コラム

2022年1月14日  

EVは救世主となるか?『運輸部門の気候変動対策』

EVは救世主となるか?『運輸部門の気候変動対策』
地球温暖化に影響しそうな人間活動として、何を思い浮かべますか?昔は「大気汚染」といえば工場から出ている煙や自動車から出ている排気ガスのイメージでした。現在でも、温室効果ガスの9割以上を占めるCO₂は、主にエネルギー部門や産業部門、運輸部門から排出されています。そのうち自動車等の運輸部門は、約18%を占めます。
今回ご紹介する『運輸部門の気候変動対策』は、日本が掲げた「2050年までに温室効果ガス排出量を80%以上削減する」という目標を実現するため、運輸部門において何ができるか、世界と日本の現状を確認しつつ検討しています。一部の国では、ガソリン車・ディーゼル車の新規販売を将来的に禁止する方針が発表されていますが、電気自動車の有効な促進策や効果的な使い方はどのようなものでしょうか?
また後半では少し範囲を広げ、公共交通と居住地、ライフスタイルと自動車利用の関係なども検証し、気候変動に対して運輸無紋がとるべき指針を探ります。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『運輸部門の気候変動対策』はこんな方におすすめ!

  • 自動車業界、運輸業界にお勤めの方
  • 環境問題と交通との関係に興味のある方
  • 交通からのまちづくりに関心のある方

『運輸部門の気候変動対策』から抜粋して7つご紹介

『運輸部門の気候変動対策』の中から、内容を何ヶ所か抜粋してご紹介したいと思います。前半は各国の運輸部門における気候変動対策について論じていますが、後半で論じる範囲が広がると、「マグロをどのように運べば環境負荷が少ないのか?」というユニークな着眼点の研究も出てきます。是非本書をご覧ください。

温室効果ガス排出量と運輸部門の位置づけ

運輸部門は、エネルギー部門等と並んで温室効果ガス、特にCO₂の主要な排出部門です。2013年のデータでは、世界全体で運輸部門のCO₂排出量は7.4GtCO₂で、OECD諸国と非OECD諸国との間の排出量の差は年々縮まってきています。しかし、非OECD諸国の自動車保有率がOECD諸国に追いつくには、まだ時間がかかると予測されています。

日本の1人当たりの排出量は、世界全体平均の約1.6倍で、2030年に向けてさらなる削減が要求されるレベルです。2℃目標を最小コストで達成するシナリオで想定されている2030年の排出量は41GtCO₂ですが、2030年の世界人口を約85億人と仮定すると、1人当たりの排出量は約710kgCO₂となります。これは、2018年の日本の1人当たりの排出量の約43%です。

日本は2030年度に2013年度比−26.0%という目標を設定しています。運輸部門では2030年度に2013年度比−27.6%となっており、平均をわずかに上回る達成率が見込まれています。日本の人口は2030年までに約7%減少することが見込まれていますが、それでも約23%の削減が必要です。

国によってCO₂の排出量は違いますが、世界平均とすれば、2030年には日本の2018年の半分以下のCO₂排出量となることが目標になっています。このままの暮らしを続けるわけにはいかないな、と運輸部門関係者ならずとも覚悟が必要になりますね。

ノルウェーの電気自動車促進策

電気自動車(EV)促進策を積極的に展開し、運輸部門のゼロエミッション化に最も近づいている国のひとつにノルウェーが挙げられます。ノルウェーの2015年の燃料燃焼による運輸部門のCO₂排出量は、38.9%でした。同年の1人当たりの排出量は7.1tCO₂です。

ノルウェーではEVがブームではありますが、電力は鉄道を中心に全エネルギー消費のうち1.5%程度です。しかし、EVやその他の低排出ガス車の普及促進のため、CO₂ベースの自動車課税、バイオ燃料混合規制を導入し、CO₂排出量の削減を進めています。

電気自動車推進策としては、免税、駐車場や有料道路、充電の無料化のほか、充電インフラの整備も強力に推進しています。現在では新車の29%以上をEVが占めており、人口約500万人にもかかわらず世界第5位のEV保有台数を誇っています。電化政策は、バスや船舶でも進められています。

この背景には、ノルウェーがゼロエミッションエネルギーである水力発電大国であることが影響しています。同国の発電量の約90%が水力発電なのです。
しかしこのようなEV大国でも、自動車を中心とした運輸部門は約93%を石油に依存しており、ゼロエミッション化にはまだ時間がかかるとみられています。

「寒冷地ではEVは役に立たない」大寒波で車が立ち往生したニュースの度に、この話を聞きます。日本では豪雪地帯が多いこと、まだ充電施設の整備が整っていないことなどが理由です。ノルウェーでのEV推進策を、日本においても参考にすることはできるのでしょうか?

