国内貨物輸送活動量の4割以上を占める重要な輸送手段「内航海運」。その一方で、船員の高齢化や内航船の老朽化、内航海運業の特殊な業界構造など多くの課題を抱えている。本書は、内航海運業の概要、現状、仕組み、課題と展望、今後の方策まで、実務経験豊富な著者が自身の経験と多くのデータを元に詳しくわかりやすく解説した入門書です。
一般に「ないこうかいうん」と聞いて思い浮かぶのは、どんな漢字であろうか。「ないこう」とパソコンに入力すれば、上位には「内向」という漢字が出てくるだろう。また、「かいうん」と入力すれば、「開運」がでてくるのであろう。このように「内航海運(ないこうかいうん)」とは、日常的にほぼ変換する機会のない、聞き慣れない言葉なのである。それを一発で変換できるのは、海事関係者ぐらいであろう。そして、その「かいじ」ですら、イメージできる人は多くないであろう。
私の父は、伯父が船主であり船長であった小さな内航船(総トン数199トンクラス)の機関長だった。幼いころはよくその船に泊りに行っていたが、大人になるにつれ、その機会も減っていった。父はほとんど家に帰ることもなく、その仕事内容も分からなかった。ただ、父が「船乗り」である、という認識しかなく、それが「内航海運」という業種であるということを知るのは、まだ先のことである。
中学を卒業後、商船高等専門学校へ進学した。その理由は、船乗りになるためではなく、短大卒の学歴がつくことと、就職に有利であるというこの2 点であった。船の推進力を担う機関科を選択し、卒業後は結局外航海運の船員となった。しかし、このときもまだ「内航海運」が何かを知らなかった。
その後、船員を一旦辞めたのちに、内航海運の業務に携わる機会があり、2012(平成24)年からは神戸大学大学院にて内航船の安全管理体制構築に関する研究を進めた。また、同時に内航船員として再び船での経験も積むことができた。そこで得た内航海運に関するさまざまな情報や経験は、幼かった私が知り得なかった内航海運の実情や課題を浮き彫りにした。
『内航船の安全管理体制構築に関する研究』を書籍化したものである。書籍化に当たり、できる限り内航海運全体について理解できるよう多くの写真や図を加え、大幅な加筆・手直しを行った。また、新型コロナウイルスの影響により出版時期が遅れたため、今年9 月及び10 月に取りまとめられた船員の働き方改革等や今後の内航海運の方向性についても内容に加えることとなった。
コロナ禍と緊迫する世界情勢は、世界の物流を大きく変えました。海外からの荷物が届かない、国外へ荷物が送れない、コンテナ不足といった国際輸送における問題だけでなく、国内輸送も深刻な輸送力低下に直面しています。
陸上輸送ではトラックの運転手不足などが顕在化していますが、国内海上運送においても、船員不足や船の老朽化、業界の特殊な構造といった問題が、この危機において大きくクローズアップされてきています。国内運送の4割を占める重要な輸送手段は、構造転換を迫られているのです。
国土交通省は2016年、内航海運を取り巻く現状を改善すべく、「内航未来創造プラン」を発表しました。内航海運が今後も基幹的な輸送インフラとして機能するために、上記の諸問題を早期解決し、将来像を明確にすることを目指しています。
ものを運ぶことは、産業の基礎でもあります。コロナ禍や戦争を経て世界の経済活動の形が変わったとしても、この海洋国日本で、外航・内航ともに海運が今後も重要な役割を果たしていくことは間違いありません。
今回ご紹介する『内航海運概論』は、海運業に従事する若い方、海運業界への就職を目指す方向けに編まれたテキストです。内航海運業の概要と現状、課題と解決の取り組みや今後の方策をまとめ、わかりやすく解説しています。
この記事の著者
スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。
『内航海運概論』はこんな方におすすめ!
