本書ではメガフロートの持つ技術的特徴を振り返ると共に、人類が取り組んできた「海の上を如何に使うか」、その探究心と社会的要請を踏まえると共に「浮体式構造物の歴史」、海の上を利用するために「克服すべき環境条件」を解説。メガフロート技術を用いた「医療施設」の構想及び建築家の長年の夢であった海上都市建設について、日本と世界の動向について解説し、合わせて新しい国土の創造を担う海洋空間利用について解説していきます。
海を利用することへの果てなき夢は、人々のあくなき探究心と科学・技術の力により具体化されてきています。中でも人工島や海上都市建設の夢は現実のものとなり私たちの前に現れてきています。
今日の人工島や海上都市建設のための技術は従来までの工法と大きく異なりますが、そのひとつに超大型の浮体式構造物を用いて建設する方法があります。この人工島は「メガフロート」と呼ばれ、英文ではMega-Float と書き、ギリシャ語と英語による超大型浮体式構造物を含むシステム全体を指す造語です。メガフロート技術は1995年に日本の造船業界が中心となり誕生しました。
メガフロートは、今後の日本の経済・社会情勢により、沿岸の浅海域から沖合の大水深域に利用の要請が拡大することに対応した革新的な技術です。具体化のため2000年に1000m規模の海上空港モデルが建造され、実際に航空機を用いて離着陸試験が行われ実用化が実証されました。その後、世界に向けてメガフロート技術を用いた各種プロジェクトが提案され今日具体化が進んでいます。
本書ではメガフロートの持つ技術的特徴を振り返ると共に、人類が取り組んできた「海の上を如何に使うか」、その探求心と社会的要請を踏まえると共に「浮体式構造物の歴史」、海の上を利用するために「克服すべき環境条件」を解説、メガフロート技術を用いた「医療施設」の構想の解説及び建築家の長年の夢であった海上都市建設について、日本と世界の動向について解説します。こうした新しい国土の創造を担う海洋空間利用についても解説していきます。
古い地図と新しい地図を見比べると、沿岸部の変わりように驚きます。昔は水の中にあった土地に、立派な高層商業施設やマンションが建ち、人々が働き、暮らす場所ができているのです。国土の狭い日本では、こうして沿岸部を利用する動きが盛んでした。地盤の強化や災害への対策などの技術が進歩するとともに、沿岸部への進出も進んできたのです。
同様に海上の空間利用についても、実用化が進んできました。日本においては風力発電施設、人工島や空港などです。それらの多くに、浮体式構造の技術が用いられることが期待されています。九州地方の石油備蓄基地などでこの技術が活かされていますし、海外では生産施設以外にも、様々なレジャー施設が稼働しています。
浮体式構造物とは、水上に浮いているけれど、海底などに鎖や桟橋で繋がれている構造物のことです。上に建物や施設などを乗せた繋ぎっぱなしの船のようなものと考えられるかもしれません。埋め立てと違って土砂を必要としない点、浮いているので地震の揺れの影響が少ない点等が有望視されています。
今回ご紹介する『海洋空間を拓く メガフロートから海上都市へ』は、その浮体式構造物について、発展の歴史、構造物を浮かせる方法、波の揺れに耐える方法、どうやって繋ぐか、メガフロート(大規模浮体構造物)の建設方法等の基本的な事柄を解説します。
メガフロートは、1995年に日本の造船業が中心となって開発した技術です。その後世界に向けてこの技術を用いた各種プロジェクトが提案されています。本書の後半ではこれを用いた海上医療センターや海上都市の建設など、未来構想についても触れています。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『海洋空間を拓く』はこんな方におすすめ!
