著者名: | 小野憲司 編・著/三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 共著 |
ISBN: | 978-4-425-98301-8 |
発行年月日: | 2017/6/18 |
サイズ/頁数: | A5判 272頁 |
在庫状況: | 在庫僅少 |
価格 | ¥3,080円(税込) |
日本はかつて水と安全はタダである言われてきた。現在のところ大きなテロこそ発生していないものの、地震・台風・大雪などによる何らかの自然災害は毎年のように発災しており、決して日本は「安全な国」であるとは言えない。また、ジャスト・イン・タイムが究極的に発達していることによって、日本のどこかで何らかの災害が発生すると部品の供給が止まり、連鎖的に思わぬところで操業が止まる事態が最近露呈するようになってきた。これらの操業停止から速やかに復旧できないようでは企業は顧客を失いかねない。
本書では、リスクとどのように向き合い、発災した場合はどのように復旧すべきかなどを、過去の事例や先進的な取り組みなどを取り上げて解説し、企業・団体・官公庁はそれぞれどうあるべきかを示したものである。
【まえがき】より
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、日本の経済社会活動の継続性や自然災害リスクの管理のあり方に関する大きな教訓を与えた。
東日本大震災は日本の災害史に例を見ないマグニチュード9.0の大地震で、その被災範囲は東北地方から関東地方に及ぶ広域地震であった。また地震が誘発した大津波によって東北太平洋岸から東京湾に至る広大な範囲の沿岸部で津波浸水被害が生じたほか、東京電力福島第一原子力発電所の事故災害や東京湾等におけるコンビナート火災が誘発されるなど、東日本大震災は大規模な複合災害でもあった。
このような大災害によって、電力、ガス、水道などの供給系インフラや、新幹線、高速道路、空港、港湾等の交通、物流インフラを初めとする様々な社会インフラが一瞬にしてその機能を停止し,地域の経済活動と市民生活の基盤が奪われた。またこれに伴い、地域の製造業や流通などのビジネス活動もマヒし、その影響は国内にとどまらず海外にも及んだ。
東日本大震災を契機として制定された国土強靱化基本法に基づき、2014年6月に国は国土強靱化基本計画を策定した。計画では、日本の国土を強靱化していく基本的考え方として、「国家・社会の重要な機能が致命的な障害を受けず維持されること」を掲げ,政府全体の業務継続計画の策定やエネルギー供給設備及び交通・物流施設の災害対応能力の向上,金融システムのバックアップ機能の確保、耐災害性産業構造分野における企業連携型の事業継続計画(BCP)/事業継続マネジメント(BCM)の構築等の施策が推進されることとなった。
また2016年4月に発生した熊本地震は、熊本県益城町を中心とする直下型地震であったが、周辺の断層域においても余震が連鎖的に発生するというこれまでにあまり経験されなかった地震災害であったため、国や自治体の災害対応に混乱が生じた。IC や自動車部品などの地域の製造所の生産復旧にも不透明感が付きまとい、生産活動の混乱は全国に及んだ。熊本県周辺地域では、これまで火山噴火リスクは広く認識されていたものの、地震による近年の被災経験が無かったため、自治体庁舎や病院、避難所等防災拠点の耐震化などの準備が不足していた。また益城町をはじめとする被災地市町村において業務継続計画の策定が遅れていたため、速やかな初動体制が取れず、被災者の救援や住民サービス機能の迅速な回復に支障が生じた。日本は昔から災害多発国である。特に近年になって地球温暖化による台風、豪雨、高潮等の災害の激甚化が進む一方で、大地震の発生や火山噴火等の自然災害の発生リスクが高まっている。
東日本大震災による大津波は9世紀の貞観三陸地震津波の再来といわれるが、その18年後には東海・東南海・南海三連動地震と考えられる仁和南海地震が西日本を襲っている。約70年間のうちにマグニチュード7.0以上の地震が12回、加えて富士山や阿蘇山等の噴火が記録されているだけでも5回発生した9世紀は、それまでの律令制が事実上崩壊するなど、自然災害が国の統治の枠組みにも大きな影響を及ぼした時代であると言われる。
また上記の熊本地震のような直下型地震が大都市圏で発生すれば、それは首都直下地震や上町断層帯地震(大阪直下地震)となる。1923年の関東大震災や1995年の阪神・淡路大震災の再来となり、日本の経済社会を根幹から揺さぶる大災害となる恐れがある。これらの大災害に対して今、われわれは備えを怠っていないと断言できるだろうか?
