コラム

2022年6月1日  

安全に出航して戻ってくるための基礎知識『新訂 船舶安全学概論』

安全に出航して戻ってくるための基礎知識『新訂 船舶安全学概論』
レジャーや移動で船に乗る機会があると、風と波の勢いに驚きます。釣りや水上バスといった沿岸の短い距離でもそうなのですから、沖や遠洋での航海においては、天候や海象の影響はさらに大きくなります。危険と隣り合わせの海上で、客船や貨物船、漁船等、船舶の乗員は安全に航海を遂行しなければなりません。
前回は、海難事故に対応する特殊救難隊についての書籍をご紹介しました。事故を起こさないため、船を動かす側、船長や船員はどのように行動するべきなのでしょうか。航海中にはどのようなトラブルが起こる可能性があり、また実際に事故が起こってしまったときの被害を最小限に抑えるためには。乗員はどう対処するべきでしょうか。
今回ご紹介する『新訂 船舶安全学概論』は、船舶の運航に関わる全ての方々に向けた、船舶安全の教科書です。船舶安全学について総論を解説した後、原因究明や審判に関わる法制度、実際の事故事例での具体的な対処方法、船員の労働災害について紹介します。工学的、社会科学的2つの視点から、海上安全について包括的に論じました。

この記事の著者

スタッフM:読書が好きなことはもちろん、読んだ本を要約することも趣味の一つ。趣味が講じて、コラムの担当に。

『新訂 船舶安全学概論』はこんな方におすすめ!

  • 商船高専、大学の関連学部の学生
  • 船に関わる仕事についている方
  • 安全工学を学ぶ方

『新訂 船舶安全学概論』から抜粋して5つご紹介

『新訂 船舶安全学概論』から抜粋していくつかご紹介します。最初に安全工学的視点から船舶安全学の総論を解説し、次に海難に関わる法制度とその成立過程を紹介します。中盤以降は実際の具体的な事案に対する対応を個別に述べます。

人間工学的観点でのヒューマンエラーの防止

人間の心身機能が、ヒューマンエラーにつながる場合があります。ここでは、ヒューマンエラーを防止するための人間工学的な対応について取り上げます。

1.機器や環境に関する対応
人間はあいまいな情報を元に的確な反応を示す能力をもっていますが、あいまいさ故にミスも起こします。かつては人間を環境に合わせる形で作業を行っていましたが、最近では、人間はミスをするということを前提として、機器の設計や作業環境の整備を行っています。
必要なことは以下の通りです。

(a)生体計測の活用
人体計測データを機器や作業空間の設計に生かし、安全性、快適性、効率性を追求する。人間は一度に多くの情報を判断できないため、計器類は誤認しないように人間工学的な観点に立ってデザインする

(b)機器の危険箇所への配慮
機器は人間から隔離する。しかし旋盤作業や縫製業などのように、機器の危険な部分に接近しなければならない作業も存在する。動作部分に体が巻き込まれないような設計や、ボイラー等には何重にも防熱対策を設ける等、安全への配慮が必要

(c)人間にやさしい作業環境作り
人間を取り巻く環境には重力や気圧、放射線等があるが、人間にはそれぞれに対応した適応範囲がある。人間が生理的かつ心理的に対応できるやさしい環境作りが求められる
(d)非常警報設備
トラブル発生時に人的損失や経済的損失を抑えるため、機器や環境の異変を察知してすぐに知らせる安全管理システムが必要。将来は機器や作業環境が自己修復を行うことも考えられる

2.人間に関する対応
ヒューマンエラーによる事故や災害が多いのが現状です。ちょっとした不注意や慣れも大惨事につながることがあります。人間の側から考えた安全対策事項を簡単にまとめます。

(a)作業に関する教育の徹底
安全教育には、設備の理解や災害発生のメカニズム等の知識、作業の実践を重視した技能、作業態度等の安全に対する心構えを示す規律等がある。
単なる知識の詰め込みにならないよう、実習を重視した教育訓練が必要。VR、AR等の技術を用いたより実体験に近い教育訓練が、あらゆる分野で期待される

(b)十分な打ち合わせと反省会
作業に入る前には必ず念入りな打ち合わせをし、作業が終了したら反省会を設けて次回に備えるようにする。ハイテクを導入した少人数の職場が増えているが、ミーティングの重要性は忘れてはならない