- 海洋建築を学んでいる方
- 海洋建築を行う企業の新人の方
- 海に面する自治体の海洋開発担当部署の方
『海洋空間を拓く』から抜粋して3つご紹介
『海洋空間を拓く』からいくつか抜粋してご紹介します。「海の上をいかに使うか」という問題は、国土に乏しい日本にとっては大きな問題です。メガフロートの持つ技術的特徴を振り返り「浮体式構造物の歴史」についてまず述べます。続いて、実際にメガフロートを作る手順を辿りながら、海の上を利用するために克服すべき環境条件を解説します。終盤では洋上建築の日本と世界の動向について触れ、新しい国土の創造を担う海洋空間利用を展望します。
日本の沿岸利用の歴史:埋め立て以外の方法
より広い海洋空間の利用を行おうとすると、水深が深い場所にも目を向けることとなります。そうなると埋め立てが難しいため、海洋構造物が登場します。海洋構造物は海面に浮いている施設(浮体式構造物)、海底に設置されて自分の重さだけで波や風に抵抗する構造物(重力式構造物)、海底に杭で固定される構造物(固定式構造物)などがあります。これらの建築技術は従来から用いられてきたもので、沖合でも用いることができます。
既に埋立てに変わって空間利用に用いられた例があります。羽田空港の事例です。羽田空港は、1984年から南北方向に2本、東西方向に1本の滑走路を有する空港を目指して、埋立てによる拡張工事が行われてきました。これは東京国際空港(羽田)沖合展開事業として、空港の稼働状態を保ちつつ、三期に分けて滑走路を移動させながらターミナルの整備等も併せて行いました。これにより、現在の南北のA、Cの並行滑走路と東西のB滑走露が整備されたのです。
しかし更なる需要の増加が予想され、新たな平行滑走路の必要性が高まりました。従来の東西方向のB滑走路に平行するD滑走路を建設することになりました。D滑走路はそれまでの空港用地では広さが不足していたため、空港用地の海側への建設が計画されました。A、C滑走路の端部から一定の距離を隔てる必要があり、工期短縮や建設費用低減のために、埋め立てではなく少し離れたところに滑走路用の細長い人工島のみを建設することにしました。
しかし羽田空港の東側には東京港第一航路があり、ここを航行する船に影響を与えるような構造物の建設はできません。一方、航行に影響のない位置から全長3千メートルほどの滑走路を西側に伸ばすと多摩川の河口があるので、川の流れを堰きとめるような構造物をつくることもできません。多摩川の流れを塞がない構造が検討されました。2つの案が示されました。
① 河口にかかる部分は杭で支えるジャケット式構造による人工地盤を築き、他の部分は埋立てという、ジャケット式構造物と埋立てのハイブリッド
② 巨大な直方体の浮体式の構造物上に滑走路を造る。河口部分はスリット状の構造とする
最終的に前者が採用され、2010年10月に現在の羽田空港D滑走路が完成しました。
ジャケット構造は従来から港湾構造物にも利用されており、その技術を活かして安全かつ長持ちする構造物が建設されました。ジャケット式構造の部分は100年の耐久年数を満たすような設計がなされています。例えば、ジャケット構造部は錆びに強いステンレスで覆い、さらに水面から下の水中は電気防食と呼ばれる方法で錆を防ぐというものです。
羽田空港には、今までにない大規模のジャケット式構造物が利用されていて、埋立てだけでは回避できない問題を解決し、私たちに必要な施設の利用を可能にしているのです。
羽田空港のD滑走路は浮体式構造物ではありませんが、ここで得られた知見も参考にして、浮体式海洋構造物の技術を用いた空港を実現するための研究は進んでいます。実は、海上空港の多くが日本に存在しているのです。特に関西国際空港は、世界初の人工島空港として有名です。ここで培われた技術が、やがてメガフロート空港を作り上げる日も遠くないかもしれません。
浮体式構造物の自然環境条件への対応
(1)地震への対応
浮体式構造物は海底の地盤とは直接繋がらないため、地震の影響は軽微です。阪神淡路大震災時、神戸港近くの造船所の浮きドックに装備されていた走行クレーンは倒壊を免れていますが、岸壁上に設置されていたクレーンは倒壊しました。浮体式の効果の証明と言えます。
ここでメガフロートが地震の時にどの程度揺れるのかを理論的に解析した結果を紹介します。地震波がジャケットやフェンダーを経由して浮体まで伝わる経路をバネ、減衰抵抗、質点(質量)で模式化すると、地震も浮体の揺れも振動現象として扱うことができます。このようなモデルを数式で表したシミュレーションプログラムを作成して阪神淡路大震災の地震波を入力し、フェンダーの反力と浮体の応答を求めました。地震波の加速度は800gal程度で非常に大きな揺れですが、浮体揺れ(振動)の加速度を見ると0.4gal程度の小さな値になっています。この結果から、メガフロート上では地震による横揺れはほとんど生じないことがわかりました。
(2)津波への対応
津波は非常に周期が長く波長も長い波です。このような波はメガフロートの上下動を誘起します。メガフロート全体の上下動はドルフィン係留の安全性に関わりますが、ジャケット・ドルフィンの高さを、上下動のストロークを吸収できる高さに設定することで津波の漂流力(表面の流れ)に耐える強度を確保することで解決が図れます。
津波のように波長の極めて長い波が隆起した状態を、東京湾奥浮体空港モデルを用いてシミュレーションしました。想定した津波は、東京湾口で波高4.4m、周期30分のもので、津波伝播計算により、水深25mの湾奧に設置された浮体空港に波高2.2m、周期30分、浮体の長手方から20度方向で到達した孤立波の状態で行われました。
その結果、上下動は生じるものの、浮体たわみは端部でも0.2m以下と小さく、応力分布も小さくなっています。浮体の設置場所については事前に津波シミュレーション等を実施して、段波が発生しない孤立波の状態の所を選ぶことになります。
(3)大水深海域への対応
