、内陸から沿岸に向かって大陸の斜面を流れる大気は常時100m毎秒以上の風速となります。この下降風をカタバ風(滑降風)と呼びます。
南極半島の各基地は比較的温和な気候の場所にあります。昭和基地とあすか基地は沿岸弱風帯に属します。沿岸弱風帯は棚氷上と大陸沿岸の2つに細分され、昭和基地は沿岸カタバ風帯、あすか基地は棚氷帯にあります。みずほ基地は寒冷カタバ帯に分類されます。さらに内陸は、高原寒極帯として分類されます。
東南極の高度2000m以上、西南極の高度1500m以上の表面傾斜が1度以下となる内陸が「南極高原」と定義されています。この南極高原は〈寒冷遷移気候帯〉〈寒冷カタバティック気候帯〉〈寒冷内陸気候帯〉〈寒冷核心部気候帯〉の4つの気候帯に分けられています。
《オゾンホール問題》
大気中のオゾンは、酸素分子に紫外線が当たって生成されます。オゾンの大部分は高度10㎞から50㎞の成層圏に存在し、地球上の生物を有害な紫外線から守っています。南極の成層圏は、極夜の時期になると太陽からの日射による加熱がなくなるので、マイナス30℃以下の極低温になります。
南半球は海陸分布が比較的単純で、大規模な山脈などによって乱されず、冬の間は極を中心にほぼ円形の大気循環が強まります。この中に冷たい空気が閉じ込められるため、極めて低い気温が持続し、地上で真珠母雲として観測される極域成層圏雲が形成されます。この雲粒の表面上で起こる化学反応と、春の太陽からの紫外線による光化学反応によって、フロン(CFCs)に含まれる塩素原子が大気中に放出され、オゾンを破壊すると考えられています。
南極上空では、極渦、低温、紫外線がオゾンホールの形成に密接に関係しています。2018年現在ではオゾンホールは回復傾向にあり、2060年代には1980年の水準まで回復すると予測されています。
日本が昭和基地で長年にわたって行ってきたオゾン観測により、オゾンの減少傾向とオゾンの減少が高度200㎞以下で起こっていることがわかりました。このデータは、オゾンの減少傾向とオゾンホールのメカニズムの解明に貢献し、高く評価されています。
《温室効果ガス増加問題》
地球を暖めているのは太陽からの放射エネルギーです。放射エネルギーは地表を加熱し、加熱された地表面からその温度に応じた赤外線が放出されます。この赤外線は、大気中を通過する途中で水蒸気、二酸化炭素、オゾン、メタン、フロンガスなどの温室効果ガスに吸収されます。
温室効果ガスは、人間活動によって大気中に放出されたものです。大気中の二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素の濃度は、化石燃料による排出や正味の土地利用の変化により、工業化以前より10%増加しています。
二酸化炭素の累積排出量と世界平均地上気温の上昇量はほぼ比例関係にあり、将来の気候変化の予測には、温室効果ガスの観測が不可欠です。人為的汚染源から離れている南極観測データは、貴重なデータとして活用されています。
温室効果ガスの増加にともない、西南極や南極半島域では統計的に有意な気温の急上昇が観測されています。過去20年間にわたるグリーンランドおよび南極氷床の質量減少が、地球温暖化の影響として指摘されています。
南極の環境といってまず思い当たるのは、オゾンホールです。南極の地形は単純なので大気が渦を巻きやすく、その渦に閉じ込められた冷たい空気が雲を作り、その雲で化学反応が起きてオゾンに穴が開く、と聞くと何となくメカニズムがわかる気がしますね。
隕石研究
地球には宇宙から年間数万トンの物質が落下しています。隕石は、1~2mm以上の比較的大きな物質です。様々な手法で分析ができること、大気突入時の加熱の影響が小さいということから、非常に重要な研究対象となります。ほとんどの隕石の起源は小惑星や彗星で、そのため隕石の多くは太陽系誕生当時の情報を残しています。つまり隕石の研究から、太陽系が誕生した当時の物質進化過程や月や火星の形成史を知ることができるのです。
地球上で2019年半ばまでに61000個近くの隕石が見つかっていますが、そのほとんどは南極で回収されたものです。1970年以降始まった組織的な南極隕石探査で、回収される隕石の数は爆発的に増えました。南極隕石の研究により、太陽系や惑星の起源や形成過程の理解が飛躍的に進んだのです。
第10次南極地域観測隊が、やまと山脈付近の氷床上でエンスタタイトコンドライトと呼ばれる隕石をはじめ、合計9個の隕石を採取しました。 これらの隕石は、種類(起源)の異なる隕石でした。1974年には組織的な隕石探査が試みられ、663個もの隕石が採集されました。 これらの探査によって、南極大陸の裸氷帯に隕石が集まっているという事実が初めて明らかになりました。
採取研究を進めた結果、今日では39000個近くの南極隕石が確認(分類と公表)されています。国立極地研究所は、未分類隕石も含めて17000個の隕石を保管しています。
南極で隕石が見つかりやすい理由は3つあります。
①氷床上の隕石は、色のコントラストのため目視で見つけやすい
②非常に温度と湿度が低いので隕石が風化を受けにくく長い間保存される
③氷床上における集積作用が働いている