電気自動車によるCO₂削減のための電源構成

電気自動車(EV)は、低CO₂電源と組み合わせることによってCO₂削減に貢献すると考えられています。日本では東日本大震災以来、原子力発電所への依存政策が揺らぎ、電力のCO₂排出原単位をどこまで下げられるか不透明になっています。果たして、EVがCO₂削減に貢献する水準となるためには、どのような電源構成が必要なのでしょうか。

そこで、2050年にかけての様々な原子力の導入規模およびCO₂排出制約の組み合わせについて、系統電力平均のCO₂排出原単位がどのようになるかシミュレーションを行いました。
その結果、EVがHVと比べてと比べて安定的にCO₂削減となり得るための条件としての電源構成は、①ある程度の原子力発電の維持、②緩やかなCO₂削減目標の設定による石炭火力への過度な依存の回避、の2つの条件をクリアしなければならないことがわかりました。

環境負荷低減に向けて実現すべき目標は明確ですが、目標を実現していくためには様々な障壁があります。ここでは、電気自動車の使う電気を何で作るか?という課題です。電気自動車の割合が増えたとしても、環境負荷の高い発電方法を用いた電気を使っては元も子もないのですが、災害国日本では原子力発電所の危険性を無視することはできません。水力発電の割合が高いノルウェーとの大きな違いです。

HVに期待されるCO₂排出量削減効果

日本のハイブリッド車(HV)保有台数は急増傾向にあります。HVの低燃費性に期待されるCO₂排出量削減効果は、走行においてどの程度実現されているのでしょうか。2010〜2013年の日本におけるHV利用による地域別(関東地方、中国地方)の実走行燃費とカタログ燃費間のギャップおよび直接リバウンド効果(燃費のよい製品に替えたら使用頻度や使用時間が増えて、本来予想されていたエネルギー消費削減量を相殺してしまうこと)の推計を行いました。

その結果、関東のカタログ燃費が中国地方に比べて悪化していることが示唆されましたが、要因のひとつとしては関東の厳しい交通渋滞が挙げられます。また、中国地方においては平均直接リバウンド効果が関東より高くなっています。その大きな理由は、移動を車に依存しなければならない中国地方のライフスタイルだと考えられます。

実走行燃費とカタログ燃費間のギャップおよび直接リバウンド効果を縮小させるための施策のひとつとして、燃料税による燃料価格の上昇が考えられます。この施策は代替交通機関のある場所では有効ですが、自動車への依存度の高い地方では移動費用に大きな影響を与えます。従って、燃料税増税による歳入を地方公共交通の利便性向上にあてるなどの対策が必要です。

自動車を一家で何台も保有するのが当たり前の地域では、燃料費が上がったからといって他の交通機関に乗り換えることも難しいのが現状です。自動車からのCO₂排出量を削減するには、EV化を進めるとともに、公共交通機関の充実も必要です。

鉄道整備の人口密度と車利用への影響

車利用の普及により都市は拡大し、環境負荷の増大が深刻な問題となっています。車依存の抑制に向けた様々な方策が研究されていますが、その中でも都市の高密度化による車利用の抑制施策の有効性が高く主張されています。

都市の密度と車利用の相互関係には、鉄道をはじめとした公共交通の利便性向上が大きく寄与している可能性が指摘されています。鉄道整備を通じて都市密度を維持し、利便性向上と車利用削減を目指す政策に公共交通指向型開発(TOD)があり、アメリカでもLRTの整備等が進められています。しかし、この実現のためには一定の都市規模と高密度な人口分布、公共交通の運行に足るだけの居住密度も必要です。

日本の1970〜2000年の国勢調査のデータをもとに、鉄道整備が鉄道駅周辺に及ぼす影響(人口密度、車利用変化)を調査したところ、大都市圏においては鉄道整備が人口密度上昇と自家用車利用減少をもたらすことがわかりました。逆に、その他の地方部においては、鉄道整備は自家用車利用抑制に大きな影響を及ぼすには至っていません。

