東京オリンピックを前に、日本は「観光立国」を掲げて海外からの観光客4,000万を目標とした政策を進め、訪日旅行者に対しても、政府、自治体、業者などがさまざまなアプローチをかけている。こうした状況のなか、近隣かつ親日国とされる台湾の訪日旅行者は、ここ数年爆発的に伸びてきている。本書は、台湾の訪日旅行産業を今日まで発展させた背景にある、日台関係の歴史や台湾の旅行業の制度や仕組み、歴史を解説するとともに、近年の旅行形態の変化を考察するもの。旅行事情や制度、歴史的背景を分析し、台湾訪日旅行産業を理解することで、日本側インバウンド事業者が、これからの旅行者への対応、旅行会社としての取組み、現地の旅行産業との接触のあり方などを考察する。
自身に文章を書く才能があるか、内容が読者の求めるニーズに合ったものかにもよる。そうした前提のなかで、私が本書を執筆し世に送り出せたことは大変幸運に恵まれたと思う。
本書は2017 年に東洋大学の大学院に提出した修士学位請求論文「台湾訪日旅行産業の考察」をベースに、さらに内容を加筆し編集したものである。この論文に長年身を置いた航空会社での経験、台湾の旅行会社での経験、帰国後に転職した広告宣伝会社でインバウンドプロモーション事業に携わった経験などを反映させ、現在の台湾訪日旅行に関するさまざまな内容を、コンパクトに一冊にまとめたものである。通読していただければ、台湾インバウンドに関する基礎知識が身につくよう構成している。
そもそも本書を執筆するきっかけは、いまから13年前の春、日本航空の子会社であった日本アジア航空に所属しているときに、現地旅行会社の事業責任者として台湾に赴任し、ビジネスを展開するなかで芽生えた問題意識であった。
当時、日本側インバウンド関係者に台湾の訪日旅行事情を説明する機会が多くあったのだが、その際の気づきとして、旅行業界の内容だけでなく、もう少し台湾や台湾人について「深く掘り下げた理解」が必要ではないか、と感じ始めていた。ここでいう「掘り下げた理解」とは「歴史や社会的背景からくるメンタリティーやインサイト(心の憧憬)」のことである。
2013年に帰国すると、アベノミクスとともに訪日外国人旅行者に注目が集まっていた。いかにして訪日外国人旅行者を増やすか、について盛んに議論されるようになったが、政府、地方自治体、企業、マスコミ、大学研究を含め、こうすれば訪日外国人旅行者の動向を分析できるといったビッグデータ利用による解析手法や、こうすれば増やすことができるといった成功事例によるテクニック手法が多かった。本書では台湾の旅行業やマーケット、広告宣伝、について実際のデータに基づき分析を行っているが、もうひとつ底流にあるのは、自身の経験から得た教訓に台湾マーケットを深く理解することであり、それを読者の方に披露し示唆を与えるのが目的である。
実際に海外マーケットを深く知るには、現地で生活し、その空気を吸い、人と交流し、多くの失敗と成功の体験をして、はじめて身に着くものである。調査の数字だけでは得られない、台湾人のインサイトが理解できるようになれば、さらに深いコミュニケーションが可能になろう。よって、本書は台湾(発地国)側に寄り添って執筆した。私は日本人なので、完全に現地(台湾人)目線というわけにゆかないが、台湾に長年身を置き、台湾人の本音(インサイト)部分を本書のなかにできるだけ反映している。
海外旅行の規制が緩み、街中でも外国人観光客の姿が増えてきました。若者に人気のある観光地を通る電車の中で、大きな荷物を持った人々をよく見かけます。話す言葉が違うので、アジアからの観光客だと察しがつきます。中国語、韓国語、タイ語等、色々な言葉が聞こえてきます。
日本へ来る外国人観光客のうち、韓国、中国、台湾、香港で全体の約7割のシェアを占めています。その中で、日本と同じ島国・台湾に対して、皆さんはどんな印象を抱いていますか?少し前はコロナ禍に対するITを駆使した斬新な対応で、IT先進国とのイメージを強めた方もいるかもしれませんね。または日本との歴史的関係から、日本に対して親しみを抱いてくれている、と思う方もいるでしょう。
今回ご紹介する『台湾訪日旅行者と旅行産業』は、訪日旅行客増加の背景に旅行産業の努力があったと考えます。台湾において訪日旅行は旅行産業の一角として確立しており、マーケットにおいて大きな役割を果たしています。本書は台湾の歴史と日本との関係を参照しつつ、台湾人の観光意識と行動を調査し、観光行政、旅行業、訪日旅行について幅広く考察します。
台湾の旅行産業がどのような商習慣をもち、日本観光をどのように宣伝しているのかを知れば、迎える側のサービス提供者もより効果的な対応ができ、より多くの観光客が訪れるようになるでしょう。双方に利益のある素敵な旅行体験は、まず相手を知ることから始まるのです。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『台湾訪日旅行者と旅行産業ーインバウンド拡大のためのプロモーションー』はこんな方におすすめ!