最も重要な理由は③です。氷床上に落下した隕石は、氷に取り込まれます。氷床は海に向かって流動しているため多くは海に流れ出ますが、山脈など基盤岩の地形の関係で、氷床が上部に湧昇する場所もあります。そういった場所では、風などの影響で氷が消耗し、氷の表面が露出しています(裸氷帯)。この裸氷帯では、隕石のみが取り残され集積するのです。最近では高精度位置データ(GPSデータ)、落下年代、隕石種の情報を組み合わせて、氷床流動と関連させた研究も進められています。
南極氷床から採取される宇宙物質の中で、もうひとつ重要なものがあります。微隕石(宇宙塵)と呼ばれる1〜2mm以下の微小な隕石です。降雪量の少ない地域の表層雪から回収することで、地球での滞在時間の少ない、非常に新鮮な微隕石が採集できます。雪の中からは、彗星を起源とするような炭素物質を含む始原的な物質を含む貴重なものが見つかっています。
最近では、探査機により彗星や小惑星からサンプルが持ち帰られ、小惑星や惑星表面の情報が飛躍的にわかるようになっています。このような状況でも、隕石研究には多様な太陽系物質を得ることができるという意味があります。
小惑星や惑星探査と隕石研究は、太陽系の歴史や惑星の形成過程を知る上で相補的な関係にあるといえるでしょう。現在も続々と新種の隕石が見つかることで、初期太陽系や惑星の進化過程に関する理解が深まっています。
南極で隕石がたくさん見つかると聞いたとき、「落ちてきやすい」のだろうか?と考えたのですが、実際は「落ちてきたものが集まってくるので見つけやすい」のですね。低温と乾燥によって保存された太陽系誕生当時の物質が、宇宙の理解を助けてくれるのです。
南極観測隊の設営:廃棄物処理
南極の環境を保護するため、「環境保護に関する南極条約議定書」が1998年に発効しました。同年に国内法の「南極地域の環境の保護に関する法律」が施行され、南極地域における活動計画に係る申請、環境大臣による確認、鉱物資源に関する活動の禁南極地域に生息、生育する動物および植物の保護、廃棄物の適正な処分と管理などについて規定がなされました。
日本の観測隊では30年ほど前まで、廃棄物の野焼きや海洋投棄が普通に行われていました。しかし第3次隊で初めて廃棄物の調査や一部国内への持ち帰りが行われ、現在では高性能の焼却炉で可燃物の処理を行い、水洗トイレ、風呂、洗濯、厨房などの排水は、汚水処理装置で一括処理されています。最近では膜分離活性汚泥法を採用した高度処理装置に更新され、処理水の水質が格段に向上しています。
またその他の廃棄物は、ペットボトル、ダンボール、衣類、木材などの可燃物、空き缶、ゴム、ガラス、廃油、焼却灰などの不燃物、大型廃棄物、医療廃棄物など、現地で細かく分別処理し、国内に持ち帰って処分しています。
第6次隊から第4次隊までの4年間、昭和基地に残置されている廃棄物を一掃することを目的とした「昭和基地クリーンアップ4か年計画」が実施され、毎年200トン以上の廃棄物を国内に持ち帰りました。この結果、昭和基地にある残置廃棄物はほとんどなくなりました。現在でも、新たに発生する廃棄物等の持ち帰りは引き続き行われています。
しかし、過去に昭和基地で埋め立て処分を行っていた頃の地中の廃棄物や内陸基地の氷漬けになった廃棄物や雪上車については、掘り起しや輸送が困難なため、今後の課題となっています。
映画『南極料理人』などを見ていると、制限のある中でも様々な工夫を凝らした南極観測隊の研究生活は楽しそうだなと思ってしまいます。今では基地の内部で野菜も栽培でき、メロンなども作れるそうです。しかし、人間が滞在するとなるとごみの問題は避けて通れません。汚水処理については現在では微生物を用いたシステムになっているそうですが、その他のごみは持って帰るしかありません。戻ってくる観測船には、ごみも積まれているのでしょうか。
『南極読本』内容紹介まとめ
観測船で氷を掻き分けて辿り着く氷の大陸、南極。南極はどのような場所で、観測隊は何を調べているのでしょうか?南極の地理、気象、生態系、物理観測等、南極観測隊の活動について、観測隊員が解説します。南極観測の歴史、観測船、南極での生活についても紹介し、様々な切り口のコラムも掲載。南極と観測隊について知りたい情報が満載です。
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極端な場所で何を調べる?おすすめ3選
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『北極読本』
北極について知っていることはありますか?オーロラ?シロクマ?反対側の極地、南極との違いは何?北極の地理、観測の歴史、現在の観測情報、様々な国に接するが故の民族的問題まで、北極の今をまとめました。『南極読本』の姉妹編です。
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『オーロラの謎』
極地の空を彩る壮大な気象現象、オーロラ。オーロラって何?どんな種類があるの?といった基本から、北極・南極のオーロラの違いやそれぞれの観測状況、オーロラと太陽の関係について解説します。
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『富士山測候所のはなし』
富士山測候所は、日本で一番高い場所にある研究所です。火山としての富士山を研究するだけでなく、雲を見下ろす高所だからこそ研究できる様々なことがあります。富士山と測候所の解説に加え、現在富士山測候所で行われている様々な研究を紹介しました。