本書は、官公庁や企業で危機管理や対応を担う若い社会人及びそのような仕事を志す学生諸氏に、事業継続(Business Continuity)の概念やそのためのマネジメントのあり方、方策、計画論について学んでいただくためのガイドブックである。
事業継続とは、大規模な自然災害などによって危機的事象が引き起こされた時においても、地域の経済活動やコミュニティ、企業等がその機能のすべてを失わず、引き続き存続していけることを意味する。
地域経済やコミュニティ、企業等は、地域レベル、国レベル、世界レベルの大きな社会経済システムの一部分であることから、日常の取引や協力関係、利害の共有等の様々なかかわりなくしては持続的に発展もしくは存続しえない。
事業継続は、危機的事象の後にもこれらのかかわりを復元させ健全な形で維持することにほかならない。いわば周囲にかかる迷惑を最小限に止め、信頼をつなぎ止めるためには、どう考え、どのような対策を講じ、どう行動しなければならないかと言ったことを学び、一緒に考えいただくための書である。
わが国の社会はそもそも危機管理意識に乏しいという見方がある。欧米に比して集団性の強い日本人は、団体、企業、コミュニティ等の組織としての価値判断により強くしばられる傾向があることから、集団が有するリスク意識(Risk awareness)を越えて危機感を持ち、外に向けて発信することが苦手であると考えられる。そして、集団が有するリスク意識は常に控えめで楽観的であることが多い。また、われわれ日本人は、「和」を重んじるあまり、集団の中の誰かに対してその責任を追及することに消極的な傾向があるとも言われる。危機の後にその対応の問題点を明らかにし改善点を見つける作業において、徹底性に欠ける理由がそこにあると考えられる。東日本大震災後に多用された言葉に「想定外であった」と言う表現があった。
想定外にも、あらかじめ想定することが本当に困難であった場合もあれば、想定は可能であったが、その事態に直面する勇気がなく、楽観的に考えてしまったという場合もある。東日本大震災時に十分な対応がなされなかった場面を振り返ってみても、われわれが口にした「想定外」が実は後者だったと思われる場合が多々ありそうである。日本人は、いったん危機に直面すると驚くべき献身と団結力を示すが、その分、平時においては目前に迫る危機に正面から向かい合うことを避ける傾向があるのではないだろうか?
本書では、事業継続のためにあらかじめ考えておくこと、行っておくことに特段の重心を置いて論じることとした。
今一つ、本書において提起したい問題意識がある。編著者は、港湾のコンテナターミナルの経営に係わる政策の立案と実施、経営リスクのマネジメント手法の研究等に携わってきた経験を有する。そこで見たものは、海と陸の物流の結節点である港湾と言う社会インフラの経営や機能継続には、常に多くの主体が係わり、時には協力し合い時には対立するというビジネス環境と一体不可分であるという事実である。すなわち港湾には、法律の執行や規制、取り締まりを行う国や地方自治体の様々な機関がある一方で、港湾貨物の積み降ろしや保管、配送を行う港湾運送、倉庫、トラック等の事業者、船の入出港や係船の支援をするパイロットや綱取り、給水・給油等の港湾サービス事業者等の事業活動があり、官民合わせた様々な組織、団体、企業が係わる。これらのステークホルダーは時には利害関係を異にするため、「港湾」と言う社会インフラ継続のためのリスクマネジメントを行う際にも、誰のリーダーシップの下で、どのように責任と費用を分担しつつ実施するのかについてのコンセンサスを速やかに形成することは必ずしもたやすいことではない。一方でこれらのステークホルダーは、当該港湾の存続が困難となった場合には活動基盤を失い、ともに無視しえない影響を被る。港湾の事業継続が共通の関心事であることには間違いはない。
このようなことは、他の社会インフラや民間企業にあっても程度の多寡はあれ同様に生じる。例えばカンパニー制や部門独立性の強い会社においては、それぞれのセクションが利益相反を生じる場合もあり、同様の問題に突き当たるに違いない。元々BCMは、一般の会社の経営組織のような、経営者(トップマネジメメント)が全体をコントロールできる「1マネジメントシステム」が暗黙の前提となっているが、これとは異なる「複数のマネジメントシステムを含む集合体」の事業や機能の継続を論じる必要性に今、われわれは直面しているのではなかろうか?
