著者名: | 井上欣三 編著 北田桃子・櫻井美奈 共著 |
ISBN: | 978-4-425-98291-2 |
発行年月日: | 2017/4/28 |
サイズ/頁数: | A5判 160頁 |
在庫状況: | 在庫有り |
価格 | ¥2,200円(税込) |
「リスクマネジメントとは何か?」、「安全と安心、危険とリスクの違いは?」などの基本的な解説から、現場レベルではどのように実践するのか、それを組織に広げた場合はどうすればよいのか、さらに広げて社会全体としてどのようにリスクマネジメントすべきかを、段階ごとに図解と実例を交えてわかりやすく解説しています。
【はじめに】
近年,安全に対する社会的価値観が変化した。これまでの個人の意識改革に主眼をおいた現場における安全確保の取り組みから,企業においては安全管理を組織ぐるみの取り組みに求める動きが加速し,さらに,社会においては国・自治体の行政的枠組みの下で安全に対する取り組みが重要視されるまでになった。
このような急速に変化する動きに対応していくには,安全性を高めるための取り組みの必要性と方法論を正しく理解し,そして,その取り組みを実務的にどのように具現化していくかについて,解決への道を探らなければならない。本書は,そのソリューションへの道すじを示している。
リスク・マネジメントは,リスクの顕在化がもたらす不測の損害を軽減して最大限の安全を確保するための管理手法である。リスク・マネジメントを適用する対象を大きく別けると,現場で日常業務の安全を担う個人の行動を対象とした「現場のリスク・マネジメント」と,企業活動の安全を組織的なしくみの下で担保しようとする「組織のリスク・マネジメント」がある。これらは現場における事故防止に向けた個人の〔安全意識〕を練磨し,企業組織における安全性の強靭化に向けた組織の〔安全風土〕を醸成する取り組みである。
さらに,もう一段上の視野からみればリスク・マネジメントを国の政策において,また,国際的な枠組みの中で規定する,いわゆる「社会のリスク・マネジメント」が存在する。この社会的視野からのリスク・マネジメントは,それが実質化されることによって社会の〔安全文化〕が育まれることになる。
現場・組織・社会の安全は,図1 に示すように,個人の行動を対象にしたリスク・マネジメント,組織の体制的枠組みを対象にしたリスク・マネジメント,社会のありようを対象にしたリスク・マネジメントの三層構造で担保される。不具合事象の発生防止や事故防止には,現場・組織・社会のそれぞれの枠組みにおいてリスク・マネジメントの取り組みを効果的に実践することが求められる。それには現場・組織・社会に潜む危険の最小化に向けた論理的な思考と技術的な手順を縦糸に,常に目標を共有し,情報を共有し,認識を共有し,問題を共有できる人のつながりとチーム力の活用を横糸にした,システマティックな取り組みが不可欠となる。
従来は,現場や組織内でことが起こると,もっぱら誰の過失かを詮索し,犯人を探し出して個人の過失責任を問うてきた。関係者は,「下手人を洗い出し,手も打った,だからもう再発はないはず」という気になり,これで一件落着とする考え方が一般的であった。
しかし,意図せぬ過失(ヒューマン・エラー)は人間が持ち合わせた特性(ヒューマン・ファクター)に起因して発生するという事実が明らかになって以降,「悪者探しの結果からは何も得るものはない。エラーが生じた周辺環境に目を向けてなぜエラーが生じたのか,何が不十分だったのか,また,エラー連鎖をなぜ切断できなかったのかを吟味して,対策の対象を洗い出し,そして,分析された背後要因に対して予防的対策の手を尽くす。この予防安全の手立てを講じることが再発防止に向けた合理的ソリューションである」とする考え方が普遍化された。
それ以来,エラー生起がヒューマン・ファクターに基づくものである限り,同様のことは他の誰にでも生じる。エラーを生んだ本人を責めても,それが人間の特性からくるものである以上絶滅は難しい。それよりもエラーが生じてもチームとしてエラーの連鎖を断ち切る努力こそが合理的な事故防止対策であるとする考え方への理解が進んだ。
