鉄道、空港、道路それぞれのインフラ事業における制度、政策、資本、運営について、その仕組みや構造、それぞれの課題や問題点なども示しながら、民間と行政という両方の視点から分析、これからの交通インフラ運営に対して公・民双方が取るべき戦略とその実現について解説する。イギリスやアメリカなど各国の交通インフラ政策について取り上げ、日本のインフラ政策との違いを示し、日本の交通インフラ政策の現状と今後のあり方についても述べている。交通インフラ全般について、その現状、課題などが概観できる一冊。
交通インフラをめぐる社会経済環境は、高齢化の進展とともに大きく変容しつつある。老朽化した施設の維持管理、スプロール化した都市をコンパクト化するための交通網の再構築、さらには激甚化する災害に備えるための機能強化など、課題はますます多様化している。これらのいずれの問題も、単に新しいインフラの造成だけでは対応できず、一朝一夕に解決しがたい問題である。
他方、地方に目を転ずれば、人口の社会減や過疎化、高齢化は進展の度を増している。さらに、一部地域ではインバウンド旅行者の急増のほか、景気の持ち直しがみられるが、総じて厳しい状況にあることはいうまでもない。こうし
本書は、筆者が大学院時代から進めてきた研究成果をとりまとめたものである。筆者が大学院に進学した当時は、高速道路改革や電気事業改革などが行われていたが、その当時から、インフラの維持管理をどう進めるかは課題であった。上下分離は代表的な改革手法であったが、いくら競争を導入しようとも顧客にサービスを提供するためには交通インフラを利用しないわけにはいかない。その場合、そのインフラは誰が責任を持って維持管理するのか。これが筆者の最初の研究の動機であった。
転じて、民間が交通インフラの維持管理を担えるように制度を改革するとしても、受け皿になる民間事業者は出現しうるのか、仮に出現するとすればどのような事業者が参入しうるのか、これもひとつのテーマであった。また、アメリカでは空港や道路のいわゆる民営化を実施していない事実に触れたとき、改めて政府所有とする意義はなにか。さらに、過疎地などを多く抱える地域では競争導入などいうに及ばず、サービスの維持自体が危機に陥っているが、これをどうすべきなのか。このように、関心は徐々に広がっていった。
本書は4部構成としたが、筆者の研究の関心が鉄道や空港を中心としていたことから、それぞれの部に分散して章が配置されることになった面はある。確かに、事業分野ごとにまとめるという方法もあったかもしれない。ただ、規制改革の延長上にある交通インフラの経営改革に関する研究と、地域政策をめぐる研究は、学際的な分野として個別に論じられることが多かった。そのため、
本書ではその接点を政策論から探り、あるべき制度設計を検討しようとしたがゆえに、あえて筆者の関心・切り口として4 つの部を設け、それぞれの観点から各分野を検討するアプローチをとった。
もちろん、本書で取り組もうとしたテーマは現代の大きな政策課題でもあり、本書だけですべてを網羅できたわけではない。研究課題も依然多く残されている。しかし、この時点で研究成果をとりまとめ、自分の研究成果を見つめ直すという目的もあった。
国内の様々な場所を鉄道や航空機で旅していると、地図上ではこんなに小さく見える日本の国土の中でも、様々な生活があるのだと実感させられます。無人駅、列車の来ない時間帯のある時刻表、小さな航空機、空港にあるまるで道の駅のような地元名産品ショップなどを見ると、私(担当M)は旅愁とともに、「都会暮らしの自分は不便と思ってしまうけれど、ここで生活している人たちがいるのだ」という気持ちを抱きます。
利用者が少なく採算が合わないこうしたインフラを、完全な市場原理に基づいて運営・維持することは難しいでしょう。不採算路線の廃線のニュースも毎年のように流れてきます。しかし完全な官営でこうした施設を維持するのも、地方自治体の厳しい財政状況ではなかなか難しくなっています。
こうしたインフラ運営の問題を解決するために、第三セクター方式や上下分離方式、フランチャイズ方式、PFIやPPPといった官民連携方式などが実施されています。それぞれ一長一短ありますが、少しずつ見直しと改善も進んでいます。
今回ご紹介する『交通インフラの運営と地域政策』では、地域経済の活性化のみならず、経済活動を支える環境整備や交流人口の拡大等に多様化した「地域振興」を、インフラはどう支えられるのか、また官と民の関わり方と責任の所在、財源確保はどうすべきかなどを考察します。アメリカやイギリスの空港・鉄道の運営や資金調達方式と比較しつつ、日本のインフラ運営における民営活用について考えます。
どのように資金を調達し、誰がサービスを企画し、誰がサービスの提供をするのか、官民が協同する中で、うまい「落としどころ」を見つけられるかどうかで、地域に欠かせない交通インフラの明暗が分かれるかもしれません。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『交通インフラの運営と地域政策』はこんな方におすすめ!
