著者名: | 慎 燦益 著 |
ISBN: | 978-4-425-71581-7 |
発行年月日: | 2021/6/28 |
サイズ/頁数: | B5判 240頁 |
在庫状況: | 在庫有り |
価格 | ¥4,400円(税込) |
本書は、「船の復原性」についてはこれまでの普遍的な内容をできるだけ「船の転覆」と結び付けて、「船の安定性・安全性」を確保する観点からまとめており、「船の転覆」については「船の復原性」に関する説明文の行間から読み取るのではなく、できるだけ直接的に言及・記述しています。
【はしがき】
「船の転覆」を防ぎ、人と船の安全性を確保することは、造船学上の最も重要な問題の一つである。
船は水上に浮かぶ構造物のひとつであるから、構造物としての横安定性だけを考えれば、造船学上はすでに一定の成果をもたらしていると言っても過言ではない。
にも拘らず、「船の転覆」事故が跡を絶たないのは、船が大小様々な形状をしており、しかも人により操縦され風波浪中の大海原を主な活動域とする構造物であるからである。従って、「船の転覆」の要因は浮体としての構造物そのものの持つ特質から取り上げられるものと、それを操船する人の心理的な特質から取り上げられるものがあるように思われる。
「船の転覆」の要因について考える時、造船学あるいは船舶工学を学んだ人なら、まず、何はともあれ「船の復原性」に関することが脳裏に浮かび、そして、GM(メタセンター高さ)云々と考える。
何故なら、「船の復原性」に関しては、造船学あるいは船舶工学に関わる大学・学部では学部の低学年時に開講される最も基礎的且つ重要な科目(以前の文部省設置基準では必修科目)の一つであり、しかも、その内容は古典的と言ってもいいほど変わることがない、普遍的な内容が含まれているからである。「船の復原性」について、著者の学生時代の講義ノートを見ても、近年まで発行された専門の参考書を見ても、内容に大きな変化はなく、ここ半世紀の間に変わったことといえば、復原梃の計算にインテグレーターの代わりにコンピューターソフトを用いるようになったこと位である。
従って、「船の復原性」に関する知識があれば「船の転覆」の要因もある程度推測することができるものと思われがちである。しかも、転覆の要因を造船学の最も基本的な「船の復原性」に則り判断していることから何かしら自信と確信もあるように見える。
しかし、自然の大海原で発生する「船の転覆」について真にその主要因を考えると、一般的な「船の復原性」の基礎知識だけでは容易に導き出すことは難しく、ほとんどの場合、複合的要因が絡み合う。
著者は、長年にわたり「船の転覆」事故に関わる鑑定人を務めさせて頂いたが、どれもが難解な事故ばかりであった。
その中で最も印象に残っているのは、GM(メタセンター高さ)が正であるにもかかわらず簡単に転覆した事故に関わったことである。GM(メタセンター高さ)が正になるよう設計した担当者の資料からは「船の復原性」についての一般的な知識はあるものの、「船の転覆」との関わりについての知識がなかったように読み取れた。
このことが契機となり、著者が大学在職中に担当した「船体復原論」の講義原稿やこれまで発行された専門の参考書等の内容を吟味してみると、「船の復原性」と「船の転覆」は表裏一体のものであるにもかかわらず、ほとんどの場合、復原性に力点を置いた内容になっている。しかも、「船の転覆」に関わる内容についての記述もあるが、「船の復原性」に力点を置いているために影をひそめている感は否めない。すなわち、「船の転覆」については直接的な言及はほとんどなく、「船の復原性」に関する説明文の行間から読み取ることしかできないのがほとんどである。
そこで、「船の復原性」に記述されていることはどれ一つ省略できないが、「船の転覆」と直接結び付けて考えてみるとその重要さが一層増すとともに、「船の転覆を防ぎ人の命を守るための対策」にたどり着くことができた。
本書は、「船の復原性」についてはこれまでの普遍的な内容をできるだけ「船の転覆」と結び付けて、「船の安定性・安全性」を確保する観点からまとめており、「船の転覆」については「船の復原性」に関する説明文の行間から読み取るのではなく、できるだけ直接的に言及・記述したものである。