- 海運業に従事する若い方
- 内航船員を目指す方
- 海運業界への就職を目指す方
『内航海運概論』から抜粋して5つご紹介
『内航海運概論』からいくつか抜粋してご紹介します。本書はテキストとして構成されていますので、最初に内航海運業の概要を解説し、続いてより詳しく業界の仕組みや現状、課題を解説します。中盤では課題解決のための業界での取り組みと、国土交通省の施策「内航未来創造プラン」とその進捗状況を紹介します。最後に今後の指針を述べ、なお残る課題を挙げます。
内航海運の流れ
内航運送の流れは運航形態によって多種多様です。一例として不定期航路の一般貨物船 (バラ積み貨物)による一般的な内航運送の流れを示します。
1.運送契約
荷主は、運送業者と運送契約を結ぶ
2.運航指示
委託を受けた運送業者は、自社が運航する船舶の中から貨物、積み地と揚げ地、スケジュール等を考慮して船舶を選び、指示を出す
3.航海計画
指示を受けた船舶の船長は、航海計画を立案。機関長は航海計画に基づき、燃料・水などを確認する。不足している場合は必要な手配を行う
4.荷役計画等
運送を行うことが確認された場合、運送業者にその旨を伝え、航海計画に従って積み地に向かう。船舶所有者などにもスケジュール等を知らせる。一等航海士は積み荷による船舶の状態変化を計算の上積み荷の順番等について検討し、積付計画を積み地の荷役業者に提出する
5.バラスト航海 (空荷での航海)
積み地に向かうにあたり、船舶は事前の通航の通報や出入港の手続きを行わなければならない。通常、入港届は運送業者が委託した代理店が行う
6.入港・ 積み荷役
積み地に入港・着岸、荷役を行う業者との打ち合わせの後、積み荷作業が行われる。積み荷の方法は、港ごと貨物ごとに異なる
7.出港 積み荷航海
積み荷が終わると、積み込み量の確認、積み荷量の協定が行われ、積荷役協定書または積込証が発行される。 その後、船舶は揚げ地に向け出港する。このときも事前の通航の通報や出入港の手続きが必要
8.入港・揚げ荷役
揚げ地に入港・着岸後、荷役を行う業者との打ち合わせの後、揚げ荷作素が行われる
9.ホールド掃除
揚げ荷が完全に終わると、次の準備のため船倉内の掃除及び整備が行われる。清掃はほとんどの場合出港後に行われる
積み込みや荷下ろしに関わる設備は港ごとに異なり、また荷物によっても取り扱いが異なります。世界の巨大な港は自動化がどんどん進んでいますが、日本の小規模な港はそうもいきません。熟練度と安全確保が必要な仕事ですが、設備の老朽化と人材の不足が大きな問題になっています。
内航海運の問題点:船員の不足
内航船員の不足は、近年まで顕在化していませんでした。外航海運と漁船からの転職者が内航海運に移ってきたので、補充が行われていたからです。主な理由は以下の5つです。
1.200海里漁業専管水域の設定により日本の遠洋漁業が縮小され、大量の漁船船員が内航船員に転職した
2.1976年から外航海運において日本人部員の採用が廃止され、船員が内航に向かった
3.プラザ合意以降外航海運が緊急雇用対策を実施し外航船員が退職を余儀なくされ、内航に再就職した
4.内航船員が内航に再就職した
5.内航船員の定年を引き上げた
国土交通省が作成している船員職業安定年報を参照し、内航船員不足について確認してみると、2007年〜2008年の時期に内航船員が急激に不足していることがわかります。
2005年の船員法の改正により、航海当直を行う者はすべて六級海技士(航海)以上の海技士資格を有さなければならなくなりました。また安全最少定員が定められたため、最低限の船舶職員しか乗船させていなかった船舶で乗組員の増員を余儀なくされたのです。
その後リーマンショックや東日本大震災の影響による国内輸送の落ち込みの影響から内航船員の不足が一時的に解消されました。しかし2014年以降、内航船員は年間約7000人の求職者不足が生じており、2019年には約10000人に達しています。他の職種から内航船員への転職は見込めず、内航船員の不足はより深刻化しています。
内航船員として就職したくても就職できない船員が多いため、船員を求める事業者は即戦力と呼ばれる船員経験者を好んで採用するようになります。内航船員の新卒者採用は大手企業などに限られ、新人船員を積極的に採用して育てる状況になかったことが現在の内航船員の高齢化を招いていると考えられます。これは、船員の育成が長期的な視点で取り組まれなかった結果です。