- 交通系インフラ会社に勤務している方
- 自治体で交通政策を担当している方
- 交通政策を学ぶ学生
『交通インフラの運営と地域政策』から抜粋して3つご紹介
『交通インフラの運営と地域政策』から抜粋していくつかご紹介します。鉄道、空港、道路というインフラ事業の制度や運営について、仕組みや構造、それぞれの課題を示しつつ、民間・行政の両面から分析します。イギリス等の事例も参照しながら、今後の交通インフラの運営はどうあるべきか、公・民双方の取るべき戦略とその実現について解説します。
競争導入とインフラの運営
民営化をどのようなかたちで実施するにせよ、適時・適切な投資・維持管理を行うことは欠かせません。巨額の資本投下が必要な交通インフラ分野では、建設から運営まですべてを民間に委ねることは難しいでしょう。しかし民営化の実施過程においては、大規模なネットワークインフラを必要とするような独占的産業においても競争政策が適用されてきました。
それを可能としたのは企業構造の分離、つまり上下分離です。地域独占の企業構造を、競争が可能な部門と非競争的なインフラ部門に分割し、一部に競争を導入する手法です。
しかし独占主体がインフラ運営にあたる場合、そのインフラは市場に参加する主体にとって、その施設を利用しなければサービス提供が完結しない不可欠な施設(エッセンシャル・ファシリティ)となります。そのため、従来とは異なる課題が現れました。
第1に料金調整の問題です。交通インフラのように誰もが使える公共サービスは、公営の場合は不採算部門も内部補助を利用してサービス維持が可能でしたが、競争部門が導入されると不採算サービスの維持や資本の回収が難しくなります。したがって、規制当局の介入を通した料金の再調整か、あるいは企業の内部補助を認めるべきかの判断を迫られるようになりました。
第2に、競争制限的行為への対応です。上下分離を実施した後のインフラは、サービス提供に不可欠な施設とみなされます。当該施設の所有者が競争部門でも事業を展開している場合、当該事業者は競合事業者の利用を拒絶したいと考えるかもしれません。施設の利用をめぐっては、平等な利用の実現が不可欠となります。
第3に、上下分離の実施により誕生した競争部門に参入したプレーヤーが施設を利用する際の容量配分や、設備投資に向けた合意形成です。鉄道の場合、貨物輸送事業者と高速鉄道事業者では線路に対する要求が異なります。設備投資については、外部取引を行うことに伴う利害の調整などが問題となります。
上下分離を実施して一部に競争を導入しても、依然として独占とならざるを得ないインフラ施設の利用者は特定化されているので、その意味で関係特殊投資となる性格を強く帯びています。つまりインフラ保有者はインフラ投資に慎重になる可能性があると考えられるため、適切に施設が維持管理できるよう、慎重な制度設計が必要となるのです。
イギリスでは民営化政策の一環として国鉄が民間会社に移行することになりました。同時に上下分離も行われ、列車運行、車両保有、線路保有がそれぞれ別の主体に分割されました。そのうち線路を保有・運営するレールトラックは十分な設備投資を実施せず、それに起因した列車死亡事故を引き起こしてしまったのです。その賠償に加え、遅延していた設備投資の再開を命じられ、レールトラックは急激な負担増に耐えきれず、破綻してしまいました。
イギリス政府はその後の2002年、非営利企業ネットワークレール社を設立、レールトラック社を傘下におさめました(その際社名を変更しています)。2004年にイギリス政府は鉄道事業の大幅な見直しを行いました。改革の模様は、次にご紹介する項目の章で詳しく解説されています。
鉄道運営会社への出資者の多様化:イギリスの場合
(1) 列車運行会社への出資者
イギリスの鉄道産業は、上下分離により列車運行と線路や駅などのインフラ所有、車両保有はそれぞれ別の主体に委ねられました。他国では列車運行会社が車両を保有するのが一般的なので、リース形式で独立部門と位置づけるイギリスの改革はユニークなものです。
鉄道インフラは2002年、政府が出捐するネットワークレールという非営利会社所有となりました。民間事業者によって運営されているのは、列車運行と車両保有です。しかし列車運行についても、地方を中心に政府補助金に頼った運営が行われています。
フランチャイズを獲得して列車運行にあたるTOC(Train Operating Companies)は、ドイツ、フランス、オランダの元国鉄や他国企業です。鉄道運行を外国企業に委ねることについて批判的な論調もありますが、自国の鉄道運行の受け皿になれるような事業者が国内に存在しないという現実があります。