このようにチーム力により事故防止に取り組む考え方は,航空機の運航におけるCRM(Cockpit Resource Management)を手始めに,危機に対する意識のもちよう,行動のあり方に個人レベルで改革を促す現場向けのプログラムに取り入れられた。「人間が持ち合わせた特性(ヒューマン・ファクター)に起因して発生する意図せぬ過失(ヒューマン・エラー)によって生じる不具合事象の発生を極力抑え,仮に発生しても重大な結果に至らないように事前に予防的対策の手を尽くす」,この考え方は,現場における個人の行動に対するリスク・マネジメントの基本の考えになっている。
一方,同じ考えを,インシデントやアクシデント発生のトリガーを個人行動のエラーから組織活動の不具合に汎用化すれば,「組織の業務活動に内在する不具合事象のタネを洗い出し,その発生を極力抑え,仮に発生しても重大な結果に至らないように事前に予防的対策の手を尽くす」ことにも通じ,この考えを,組織の安全管理のしくみの下で実践することは,とりもなおさず企業における組織レベルのリスク・マネジメントの考えに通じる。
この考えを現場・組織・社会において実際化するには,単に誰かが思想を理解しているだけでは事足りない。つまり,安全性を高める取り組みの必要性を理解し,そして,その取り組みを実際に体現できる人材の育成と体制の構築が必要となる。それには現場・組織・社会の中核としてリーダーシップを発揮し,リスク・マネジメントの実践者(Practitioner),推進者(Promoter)となるべき人材の育成とともに,リスク・マネジメントの推進,指揮の役割を担うヘッドクォーターの設置が不可欠である。この点については,図2 に示すように,リスク・マネジメントの実践と推進を担う人材を獲得するために,現場・組織・社会の枠組みでそれぞれのリスク・マネジメントを実践できるリスク・マネジャーの育成にそのソリューションを求めるべきである。そして,育成されたリスク・マネジャーがそれぞれの組織の中でリスク・マネジメントの目標達成に向けて力を発揮できるように,組織内にその能力を活かす体制を構築してバックアップする必要がある。
これらリスク・マネジャーの人材育成とリスク・マネジメントを推進する体制充実がシナジー効果を発揮してはじめて,現場・組織・社会の安全風土が醸成されると心得るべきであろう。
平成29年3月
井上欣三
【目次】
第一編 リスク・マネジメントを理解する
1.リスク・マネジメントにおける基本用語
1.1 安全という用語
安全とは
安全と危険はどう違うか
安全と安心はどう違うか
1.2 危険という用語
危険とは
危険の同定
危険の大きさの表現
1.3 リスクという用語
リスクとは
リスクの大きさを測る
1.4 マネジメントという用語
マネジメントとは
マメジメントと管理
マネジメントの定義
2.リスク・マネジメントに挑む
2.1 リスク・マネジメントの基本
リスクを最小化するマネジメント・プロセス
リスク・マネジメントは予防的対策
墓標安全から予防安全へ
2.2 リスク・マネジメントの定義
墓標安全と予防安全のリスク・マネジメント
対策の着手時期
分析の着目対象
直接原因と潜在要因
2.3 リスクに立ち向かう
危険に備える意識
危険への感受性
危険の先読み
第二編 リスク・マネジメントを実践する
1.リスク・マネジメントの手順
1.1 リスク・アナリシス
1.2 リスク・アセスメント
1.3 リスク・コントロール
2.リスク・マネジメントの作業工程
2.1 7 つの作業工程
2.2 リスク・マネジメントの仕上げ作業
3.リスク因子の洗い出し
3.1 先取り対策につなげるリスク因子の同定
3.2 顕在化したリスクは氷山の一角
3.3 イマジナリー・ハザード分析
4.直接原因と潜在要因の分析
4.1 責任追及型から対策指向型へ
4.2 Variation Tree Analysis(VTA)
4.3 なぜなぜ分析
なぜなぜ分析とは
倉庫事故に関するなぜなぜ分析の例
なぜなぜ分析で陥る危険
5.先取り対策の立案
5.1 M-SHEL モデルに基づく対策立案
5.2 倉庫事故における対策検討例
第三編 現場のリスク・マネジメントを考える
1.個人が生み出すリスクをマネジメントする
2.ヒューマン・ファクターズの視点
2.1 ヒューマン・ファクターズとは