- 旅行産業に従事している方
- 外国人観光客を迎える観光地の方
- 台湾ファンの方
『台湾訪日旅行者と旅行産業ーインバウンド拡大のためのプロモーションー』から抜粋して3つご紹介
『台湾訪日旅行者と旅行産業』からいくつか抜粋してご紹介します。日本によく訪れる外国人観光客の中でも、台湾からの旅行者は多くを占めます。さらにインバウンドを拡大するため、台湾の歴史や日本との関係、現地の旅行産業とその特徴、訪日観光旅行客の傾向を考察します。
戦後の台湾旅行業
(1)萌芽期
萌芽期の旅行業は外貨獲得を目的としたもので、台湾を訪れる観光客を市場の主要目標としていました。1956年から政府と民間の観光関連機関が続々と設立されました。
日本の海外旅行自由化が解禁されたのを契機に、さらに新たな旅行会社が続々と誕生しました。この時期の旅行業務は接待旅行に完全に依存しており、日本・欧米・海外華僑観光客が主な顧客でした。台湾旅行業のインバウンド観光客サービス業務の初期段階はこの時期に確立されたのです。
(2)開創期
1971年には、来台観光人口は50万人を超えます。観光旅行事業の管理のため、観光局が正式に設立されました。台湾の旅行社数も急激に増加しましたが、不正等の問題が発生しました。
過度に増加した旅行会社の不当な競争が旅行品質を悪化させているとみた政府は、甲種旅行社の設立申請の一時停止を宣言しました。この期間は1988年まで継続され、旅行業者の発展に一部マイナスの影響をもたらしました。
(3)成長期
1979年に台湾人の海外旅行、1987年には台湾人の中国への親族訪問が解禁となりました。中国への親族訪問解禁後、台湾・中国両地の旅行により、観光客リソースが拡大し台湾地区の旅行業が発展しました。
台湾人の海外旅行解禁により、海外旅行者数は1979年から1987年の間に約3.3倍増加しています。台湾人の海外旅行市場は来台観光客よりマーケティングが容易だったのに加え、関連法令の緩和や国民所得の増加などが旅行業の成長を促しました。
一方、台湾地区の物価水準の上昇、台湾ドルの値上がり、中国の対外開放の影響により来台観光客は急激に減少し、接待旅行を主に請け負う旅行業者は大きな影響を受けました。
(4)拡張期
拡張期の観光旅行市場では、熾烈な競争が起こりました。政府は1988年に再度旅行業ライセンス申請を解禁し、旅行業を総合、甲種、乙種の3種類に区分します。1991年までに支店を含む旅行業者は1,373社に激増しますが、海外団体旅行業者がその大多数を占めていました。
旅行業社の増加は、出国人口の拡大に結びつきました。パッケージも多元化され、競争がさらに白熱化します。また航空会社の増加により、市場構造が変化しました。コンピュータ予約システムおよび銀行決済プランが広く業界に採用され、変革はさらに加速します。様々な形態の斬新な会社が次々に参入し、高度な競走の時代が始まったのです。
(5)統合期
この時期、旅行業管理者は経営環境の新たな変革に直面しました。関連法規、消費者意識、コンピュータテクノロジー、航空会社の役割変化などです。経営者は全社的に意識改革を行い、積極的に変化することで勝機を得ようとしました。その結果、旅行業の経営に斬新な統合管理領域がもたらされました。
(6)チャネル期
インターネットの運用は、旅行業者のチャネルに新たな革命をもたらしました。情報化が完備した旅行業者の生産力は高まり、コストも下がって利潤が増えました。これにより旅行業のまったく新しい形態が誕生しました。他の旅行業者のパッケージ代理店となって、自己の顧客に販売する共同販売が主流となったのです。
(7)再構築期
社会の発展や観光倍増計画の促進により来台観光客業務は再度勃興しますが、同時に国内旅行業務の能力を高めることが重要課題となりました。観光事業の発展は台湾の重要な施政のひとつとなりました。ネット専業旅行会社が設立され、21世紀の観光産業は情報化時代に突入しました。
(8)革新期
政府は観光を6大新興産業のひとつとし、国内旅行と海外旅行を分け隔てなく扱うこととしました。その上で観光局は「Taiwan, The Heart of Asia」として台湾観光と世界のリンクを大々的に推し進めています。現在台湾旅行業は革新的発展に直面していますが、その中で同時にニッチ市場も生まれています。