すべてのフランチャイズのうち7つが、TOC2社による共同出資で運営されています。単独でフランチャイズを獲得し経営するにはメリットが少なく、投資リスクが高いとみなされ、共同出資で運営していると考えられます。
(2) 車両リース会社への出資者
イギリスの鉄道では、車両リース部門でも民間企業による運営が行われています。改革当初に設立された車両リース会社 (ROSCO)は大手3社でしたが、現在は9社にまで増加し、大手3社の車両数シェアは9割前後に低下しました。しかし依然として3社寡占の状態が続いています。
政府がTOCに対して車両の更新を進めるよう求めている状況を踏まえると、車両リース部門は比較的安定成長を見込める分野です。堅調な旅客需要の伸びが、車両調達に対するニーズを高めています。2015年時点でのROSCOへの出資者は、すべてがイギリス外に本拠を置く外国企業です。これらの出資者には世界的な大手車両メーカーが参画しています。
TOCと異なるのは、出資者として金融投資家が大きな役割を担っている点です。投資に際して大きな資金が必要であり、市場の成長が見込まれるため安定したリターンが見込めます。車両更新は、鉄道サービスの改善を強力に進める政府の中心的な政策でもあります。これらの環境を投資家は高く評価し、ROSCOへの投資の魅力は高まっています。
しかし、鉄道改革開始から20年以上が経過した現在、鉄道事業は想定より厳しい運営を強いられています。設備の更新に莫大な費用が必要なインフラの運営は、ネットワークレールにより事実上国有化されていますが、列車運行を担TOCも他国の事業者からの支援や、共同出資の形態により何とか維持している状況です。
政府による関与が必要であっても、再国有化はもはや困難です。こうした状況で、外国企業による投資は鉄道サービスを維持するための受け皿になっているともいえます。
イギリスの鉄道は、日本とは異なった方式で民営化されています。ネットワークレールの所有する線路をROSCOの車両が走り、それを運転しているのはTOCの乗務員です。長期的な設備投資のためには契約期間も長くとる必要がありますが、そのためネットワークレールとTOCの関係が強くなりすぎ、民営化によって期待された競争が起こりにくくなるという課題も生まれています。イギリスはEU離脱を選択しましたが、サービスを維持するためには外国企業に門戸を開く必要があるでしょう。
地方における空港経営改革
《改革に着手する地方空港》
航空自由化が進展した現在、地方空港でも効率的な空港運営に向けた仕組みの構築が急がれます。多様化する利用者ニーズに適切に応え、競争力を上げや利用者にとって質の高いサービスを提供できるような仕組みづくりが求められているのです。
2010年に公表された国の成長戦略において、空港整備に係る各歳入歳出の見直しが行われ、空港関連企業と空港の経営一体化および民間への経営委託ないし民営化により、空港経営を抜本的に効率化することが示されました。
しかしそれ以前から、民間運営を模索する空港は存在しました。旭川空港の例を紹介します。旭川空港は2020年度からの民間運営に向けて準備が進められています(注:2020年10月より完全民営化され、現在北海道エアポートにより運営されています)。
旭川空港は北海道の中央部に位置する特定地方管理空港です。道北地域へのゲートウェイとして機能しており、年間約120万人程度の利用があります。新千歳空港の気象不順時には、代替空港としての役割を担います。
旭川空港では2006年から、「総合的維持管理業務委託」という指定管理者制度に似た業務委託制度を導入しました。基本施設の維持管理とターミナルビル、駐車場を包括的に委託し、不完全ながらも上下一体での維持運営を進めたのです。
これらの改革を進めた背景としては、自立的な行財政構造への転換が急務とされていた点が挙げられます。旭川市は空港運営を担う市として、財政基盤を立て直す必要に迫られていました。空港維持管理業務が財政改革のひとつの柱と位置づけられたのです。
《民間委託制度の設計》
旭川空港の「総合的維持管理業務委託」がスタートしたのは、コンセッションが法制化される以前のことでした。コンセッション制度以前は、自治体が活用可能な民間委託の方法は指定管理者制度に限られていました。しかし空港への適用には課題がありました。
① 空港設置者の義務の問題:空港設置者が行う「判断」や「料金設定・徴収」等は、民間委託が許可されていなかった