メガフロートは通常、係留にジャケット・ドルフィンタイプ(海中に建てた杭式構造物にドルフィンと呼ばれる係留杭を繋いで浮体を係留)で対応できる水深50m以下の海域への設置が望ましいですが、水深100m程度の海域にも設置が可能です。その場合の係留は、浮体式石油生産設備と同じように、カテナリー・チェーン方式(四隅からチェーンを出してアンカーや海底基礎に係留)を採用します。但し水深100m程度になるとかなり沖合になるので、その用途は限定されるかと思われます。許容される最大波高は6m程度と限定されますが、世界にはそのような海域(貿易風帯等)が多くあることも知っておく必要があります。
船を係留する場合とは少し違う考え方で、浮体式構造物は係留されています。船舶が係留されているとき前後方向へはあまり動きませんが、風や潮の流れによって左右には振れることがあります。船ではさほど問題にならないこの揺れは、浮体式構造物には許されません。メガフロートにおいては特に水平移動を厳しく制限するため、ドルフィンとメガフロートの間に緩衝材を設置することによって、水平動揺を許容範囲に収めています。
メガフロートのつくり方
《メガフロートの建造方法》
メガフロートの構造は板骨構造となっています。基本的には鋼板に型材を溶接して大きな面材を作り、立体的に組み合わせてブロックと呼ばれる単位を作ります。さらにそのブロックを複数組み合わせ、ユニットと呼ばれる大きな箱型構造を作ります。ブロックまでは工場内で作りますが、ユニットは屋外の船台または建造所のドックで完成させます。ユニットの大きさは大体長さ100m、幅30m程度です。
ドックで建造できないサイズの超大型浮体はユニットを造船所で建造した後に海上に曳航し、海上で溶接などによって接合されることになります。海上での接合作業は困難ですが、接合を繰り返すことで巨大な構造物に仕上げることが可能です。
今後の研究課題は、その平面的に巨大な構造物が構造的に安全性を確保できるかどうか、係留して留めることが可能か否かということになります。
《メガフロートの施工法(洋上接合)》
メガフロートの大きさは長さ1000m、幅60m程の規模になるため、地上で組立完成させることは困難です。そこで海上でユニットを集合させ、順番に接合して完成させることになります(洋上接合)。まだ世界では実用化されていないので、多くの課題が発生しました。
(1)引き寄せ・固着
①1次引き寄せ:新設ユニットを最終位置から既存ユニットの数10㎝以内まで引き寄せる
②2次引き寄せ:二つの浮体を接触させ、所定の位置に設置する
③固着:接合部分を溶接するため、浮体間の相互動揺を抑制する
これらの作業は中断できないため、平穏な天候(波高が0・5m以内)が12時間以上続く日に作業を行いました。
(2)接合部分の溶接方法
接合部分の下部は水中にあります。選択肢としては水中での溶接作業か、または部から海水を除去して空気中で溶接する方法です。水中溶接は作業効率が悪いため、海水を除去して空気中で行う溶接法が採用されました。結合するユニットの溶接部から海水を抜き取りますが、海水を直接ポンプ等で排水するのでなく、接合部分の空間へ送風機で空気を圧入してその圧力で海水をユニットの底から排出します。その後接合部分を乾燥状態にします。溶接前には真水で洗浄を行い、塩分を落とさなければいけません。接合部の下に防水治具をセットしたら、溶接準備は完了です。後は自動溶接機を設置して溶接を行いますが、準備に多くの時間と手間がかかっているのです。
接合はユニット同士の部材を溶接で繋ぐ作業のため、部材同士の芯がある基準内に一致している必要があります。両ユニットの形状が一致していないと、溶接することができません。ここに洋上接合の難しさがあります。実際は現場で様々な工夫が施されて溶接のできる状態が保たれています。
巨大な人工構造物を海の上に築く技術は、揺れと海水、日照との闘いです。昼間日照を受けるユニットの上面はわずかに膨張し、接合部分がずれてしまいます。この変形にどう対処するか、また溶接方法は片面がいいのか、両面か、裏当ては用いるのか、現場での様々な試行錯誤を繰り返しながら、洋上接合の技術は磨かれてきたのです。
『海洋空間を拓く』内容紹介まとめ
「海の上をいかに使うか」という問題は、人類が長年取り組んできたテーマです。大型浮体構造物(メガフロート)の発展の経緯、技術的特徴を参照し、海上利用のための条件等、克服すべき課題にも挑みます。終盤では海上医療施設や海上都市といった未来構想を紹介し、海上利用の可能性を考察します。
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海に建てる、海に挑む おすすめ3選
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『海洋建築序説』
『海洋建築シリーズ』の3冊目。海洋建築工学は、建築学の中の新しい学問領域であると同時に海洋工学の中の1つの分野です。人間は海とどう関わり、海の空間をどのように利用してきたのか?陸と海との関係はどう変化してきたか?海洋建築を学ぶにあたっての基礎知識をまとめました。
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『沿岸域の安全・快適な居住環境』
沿岸で暮らすとはどういうことか、沿岸はどのような環境なのか?海風や津波、塩害のおそれもある場所で、その環境にどのように適応してきたのか?日本や世界の人口の過半は沿岸域に居住しています。沿岸域の環境特性や沿岸域の居住空間の特徴を解説し、快適な空間づくりを目指します。
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『水波工学の基礎』
本書では海洋建築工学を学ぶにあたって、重要なのが水波工学です。本書は水波について、数学モデルを用いて解析することで、水波という物理現象を明らかにしています。前半は、微小振幅波の特性を中心に、水波の物理学的取り扱いの基礎について解説します。後半では、津波、波浪エネルギー、固定式構造物に作用する波力について、水波の理論を工学的に応用して解説しています。