港湾政策の新たなパラダイムー欧州港湾との対比ー


978-4-425-39471-5
著者名:篠原正人 著
ISBN:978-4-425-39471-5
発行年月日:2015/10/22
サイズ/頁数:A5判 192頁
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価格¥2,970円(税込)
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港湾管理者・港湾研究者、海運・製造等の港湾産業関係者へ 本書では1つの新しい港湾政策を提唱する。
欧州に在住していた著者が、実際に欧州港湾を訪問し、現地の港湾当局者と意見交換をしてきた結果を反映。日本の港湾競争力強化のために、「選択と集中」以外の新しい切り口で港湾政策を提唱する。

【はしがき】より  私は50歳を境目として性質の異なる2つの人生を体験してきた。最初の28年間は海運会社の社員として、そしてその後の15年間は大学教員兼研究者としてである。
 2000年9月、私は長年勤めた商船三井を50歳で早期退職し、新たな人生を歩むことにした。ビジネスの世界で生きていくためには、仕事ができるとか、部下の指導力や統率力とか、アイデアをモノにする能力などが必要となる。大学教員の世界でも、そのような能力は有効に活用できる。いやむしろそのような能力を持っていない教員が多いことが、大学の問題であるともいえる。
しかし、アカデミアで研究者として生きていくために最も必要なのは、研究テーマを考え、研究成果を論文にする能力である。そのためには、博士の学位という通行証がなければ一人前の扱いをしてもらえない。その上で、内外の学術雑誌に論文を投稿し、その分野で従来の研究を前に進めるような貢献をするということが期待されるのである。
 50歳という年齢でこれに一から取り組むというのは、容易ではない。しかしオランダのエラスムス大学で研究指導に当たってくれたH.ロース(H.Roos)教授は、「君が28年間海運界で取り組んできたものをベースにすれば成就するはずだ」と、またもう一人の指導教授J.スタム(J. Stam)教授は「経済学ではソリューションを提供するのではなく、物事の『切り口』を鮮やかに示すことが重要なのだ」と指導してくれた。
 以後恩師の言葉を胸に自己流でもがいてきたが、2004年4月から東海大学海洋学部で勤務するようになってから、上記の2種類の能力を問われる場面に何度も出くわしてきた。
 私が所属することになったのは航海工学科国際物流専攻という経営学系で、物流を主に学ぶ学科である。そこは創設されて間がなく、他のすべての学科は理系で、水産、工学、理学、航海学といったものであったために、学部の中では異色の存在となった。
 着任してすぐに気がついたのは、港湾都市清水の物流関係者や港湾行政の人たちとの産官学連携の実績がほとんどないということであった。私は挨拶がてら静岡県の土木部(現交通基盤部)港湾局に手紙を出し、港湾行政の役に立てることがあればと申し出た。
 当時、ちょうど県では、港湾の活性化のために物流促進戦略を策定しようという動きになっていたため、私の申し出は新設された静岡県港湾物流促進検討委員会のメンバーとしてすぐに実現した。私が自分の研究を港湾政策と行政に役立てることになったのは、これが最初である。その後、県では上記委員会を継承・発展させた様々な委員会を創設し、産官学の衆知を集めた議論が盛んに行われ、施策に生かされている。
 2009年10月には、直接、国土交通大臣(当時前原誠司氏)宛てに、港湾政策論に関する持論を展開した論文を数編送り、わが国港湾政策のあり方を主張したこともある。残念ながら大臣自身の反応を直接聞くことはできなかったが、数カ月後に政務官からの指示だとして交通政策審議会港湾分科会の委員として招集がかかった。私の論旨は当時の「選択と集中」政策を批判するものであったが、異なる意見にも耳を傾けようという当時の港湾政策当局者の寛大な姿勢を評価したい。以来私は港湾政策に関して、無遠慮な意見表明を繰り返している。
 このように、高等教育、研究、産官学連携という3足のわらじを履いて15年間が経過したわけである。遅く始めた学者という職業において、十分な業績を残すことがいかに難しいことか、日々ひしひしと感じている次第である。私はInternational Association of Maritime Economists(略称“IAME”)という学会に入っている。海運と港湾経済学関係の学会としては世界最大であろう。
毎年1回世界回り持ちで大会が開催される。約150本の研究発表がなされるが、その半分以上は港湾関係の論文である。
 港湾研究の世界ではヨーロッパに一日の長がある。その中心となっているのが、ルアーブル/ハンブルグ・レンジと言われるフランス・ベルギー・オランダ・ドイツ間の港湾競争をベースとした研究から派生した分野の研究者である。
 これらの港湾は隣接しており、しかも後背地の経済から生み出される輸出入の港湾物流を取り合っている。それはヨーロッパ大陸という独特の地形と無縁ではない。すなわち、小さい大陸の限られた地域に点在する産業群が利用する港としてどこを選択するかを検討する際には、港湾のサービスの質や効率性、料金などを変数として最適解が求められる。したがって、それを研究し、自分の港湾に貨物を誘致できるよう施策を講じることは、その港湾の属する市町や国にとって死活問題なのである。正に、物流において国の覇権争いが展開されているのである。
 港湾研究はこのように工学的な最適化論を中心に発展してきたと言える。世界中の港湾研究者が、この北部ヨーロッパ的港湾競争論を土台にして、議論を重ねてきたと言えよう。
しかしわが国の港湾を直視してみると、ヨーロッパ大陸とはいささか様相を異にすることが分かる。
 島国でかつ縦長の国土を持つ国の港湾は、もっと異なる要素を港湾政策に加味する必要があることに私は気がついた。
 現下のわが国の港湾政策では、京浜港と阪神港を国際戦略港湾と位置づけて、公共投資の「選択と集中」による港湾競争力強化を図ろうとしている。そこには、隣にある韓国の釜山港や中国の上海港の繁栄を横目に見た焦燥感がにじみ出ている。つまり、わが国で言われている港湾競争とは、国内の隣接する港湾同士ではなく、海外の近隣港湾との競争のことを言っているのである。これは一体いかなる論理に基づいたものなのであろうか。
本書は、この点を具体的に掘り下げて、「最適化論」ではない港湾政策論を展開しようとするものである。
 その論を進めるに当たって、私の長年にわたるヨーロッパ港湾研究の成果を活用することとした。私はロンドンに6年、オランダに6年、都合12年ヨーロッパに住んでいたことから、ヨーロッパ的な価値観や判断基準には比較的なじみがある。その知識経験をベースに、過去約10年にわたってたびたび欧州港湾を訪問し、それぞれの地で港湾当局者と意見交換をしてきた結果を本書に盛り込んだ。その内容を見ると、上述のルアーブル/ハンブルグ・レンジの港湾とはずいぶん異なる考え方の港湾政策が欧州には混在していることに気がつかれるはずである。
 私が主張したいのは、そこである。港湾政策は一般化された最適化論に基づくものではなく、各地域に根差した経済から発するニーズを的確に捉えたものでなければならない。
わが国ではとりわけ日本海側の経済の遅れが是正されないまま、長年政策的に放置されてきた。1960年頃からの太平洋ベルト地帯への重化学工業集積に呼応した港湾政策の流れは、今も厳然と生きている。その一方で、重化学工業の操業低下、輸出産業の海外生産移転など、港湾貨物取扱い量の減少要因が多々存在する世の中になった。
 これは港湾だけに留まらない日本の産業政策全体の問題である。すなわち、これからの日本は何を主軸として経済運営をしていけばいいのか。そのために港湾はどのような役割を果たしていかなければならないのか。このような重要な課題をわれわれは与えられているのである。
 答えはもちろん簡単ではない。一介の研究者である私にできることは、スタム教授の教えの通り「切り口」、すなわち「考え方」をできるだけ鮮やかに提示することに努めたい。その上で、各界の関係者の議論が湧き立ち、本来あるべき「わが国の港湾政策」が醸成されていくことになれば幸いに思う次第である。
 本書の執筆に際しては、多くの関係者にお世話になった。わが恩師H.ロース、J.スタム両教授、国際港湾協会前事務総長の井上聡史氏、国土交通省港湾局の皆様、同地方整備局清水港湾事務所の皆様、静岡県交通基盤部港湾局の皆様、日本港湾経済学会の皆様、清水を始めとする港湾運送事業者の皆様、そして研究助成を頂いた日本港湾協会に深く感謝申し上げたい。また、欧州では次の機関に多くの協力と指導を受けた。ここに記して謝辞にかえたい。