② 地方自治法と空港法の問題:地方管理空港においては地方自治法の定めにより指定管理者の導入は可能だが、空港法で土地が国に帰属すると定められた旭川空港では、同制度の活用もできなかった
包括的な業務委託を導入する場合、そもそも指定管理者制度を活用することが不可能だったのです。そのためどの業務が委託可能なのか、国と市による調整が行われました。
旭川空港では業務委託の範囲として従来の土木・航空灯火・警備消防に関する業務に加えて、空港管理業務の一部の事実行としての滑走路、雪・氷結、灯火、鳥獣異物等の確認業務やバードスウィープなどが新たに認められることとなりました。さらに駐車場運営についてものちに収益事業として業務委託契約の一部に加えられました。
この契約はプロポーザル方式の入札で、2社の応札がありました。選定基準は受注額以外に提案内容の適切性についても評価し、落札後も契約締結まで、市との協議で詳細が行われました。
《民間委託制度の効果》
取り組みの結果、どのような効果がもたらされたのでしょうか。
① 契約の一本化による契約設計業務の合理化:従来は各業務について受注者と個別の契約を結ぶ必要があったが、これを一本に合理化することが可能になった
旭川空港は契約の一本化とともに性能発注方式を採用したことにより、設計業務の負担が大幅に軽減されました。また空港整備事業の監理業務を、他課に移管しました。これにより人員削減が可能になりました。
② 新たな収益源の模索:駐車場の有料化による収益
旭川空港はある程度の旅客数を抱えるため、駐車場を有料化し、その土地使用にかかる収入を新たに獲得することができるようになりました。導入後、収支面では人件費が約 3,100万円削減され、駐車場の土地使用料が新たな収入として約1,100万円が加わりました。
③ 機動的で柔軟な空港運営:特にコンセッション制度を活用する場合、指揮命令系統が一本化されたり、柔軟な料金設定を機動的に打ち出したりできるようになった
兵庫県但馬空港の例では、運営権を保有する会社の独自の判断で施設使用料の割引を本料金の上下50%の範囲内で提示できるようになりました。
最後に少しご紹介した但馬空港は、コウノトリ但馬空港という愛称をもち、但馬空港ターミナル株式会社によって運営されています。それまで別々に運営してきたターミナルビルや駐車場棟の施設を、コンセッション方式によって一本化したのです。但馬空港では会員特典付きのサポートクラブを設立し、空港を利用者皆で盛り上げていこうと努力しています。
『交通インフラの運営と地域政策』内容紹介まとめ
交通インフラは地域住民の経済活動を支えています。これまでサービスの運営や維持管理は国や自治体が中心になって行ってきましたが、効率化や財政的な視点から民営化が進められています。しかし市場原理だけでは、地域の生活を支えることはできません。日本と世界の交通インフラの運営を、官民双方の視点から検証し、財源と戦略決定における現実的な着地点を探りました。
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インフラ、政治、地域住民 おすすめ3選
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『交通インフラ・ファイナンス』
インフラ整備や交通量マネジメントのために行う道路課金。インフラの更新時期を迎え、都心部の交通マネジメントにも苦心する日本は、どの道を歩むべきでしょうか?交通インフラの所有形態や資金調達に関して、世界の事例を参照し、今後の日本のインフラマネジメントについて考えます。
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『交通政治学序説』
ときに地域や沿線の住民を置き去りにして行われている印象を持たれがちな交通行政。道路や路線はどのような要素によって決定し、公共性はどのように保たれるのか?地域格差解消や利便性向上に、法はどのような役割を果たせるのか?陸・海・空のインフラについて、規制と補助を解説しながら、交通行政と法の関係を探ります。
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『空港経営と地域』
「地域力」が空港経営を左右する?航空需要の大きさと空港の性格を左右する地元地域。地域と空港の理想的な関係はどうあるべきか?空港政策の枠組み・ハブ空港やLCCと空港、観光と空港との関係、空港経営の在り方等を見直しながら、新たな空港と地域の関係を探ります。