現場に「育てる余力」がないことが、新人求職者を阻んでしまっています。大手同業他社に新人教育を期待するのではなく、業界が一丸となって新たな船員を育てるべきではないでしょうか。危機感を抱く内航海運業者は、勉強会を組織するなどして解決に向けて動いています。
内航船員の働き方改革
内航船員不足を解消するために、船員部会では議論が進められてきました。その過程で進められた調査や議論をもとに、『船員の働き方改革の実現に向けて』 と 『船員の働き方改革の実現に向けて (概要)』が公表されました。議論の内容は以下の通りです。
(1)船員の労働環境の改善
1.労働時間の範囲の明確化・見直し
船員はその特殊な労働環境上、労働時間が明確になっていないケースがあった。陸上での労働時間の考え方を参考とし、船員の労働時間の範囲の明確化を図る。
また、緊急作業や防火操練、交代等の労働時間制度上の例外的作業についても、取扱いの見直しを図る。
2.労働時間管理の適正化
船員の労働時間記録は、船長が管理してきた。だが不適切な管理もみられるため、記録様式を見直し、デジタル化等による適正化を推進する。
船員法においては、船員の労働時間の管理についての使用者の責務は必ずしも明確になっていない。陸上と同様に、適切に管理する責務が使用者にあることを明確にすべきである。
また使用者による適正な労務管理の推進を図るため、陸上の事務所において責任をもつ者を選任することを検討する。
3.休暇取得のあり方
船員の各船舶における連続乗船・勤務の具体的な期間は、労使間の合意によって決められているが、法令では基準労働期間等を通じて労使間の合意によっても超えられない最低基準としての最長連続乗船期間を設定している。
船員の意向に沿った乗船サイクルの設定や計画的な休日の取得などは、各事業者による積極的な取組により実現するべきである。その具体的な取り組み内容は、荷主・オペレーター等に対しても周知が必要である。
船員の疲労回復のためには、いわゆる仮バースの確保をはじめとする船員の十分な休息を確保するための取組も必要である。
4.多様な働き方の実現
海運業の持続的発展のためには、多様な人材の労働参加を進めることが重要である。そのためには様々なニーズに応える多様かつ柔軟な働き方を可能にし、働きやすい職場づくりを推進することが必要である。
(2)船員の働き方改革の実現に向けた環境整備
1.船員の働き方改革の実効性の確保
船員の働き方改革の実現を図るには、船員の労働環境の改善や健康確保と、それらの実効性を確保することが重要である。経営層や労務担当者等の関係者は、船員労働関係の法令や制度の内容等について再徹底を図る必要がある。
2.適正な就業機会の確保等
船員を目指す若者等に適正な就業機会を提供するため、求人情報へアクセス確保の他、的確なマッチングを図る必要がある。加えて、乗船後のトラブルを未然に防止するための環境整備も必要である。このため、船員職業紹介等の見直しを実施すべきである。
3.雇入契約に係る手続きの負担軽減等
船員と使用者間が結ぶ労働契約には、雇用契約の他に「雇入契約」が存在する。これに関わる手続きの負担軽減を図るための取り組みがなされてきたが、より一層船員の労働保護と関係者の負担軽減との両立が図られるよう、確認方法を見直すことを検討する必要がある。また、届出の主体も使用者(船舶所有者)に見直すべきである。
船員不足に対して、業界も様々な対策を行っています。船員育成についてもそうですが、船員の働き方についても改革の議論が進んでいます。
船会社にいた人に仕事の話を聞いたことがありますが、一度乗ったら長期間家に戻らないことがある生活だと、休日に関する感覚が独特なものになるようですね。このような変則的な勤務の業界においても、心身の健康が保てる職場があってこそ、安全な仕事ができるのです。
『内航海運概論』内容紹介まとめ
国内輸送の4割以上を占める内航海運。しかし業界は船員の高齢化や人手不足、船の老朽化や硬直した業界構造など、様々な課題を抱えています。激動する社会情勢に柔軟に対応し、今後もインフラとして機能するために何ができるのでしょう。内航海運業の概要・現状・課題をまとめ、解決の策を探りました。入門者向けに最適なテキストです。
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