従って、本書では船の横傾斜に限定して議論を進め、「傾斜」は全て「横傾斜」を指している。
第1章と第2章では、「船の復原性」の最も基礎的知識として必要な物体の重心や重心位置及びその移動と浮心や浮心位置等についてできるだけ詳細に記述した。
第3章と第4章では、物体や船の安定、不安定及び中立について、これまでの専門書に記述されていない内容についても言及し、詳細に記述した。第5章から第8章までは、「船の復原性」についての普遍的な内容をできるだけ理解しやすく、「船の転覆」との関係も含めて記述した。
第9章では船体重心の上下方向への移動が「船の復原性」に及ぼす影響について記述し、船体重心の上昇により船が不安定な状態になっても転覆しないことがあることを記述した。
第10章では、「船の復原性」の議論から導かれ、「船の転覆」に大きな関わりを持つ「残存復原性」についての考え方について詳細に記述した。
第11章では、船の排水量や乾舷の変化に伴う「復原性への影響」について記述した。
第12章では、これまでの「船の復原性」では簡単に取り扱われてきた「動的復原性」について、転覆の観点から詳細に記述した。
第13章では、「船の復原性」の範囲を規定する、すなわち転覆角である船内への海水流入角について示すとともに、「実際の復原性範囲」について詳細に記述した。
第14章では、「船の転覆の定義」について詳細に記述した。
第15章では、「船の復原性」が減少する原因とそれに伴う転覆につい詳細に記述した。
第16章では、実際に発生した小型漁船や大型旅客フェリーの転覆事故から、人為的な原因について示し、「船の復原性」と「船の転覆」を表裏一体のものとして分析し、その要因を導き出した。第17章では、「船の復原性」と「船の転覆」を表裏一体のものとして分析し、導き出した要因から、「船の転覆を防ぎ人命を守るための対策」を提言としてまとめた。
本書に記述されている内容の基礎的な「船の復原性」については、長崎総合科学大学(旧長崎造船大学)工学部船舶工学科で2014年(平成26年)度まで開講・講義していた「船体復原論」と長崎大学水産学部で開講・講義を担当している「海洋浮体安定論」の講義内容からなっており、「船の転覆」については、「船の安全性に関する講演会」等での講演内容をより詳細にまとめたものになっている。
本書が、造船学あるいは船舶工学を学び造船技術者を目指す若い学生だけでなく、船の運行に携わり大海原での操船を目指す若い学生や、造船所での若い設計者および乗船勤務の若い船員の教育に役に立ち、そして、造船学の学問体系の維持・発展に貢献できればこの上ない幸せである。
本書の出版に当たり、株式会社成山堂書店および編集グループの板垣洋介氏には大変なご尽力を頂いた。ここに、心より謝意を表する。
【目次】
第1章 物体の重心と釣り合い
1-1 重力、重さ及び重量
1-2 物体の重心と「釣り合い条件」
コラム「 モーメント」とは何か?
1-3 物体重心の求め方
1-4 複数物体の重心位置
1-5 一部物体の移動と全体の重心移動
1-6 外部物体の付加と全体の重心移動
第2章 アルキメデスの原理
2-1 船の重さと浮力
2-2 アルキメデスの原理の概念
2-3 水中の圧力とアルキメデスの原理
2-4 アルキメデスの原理と浮体と排水量
第3章 安定な釣り合い、不安定な釣り合い、中立の釣り合い
3-1 安定な釣り合い
コラム「 梃(てこ)」とは?
3-2 不安定な釣り合い
3-3 中立の釣り合い
3-4 「だるま」の釣り合い
第4章 船の横安定性
4-1 浮心軌跡(Locus of Buoyancy)とメタセンター(Metacenter)M
コラム 乾舷甲板(満載喫水線規則 第2条)とは?
コラム 船舶構造規則 第1条第2項
コラム「 メタセンター Metacenter」の意味は?
4-2 メタセンター半径BMの求め方とメタセンターMの位置
4-3 重心高さKGの求め方
コラム 船舶復原性規則 第6条
4-4 復原性曲線
コラム 復元か復原か?
コラム「 復原梃(ふくげんてこ)」か「復原挺(ふくげんてい)」か?
4-5 メタセンター高さ(Metacentric Height)GMと復原性曲線との関係
コラム「 ラジアン Radian」とは?