第?部 日本の港湾政策の変遷
第1章 わが国の港湾政策の歴史概観
 1.はじめに
 2.わが国の近代港湾政策の背景
 3.現港湾政策に至るまでの経緯
 4.スーパー中枢港湾政策の総括

第2章 現在の港湾政策について  1.はじめに
 2.国際戦略港湾政策
 3.港湾競争論の再検証
 4.まとめ

第3章 世界経済の変化と海上コンテナ荷動きの進化  1.はじめに
 2.世界経済の変化
 3.豊かになるアジアの人々
 4.物流の変化を捉えよ
 5.時代は変わった

第4章 新たな港湾政策論―港湾政策のパラダイムを問う―  1.港湾政策のパラダイム現状
 2.パラダイム修正が必要
 3.港湾競争概念の修正
 4.これからの日本港湾のあり方
  補論1 港湾民営化論の誤謬
  補論2 港湾の社会的責任―北九州港の英断―
  補論3 東日本大震災後の港湾復旧に向けて―地方を元気にするポリシーミックスを―

第5章 港湾競争と人  1.港湾競争と人の関係
 2.港湾競争における「人」の役割
 3.港運業界の国際人材戦略
 4.まとめ

第?部 北部欧州港湾の戦略
第6章 欧州港湾政策の推移と現状
 1.はじめに
 2.欧州運輸政策の端緒
 3.欧州運輸政策の理念
 4.欧州の運輸政策の概要
 5.欧州港湾政策に対する船社および荷主の立場
 6.現在の運輸政策と港湾政策
 7.評価と問題点

第7章 欧州港湾の概要  1.欧州港湾の基本理念
 2.欧州港湾の利用方法の調査と結果
 3.欧州港湾の特徴

第8章 オランダの港湾  ロッテルダム(Rotterdam)港

第9章 ベルギーの港湾  1.アントワープ(Antwerp)港
 2.ゲント(Ghent)港
 3.ゼーブリュージュ(Zeebrugge)港

第10章 ドイツの港湾  1.ハンブルグ(Hamburg)港
 2.ブレーマーハーフェン(Bremerhaven)港・ブレーメン(Bremen)港
 3.リューベック(Lubeck)港

第11章 スカンジナビア諸港の港湾経営  1.はじめに
 2.調査項目および方法
 3.調査結果
 4.スカンジナビア港湾が示唆する問題と課題

第?部わが国の港湾政策のパラダイム転換
第12章 わが国の港湾政策パラダイム転換へ向けて(まとめ)
 1.はじめに
 2.港湾政策と競争
 3.港湾間競争の主体の曖昧さ
 4.欧州の港湾間の競争
 5.欧州連合(EU)の港湾政策と物流戦略
 6.脱港湾競争とポートクラスター論
 7.基幹航路とアジアの時代
 8.都市環境と港湾
 9.港湾は海洋保全の番人(メキシコ湾油井爆発事故判決に学ぶこと)
 10.日本の生きる道
 11.おわりに


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カテゴリー:海運・港湾 
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