前述の国土強靱化基本計画に記述のある「産業構造分野における企業連携型BCP/BCM」では、空間的な広がりを有する一定の地区において立地企業がそれぞれの事業継続に必要な共通の事項について協力し合うためのBCPの策定及びBCMの実施を推進しようとしている。また、国際協力機構は海外における日本企業の事業継続のための協働をエリアBCP(Area BCP)と呼んで、フィリピン、インドネシア等でケーススタディを行っている。
上記のような事業継続のための協働は、相互に強制力があるものではなく、リスク意識や事業継続の目標の共有が生む求心力によって支えられるものであることから、「マネジメント」と呼ぶよりも「ガバナンス(統治)」と呼ばれるべき性格を有する。本書では、このような事業継続のガバナンスのあり方や課題、展望についても示すこととし、読者の議論の糧としたい。
本書が扱う上述の2点の課題は、災害等によって今後引き起こされると危惧される様々な危機的状況の中で、われわれ日本人が、官公庁の公的サービスや社会インフラの機能、企業の存続と将来の発展などの様々な分野において事業継続を果たしていくうえで避けて通れない問題であると考える。本書において十分な解説が示せたかと言う点についてはいささか疑問が残るが、読者諸氏の議論の糧となり、その延長上に何らかの答えが見出されることを祈念することとしたい。
平成29年6月
編著者 小野憲司
【目次】
第一章 事業継続の意義
第1節 社会・経済を取りまく災害リスク
1.1.1 災害とはなにか?
1.1.2 日本固有の自然災害リスク
1.1.3 現在社会が抱える多様なリスク
第2節 現代経済社会に潜む災害脆弱性
1.2.1 少子高齢化社会の到来
1.2.2 都市化の進展
1.2.3 産業構造やサプライチェーンの高度化・集中
第3節 災害リスクのマネジメントと事業継続
1.3.1 リスクマネジメントとは?
1.3.2 事業継続のためのリスクマネジメント
第4節 過去の災害の教訓
1.4.1 阪神・淡路大震災の教訓
1.4.2 東日本大震災の教訓
1.4.3 その他の過去災害からの教訓
第5節 継続が生む社会的,経済的価値
1.5.1 企業価値の向上と継続
1.5.2 魅力ある地域づくり
1.5.3 儲かるBCP
演習問題
第二章 事業継続の枠組みと課題
第1節 事業継続のためのマネジメント
第2節 事業継続の枠組み
2.2.1 事業継続の国際標準
2.2.2 事業継続に関する国内のガイドライン
第3節 事業継続マネジメントの実施の状況
2.3.1 民間企業のBCM
2.3.2 国や地方公共団体のBCM
2.3.3 社会インフラの運営におけるBCM
第4節 事業継続のためのコンサルティング
第5節 現下の課題
演習問題
第三章 事業継続の理論と実践
第1節 事業継続マネジメントシステムの考え方
3.1.1 事業継続マネジメントシステムの構造
3.1.2 BCMSの構築と運用の主体
3.1.3 BCMSを支える重要事項
第2節 事業継続マネジメントシステムの構築プロセス
3.2.1 BCMS構築の一般的手順
3.2.2 リーダーシップ
3.2.3 事業継続の基本方針
3.2.4 BCMS構築の体制と計画
3.2.5 BCMSの運用のための支援措置
第3節 事業継続マネジメントシステムの運用
3.3.1 運用の考え方
3.3.2 事業影響度分析とリスクアセスメント
3.3.3 リスク対応
3.3.4 演習及び試験
3.3.5 パフォーマンス評価
3.3.6 改善
第4節 BCM実行のための計画の策定と実施
3.4.1 事業継続計画の策定と運用
3.4.2 事前対策の実施計画の策定と運用
3.4.3 教育・訓練の実施計画
第5節 地域社会のBCMS
3.5.1 地域継続計画
3.5.2 地方強靭化BCP
3.5.3 地域連携BCMS
第6節 BCMS の構築と運用上の課題
演習問題
第四章 事業継続のための分析・評価手法
第1節 概要
第2節 事業影響度分析
4.2.1 重要事業の選定
4.2.2 重要事業の停止に対する顧客の受忍限度
4.2.3 重要事業の経営資源
第3節 リスクの発見と分析
4.3.1 リスクの発見
4.3.2 リスクの分析
第4節 リスクの評価と対応
4.4.1 リスク評価
4.4.2 リスク対応
第5節 事業継続戦略
4.5.1 戦略的アプローチの重要性
4.5.2 リスク対応の視点
第6節 留意点と課題
4.6.1 BIA 実施上の留意点と課題
4.6.2 RA 実施上の留意点と課題
4.6.3 リスク対応の留意点と課題
演習問題
第五章 事業継続マネジメントの事例
第1節 民間企業のBCP
5.1.1 大規模流通業業のBCP
5.1.2 中小企業のBCP
第2節 公的団体におけるBCP の作成と課題
5.2.1 和歌山市の業務継続計画
5.2.2 気仙沼市の業務継続計画
5.2.3 神戸市の業務継続計画
第3節 社会インフラ運営に関するBCP の作成と課題
5.3.1 高速道路におけるBCP の作成と運用
5.3.2 港湾におけるBCP の作成と運用
5.3.3 公共インフラの運営に関するBCP の特徴と課題
演習問題
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