4-6 GM>0(安定な釣り合い)
4-7 GM<0(不安定な釣り合い)
4-8 GM=0(中立の釣り合い)
4-9 初期微小傾斜時のGMによる安定性の判断
第5章 傾斜モーメントと復原モーメントの関係
5-1 風による傾斜モーメント
5-2 積荷の移動による傾斜モーメント
5-3 積荷の吊り上げによる傾斜モーメント
5-4 船の旋回による傾斜モーメント
5-5 座礁による傾斜モーメント
第6章 復原性曲線の物理的意味
6-1 大角度で傾斜した場合の浮心とプロメタセンターMp
6-2 大角度で傾斜した場合の復原モーメント
6-3 復原性曲線の任意の点における勾配とプロメタセンターMp
第7章 交差曲線と復原性曲線
7-1 復原梃の物理的意味
7-2 交差曲線と復原性曲線の関係
7-3 交差曲線と復原性曲線の3次元的な表示
第8章 交差曲線の求め方
8-1 船舶復原性規則が要求する浮力
コラム「 閉囲船楼」とは?
8-2 左右対称な正面線図と仮定重心
8-3 傾斜角及び水面線の数と間隔
8-4 復原梃の求め方
8-5 復原梃を求めるための面積と面積モーメントの求め方
8-6 交差曲線の求め方
第9章 重心の上下位置と復原性曲線との関係
9-1 重心の上下移動と復原梃の関係
9-2 仮定重心高さと実際の重心高さに対する復原性曲線
9-3 GM=0 の具体的な状態
9-4 GM<0 とぐらつく状態(Loll)の関係
9-5 GM<0 で GZm<GG’・sinθmの場合
第10章 残存復原性
10-1 重心の横移動と残存復原性
10-2 GM≦0 ぐらつく状態と重心の横移動と残存復原性
10-3 風圧力による傾斜と残存復原性
第11章 復原性に影響を及ぼす要因
11-1 排水量の変化
11-2 荷役(荷の積み卸し)
11-3 船内自由液体
11-4 甲板上への打ち込み水
11-5 小型船の乾舷
コラム「 凌波性」とは?
コラム 船舶安全法 第3条
11-6 作業用浮体の乾舷
第12章 船の動的復原性
12-1 動的復原性と静的復原性の関係
コラム「 直線運動の仕事・仕事量」とは?
コラム「 回転運動の仕事・仕事量」とは?
12-2 船体傾斜と動的復原性
12-3 直立状態で突風を受ける場合の動的復原性
12-4 風圧力による定常傾斜時に突風を受ける場合の動的復原性
12-5 波による横揺れ時に突風を受ける場合の動的復原性
12-6 風による定常傾斜状態で波浪中横揺れ時に突風を受ける場合の動的復原性
12-7 急な重心移動による船体傾斜と動的復原性
12-8 残存復原性と動的復原性の関係
第13章 実際の復原性範囲
コラム 船舶復原性規則 第8条、第9条
13-1 海水流入角
13-2 ハッチ(Hatch or Hatchway)開口部がある場合
13-3 出入口付き船楼があるが水密甲板がない場合
13-4 出入口付き船楼と甲板上にコーミングがある場合(その1)
13-5 出入口付き船楼と甲板上にコーミングがある場合(その2)
13-6 舷窓付き船楼と甲板上開口部にコーミングがある場合
13-7 出入口付き甲板室と甲板上開口部にコーミングがない場合
13-8 舷窓付き甲板室と甲板上にコーミング付き開口部がある場合
13-9 水密乾舷甲板上に出入口付き船楼がある場合
13-10 上甲板両舷に高い舷墻(Bulwark)付き小型船舶の場合
第14章 船の転覆とは?
14-1 転覆の定義(その1)
14-2 転覆の定義(その2)
14-3 海洋環境による転覆
コラム 過去の高波の記録は?
第15章 復原性の減少に伴う転覆
15-1 重心高さの上昇による転覆
15-2 船内への海水流入による転覆
15-3 甲板上への海水打ち込みによる転覆
第16章 人為的な要因による転覆
16-1 過載
16-2 積荷の固縛不十分
コラム「 有義波高」とは?
16-3 危険な転舵による傾斜と積荷の固縛不十分
16-4 無理な運航(操船)
16-5 復原性に関する情報不足
16-6 心理的要因
第17章 船の転覆を防ぎ人命を守るための対策
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