感覚的に「それは当然だ」と思っていたこと(関連性の高さやものごとの影響)をデータとして示すためには、地道な調査と綿密な分析が必要だということのいい例だと思います。地方では鉄道が通っていても、行きたいときに行きたい場所に行けるわけではないので、車を使わざるを得ないのです。

居住地誘導による東京都市圏の職住近接化

国内外の大都市圏では、雇用の一極集中などによる通勤時間・距離の増加がみられます。悪影響の代表的なものはラッシュ等による通勤者のストレスですが、移動距離の増加によるCO₂排出量の増加が地球環境に及ぼす影響も無視できません。そのため、労働者の居住地と従業地ができるだけ近くなるような都市構造を目指す「職住近接」が有効であるという主張があります。
日本でも研究が進められ、業務分散や都心居住の促進が過剰通勤交通の低減に有効であるとされています。

これまでの状況を分析すると、過剰通勤交通はこのままだと年々増加し、通勤時間も増えていくと推察されていますが、将来的には従業地が分散していくと考えられます。従って、東京都区部へ通勤するものは東京都区部とその近郊へ、東京都区部に居住するものは多摩部や千葉西北部に移動させることが有効であると考えられます。誘導の方法としては、対象となる通勤者のいる世帯への住宅優遇などが挙げられます。

この研究結果が、コロナ禍を経てどのように変わるのか興味があります。私の周囲では、リモートワークが可能な業種の知人たちが次々と郊外の広い部屋へ引っ越し、月1度ほどの遠距離通勤以外は自宅で働いています。脅威が落ち着いた後もこの傾向が残れば、運輸部門におけるCO₂排出量は減るかもしれません。

東京とマニラのエコドライブ講習による燃費改善効果

先進国でも開発途上国でも、モータリゼーションの結果様々な交通問題が発生し、地球温暖化に大きな影響を及ぼしています。
HV車やEV車の導入、低炭素な公共交通以外の対策としては、交通渋滞削減とエコドライブの促進も有効です。エコドライブとは、燃費を向上させ、CO₂排出量を削減し、道路交通が周辺環境に与える悪影響を緩和するようなドライブテクニックのことです。

先進国において、エコドライブ講習は多数行なわれており、ドライビング方法の改善によって燃料消費を10〜25%削減できることがわかっています。一方、開発途上国での実施事例は少ないのが現状です。理由としては非常に不十分な道路インフラと交通システム、中古車と改造車の多さ、激しい交通渋滞等が考えられます。

以上を踏まえて東京とマニラでエコドライブ講習受講者に対する調査を行った結果、先進国でも開発途上国でも、エコドライブ講習を受けた後のドライビングでは燃費が改善しており、講習は有効であることがわかりました。また、講習の効果にはドライバーの心理的傾向(攻撃的なドライビングをしがちな人は燃費も悪い)が影響することもわかったため、講習時にこの傾向を考慮すればより効果が高くなると思われます。

渋滞するからイライラして、イライラすると燃費の悪い運転をしてしまう。環境負荷の低い製品が提供されても、上手な使い方をしなければ性能が十分に発揮できません。技術開発とともに、我々の意識を変えていくことも環境保護のためには欠かせないのです。心理状態と運転との関係に興味のある方は、当社刊『安全運転は「気づき」から』をご覧ください。

『運輸部門の気候変動対策』内容紹介まとめ

地球温暖化の大きな原因であるCO₂。その排出量において、運輸部門は約18%を占めています。世界的な温室効果ガス削減の潮流の中、日本も2050年までに温室効果ガス80%削減の方針を掲げています。その実現のため、運輸部門では様々な対策を打っています。
本書では、まず運輸部門に課された目標を考察し、日本と世界の現状を示した上で、その一つの例である電気自動車について取り上げます。後半では、土地利用と公共交通、人々のライフスタイルの変化と自動車利用の変化について考察しています。
本書は、様々な調査分析結果を用いて、運輸部門における温室効果ガス削減対策を考察しています。例として、「CO₂を減らす乗り物」「その乗り物を効率的に使えるためのインフラ」「環境負荷をかけない乗り物の使い方をするためのライフスタイル」が取り上げられています。

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