こうして経緯を見ると、政策と業界がずれたり噛み合ったりしながら台湾の旅行産業が発展してきたことがわかります。台湾のインターネットの使い方は非常に洗練されています。日本もかなり便利になってはきましたが、IT導入に先んじた田億の状況を見ると、まだまだだなと思わされます。
オンラインビジネス
台湾の旅行業界はホームページ、SNSなどのコミュニケーションツールをうまく使いこなし、社会の環境変化にうまく適応しています。
①オンラインビジネス普及の背景
現在主流となったオンラインビジネス普及の背景は以下のようなものです。
(1)消費環境
最近台湾の旅行会社は、オンラインビジネスが主流です。台湾の消費者は旅行会社のカウンターで旅行商品の購入は行いません。旅行会社のオフィスは昔から空中店舗が主体で、オンラインビジネスの普及以前は、新聞雑誌などを媒介としたメディア販売が普及していました。従って、オンラインへの移行もスムーズだったのです。
(2)低参入障壁
IT産業の盛んな台湾では、旅行会社のオンライン統合システムをカスタマイズ販売するIT会社が存在し、メンテナンス費用も安価です。自社でシステムを構築する場合も、容易に優秀な人材を集めることができます。オンライン構築にかかる費用は日本と比べ廉価で、中小の旅行会社でも大きな負担なく行えます。
(3)GDSのサポート
旅行会社がオンライン予約システムを構築するためには、GDS(コンピュータを介した航空券や旅行商品等の予約システムの総称)が構築しているIBE(インターネット用航空券予約システム)の導入サポートが必要です。最大のGDSアバカスや第2位のアマデウスが積極的に旅行会社に対してAPIを開放したことが、台湾の旅行業界のオンライン化を大きく進めました。
②オンラインビジネスの課題
参入障壁も低く、簡単にオンラインビジネスができる環境にあるかに見える台湾ですが、2つの課題が残されています。本来オンラインビジネスを構築するためには、中台(商品のデータベース入力画面)上で商品データの入力、前台(ホームページ画面)上で顧客による購入と決裁、後台(営業集計・経理画面)上で経理システム反映がすべて自動化されて初めてシステム化が完成したといえます。
課題1:後台(経理システム)における既存のパッケージソフトウェアのカスタマイズが難しく、自動化のためには自前で構築する必要がある
課題2:台湾は中国大陸に近く、偽造クレジットカードやスキミングによる被害のリスクが高い。台湾の銀行のオンライン認証システムは使い勝手が悪いため、解決策を用意できる大手以外は顧客に銀行振込してもらう必要がある
③オンラインビジネスの現況
近年のオンライン専門旅行会社における業績推移をみると、先発で最大手の雄獅旅行社は業績をさらに伸ばし、後発の中小は下がっています。大手と中小との格差が広がっているようです。
私(担当M)は移動に空路を利用する際、旅行会社に頼まずに自分で航空会社の予約サイトで航空券を買ってしまうことが多いです。日本では、日本航空や全日空のCRS(インターネット予約システム)子会社が旅行業界に対してAPIを公開していないことが、本書ではその理由として挙げられていました。
台湾旅行業界の商習慣
①キーエージェント制度
航空会社は自社の団体席を特定の旅行会社に配席しますが、その旅行会社を「キーエージェント」と呼びます。キーエージェントは路線毎に異なり、実績によって入れ替えも発生します。該当しない旅行会社は、キーエージェントを通して席を買います。
この制度は、航空会社側にとって2つのメリットがあります。
・市場の秩序:過当競争や値崩れを防ぎ市場の秩序を保つ
・販売リスクの防止:信用力の高いキーエージェントを指定し、小切手不渡りリスクを防止する
キーエージェントになった旅行会社のメリットは以下の通りです。
・継続的な団体パッケージ旅行商品造成
・ピーク時の座席確保
②サブエージェント
キーエージェントが保有する座席や、造成したパッケージ商品を定期的に購入するエージェントをサブエージェントと呼びます。座席のBtoB販売や旅行の委託販売を行います。
③PAK (パーク)
台湾の旅行会社間では、同一の旅行商品を共同で販売するPAK (パーク)という相互扶助組織を構成することがあります。通常6~10社ほどで、大手・中小を問いません。各旅行会社が宣伝協賛金を支払い、幹事旅行社を決めて運営を行います。
PAK販売のメリットは、各社の窓口で商品を販売することによって、10名以上成立のGIT商品の催行率を高められることです。