2.2 ヒューマン・エラーの発生
2.3 人間の機能特性の例
視覚機能の特性
マジカルナンバー
加齢による機能特性の変化
2.4 ヒューマン・エラーとリスク・マネジメント
3.現場業務の安全に向けた取り組み
3.1 ハザード・マネジメントとエラー・マネジメント
3.2 チーム力の活用
チーム力を活用したリスク・マネジメント
ハザード・マネジメント
エラー・マネジメント
チーム・リソース・マネジメント(TRM)
TRM スキルの精神
4.TRM スキルの手ほどき
4.1 TRM スキルの構成要素
4.2 ブリーフィング
4.3 シチュエーション・アウェアネス
4.4 コミュニケーション
4.5 チーム・ビルディング
4.6 デシジョン・メイキング
4.7 ワーク・ロード・シェアリング
4.8 デブリーフィング
5.TRM スキルと現場感覚のギャップ
5.1 旧来の思想習慣との葛藤
5.2 「安全への主張と進言」に対する戸惑い
下位者に進言を促す行動スタイルへの違和感
下位者からの進言に対する上位者の向き合い方
適度な権威勾配の下でのチャレンジの実践
5.3 「リーダーシップの発揮」に対する戸惑い
5.4 「建設的な対立の解消」「適切な意思決定」に対する戸惑い
第四編 組織のリスク・マネジメントを考える
1.組織におけるリスク・マネジメントの目標
1.1 組織に潜在するリスク
1.2 安全を核とする組織の場合
2.認証規格または強制規則が要求するもの
2.1 組織の品質を保証する国際認証規格(ISO 9000シリーズ)
ISO 9000 シリーズが目指すのは組織管理の姿勢と体制
認証取得の本質
2.2 安全を核とする組織に課される国際規則(ISM コード)
ISM コードの遵守義務
ISO 9000 シリーズの思想を引き継いだISM コード
2.3 認証規格または強制規則が組織に要求する三つの要件
3.組織を自律的に改善するしくみ
3.1 超えなければならないハードル
内部監査
教育・訓練
外部評価
3.2 国土交通省による運輸安全マネジメント制度
3.3 リスク・マネジメントのインフラ構築
内部監査の運用を託せる人材
教育・訓練の運用を託せる人材
リスク・マネジャーの活動をバックアップする体制
4.企業におけるインフラ構築事例
4.1 リスク・マネジャーの育成
ある内航船社の事例
社内リスク・マネジャー育成制度
リスク・マネジャー育成プログラム
リスク・マネジャーの活動方針
4.2 リスク・マネジメント推進室の設置
5.業務の高質化に向けたインフラ活用事例
5.1 リスク・マネジャーを核とした活動
ある情報系企業の事例
リスク・マネジャーの活動
リスク・マネジャーが主導する社内体制の構築
リスク・マネジャーが主導する社内教育システムの構築
5.2 組織のトップや役職者がリスク・マネジャーとなる意義
第五編 社会のリスク・マネジメントを考える
1.TRM スキル研修が抱える課題【井上欣三担当】
1.1 意識改革は漢方薬の効果
1.2 意識持続と行動定着
一過性の座学研修
TRM 意識リマインド調査
1.3 意識改革に集中できる研修体制
同時に多くのものを求めない
シミュレータ利用の限界
受講者が研修に臨む姿勢
2.運輸安全委員会の役割と使命【櫻井美奈担当】
2.1 運輸安全委員会発足の経緯
懲戒のための調査から,再発防止のための調査へ
被害者・遺族に寄り添う事故調査
2.2 予防安全に向けた取り組み
船舶事故ハザードマップ
2.3 「前向き」のリスク・マネジメントを根付かせていくには
3.社会に潜むリスクへの対応【北田桃子担当】
3.1 海上難民がもたらす社会的リスク
3.2 自然災害に伴う社会的リスクの軽減
3.3 レジリエンス・モデルの考え方
3.4 産業に潜む「不正・腐敗」という社会的リスク
4.人材活用によるリスクへの対応【北田桃子担当】
4.1 ジェンダーに縛られないダイバーシティ
4.2 人材確保の面からの対応
4.3 人材育成の面からの対応
スウェーデンにおける取り組みの例
オランダにおける取り組みの例
米国における取り組みの例
日本における取り組みの例1
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