④靠行(カオハン)
靠行は典型的な個人事業商売です。旅行会社のオフィスにスペースを借り、その旅行会社の名前で商売し、名義貸し費用やスペース賃借料を支払うのです。こういった家族商売の旅行業が台湾には数多く存在します。
⑤牛頭(ニュウトウ)
牛頭は、台湾南部地区で行われる特異な商習慣です。南部地区には一般の消費者(牛)を束ねるリーダー(頭)がおり、そのリーダーが旅行会社と団体旅行に関する値決め交渉を行うのです。牛頭との関係を良好に保つことが旅行会社の売上を左右します。
現在表向きは廃れたことになっていますが、実は今も存在していて、中小の旅行会社に対しては大きな影響があるといいます。
⑥商談の際のキーワード
台湾の旅行会社と商談を進める際に頻出するキーワードをご紹介します。
1. 老
「老板」ともいい、ビジネスの決定権を持つ人を指します。中国や台湾ではトップダウンで物事が決まるので、台湾でビジネスを進める際は誰が決定権を持っているのかを知り、その人とコンタクトを取ることが重要です。
2. 朋友
「友人」の意味ですが、日本よりもっと深い繋がりを指します。一度「朋友」となれば、公私ともに付き合うことになります。
3. 面子
台湾人の面子は「体面」に近い意味を持ちます。台湾人は面子を保つために日本人以上に頑張る傾向があります。
4. 没関係
台湾人の口癖で「気にしない」「大丈夫」という意味です。細かいことを気にしない大らかな性格が現れています。
5. 没用辯法
「しょうがない」「どうしようもない」という意味で、これも台湾人の口癖です。
6. 便宜
「安い」という意味です。街中の看板にもよく書かれていますが、ビジネス会話の中にも必ず「便宜一点(もうちょっと安くして)」といった言葉が出てきます。少しでも安くすること、買ってくれたら何かおまけを提供することが台湾の商習慣の基本です。
7. 軽鬆
「気楽、リラックス」という意味です。台湾人の旅のスタイルは「軽」が基本で、海外旅行も普段と変わらないラフな格好で出かけます。
中国や台湾の人にとっては面子が何より大事という話をよく聞きます。また、旅先などで出会って意気投合した人に招かれたら、一族に迎えられてその後大きなビジネスに発展した、などという逸話もよくありますね。台湾からの旅行者を迎えたり、台湾の旅行業者と仕事をしたりする際も、こうした国民性の違いを理解しておくことがよい結果を招くでしょう。
『台湾訪日旅行者と旅行産業ーインバウンド拡大のためのプロモーションー』内容紹介まとめ
インバウンドのさらなる拡大を目指し、政府・自治体・旅行会社が一丸となって様々なアプローチを行っています。その中でも近隣の親日国である台湾に注目し、台湾の歴史と日台関係の推移、現地の旅行産業を分析します。日本側のインバウンド事業者が、旅行者と現地の旅行産業にどう対応するべきかを考察します。
『台湾訪日旅行者と旅行産業ーインバウンド拡大のためのプロモーションー』を購入する
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旅行を知る、アジアを知る おすすめ3選
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『アジア交通文化論』
日本と似ているところもあれば、まったく違うところもあるアジアの国々。多彩な特徴をもつアジアの交通と文化にスポットを当て、その特徴と背景を探ります。アジアの13の地域の交通を眺めてみれば、あっと驚くような習慣に出会うかもしれません。
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『観光交通ビジネス』
観光と交通は切っても切れない関係です。旅行の手段や目的となる交通の価値が高まれば、旅行の価値も高まるのです。観光業界を目指す若い人向けに、観光の基本と交通との関係、様々なツーリズムの在り方を解説したテキストです。
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『観光と福祉』
体が不自由な人や高齢者といった、移動に支障のある人や、日本語に堪能でない海外からの観光客。こういった人々が自由に日本国内の旅行を楽しめるようでなければ、真の「観光立国」とはいえません。旅行の様々な場面におけるバリアフリー施策や、観光地の取り組み等をまとめました。