(c)心身の健全化
心の健康管理は、作業者自身が日頃から注意しておかなければならない。精神の不調や疾患は見つけにくく本人も他人には言いにくいため、雇用主は各職場にカウンセラーを配置したりリフレッシュ設備を設けたりして、ストレス軽減をはかる必要がある

事故原因に占める人的要因の割合は、海難事故においては84%だそうです。そのうち海上での船舶の災害については、99.9%が人災であるともいわれます。天候や海象に大きく影響を受ける船舶において、人間がミスを起こしにくい環境を整えることは、なかなか難しいことかもしれません。また、狭い船の中では人間関係のストレスも大きな問題です。

インシデント調査

事故発生の仕組みは、間接原因が直接原因を生み、異常な事態を引き起こし、緊急に危機回避行動が求められるというものです。被害を生じた場合は災害、被害を生じない場合(無損失事故)は、インシデントやヒヤリハットと呼ばれます。

インシデントと災害の原因はほぼ同じですが、インシデントは無損失であることから調査が行いやすく、事故防止対策も見つけやすくなっています。有用な安全対策が実施されれば、現場の報告者もインシデント報告は役に立つと認識し、より安全対策が進めやすくなります。

IMO は1997年、海のインシデントを海上インシデントと呼ぶことにしました。「船舶又は人が危険にさらされ又は結果として船舶又は構造物若しくは環境への重大な損害を生じたかも知れない船舶の運用に起因し、若しくは関連する出来事又は事象」と定義しています。

インシデント調査の方式には、自由記述方式とチェック方式があります。前者は手間がかかりますが詳細な調査が可能で、後者は忙しい現場労働者も報告がしやすいという利点があります。

日本の海運業界では、ヒヤリハット報告やインシデントレポート、ISMコードによる不適合報告等で調査が行われています。海外の調査機関・調査方法としては、英国海難調査局(MAIB)、英国海事研究所、米国国際海事情報安全システム (IMISS)、カナダ運輸安全委員会 (TSB)等があります。

航空業界でインシデント調査が進んだ大きな理由は、情報提供者への免責制度があったことです。一方海運業界では、船舶運航に関わるインシデントの多くが「安全阻害」であることから、航空機のような免責制度は期待できません。

インシデント報告を有効にするためには、海事社会全体が事故の後追い対策型から安全を先取りする予防安全型に発想の転換をすることが必要であると思われます。関係官庁主導型であったものを、民間主導型に転向する必要があるのです。船員や船会社は、自分達の生命・財産や海を自分たちで守るという強い意識が必要です。

前回では、痛ましい事故が救助体制を見直すきっかけとなった事例を紹介しました。しかし、本来は事故が起こってしまってからでは遅いのです。インシデント調査を民間が自主的に進め、法ができる前に事故を予防する体制を作り上げることが求められています。

衝突事故

他船や海上浮遊物などへの衝突は、乗組員の見張り不十分や航法不遵守、オートパイロットへの過度の依存、船の故障などによって引き起こされます。衝突事故が発生してしまった場合、以下のような処置を行います。

《一般的処置》
衝突事故が発生した場合船長は状況を迅速かつ的確に判断し、最善の処置を実行しなければなりません。また船内がパニック状態に陥らないよう、乗客や乗組員を落ち着かせる必要があります。

1.人命救助
2.遭難信号の発信
3.乗員の非常召集と総員退船
4.船体積荷の保安処置
5.重要書類や高価品等の保管
6.相手船への通告
7.航海日誌等の記録、証拠書類の整備と保管
8.管海官庁および船主等への報告
9.流出油防除作業の実施

《衝突直後の操船処置》
相手船の船側に自船の船首が突っ込んだ場合に後進して離脱しようとすると、破口をより広げるばかりでなく、破口から急激に浸水して沈没する危険があります。まず機関を停止し、必要であれば微速前進をかけ相手船に自船を押しつけ離れないようにします。その後自船と相手船を係止素で互いに固縛し、応急防水措置を行ってから、 機関を後進にかけ離脱します。
また沿岸航行中に衝突して沈没のおそれがあるときは、任意乗り揚げを考えます。

《衝突後確認すべき事項》
衝突時は、上記の緊急措置を行うとともに、できるだけ早く下記の事項を確認し、 記録しておく必要があります。
1.衝突時刻
2.衝突位置
3.衝突角度
4.船首方位
5.衝突時の状況、両船の速力
6.衝突時の周囲の状況
7.船内の状況
8.信号
9.ECDISの航海記録データ、VDRの収録データの保管
10.機関、舵、レーダの使用と時間
11.初認から衝突に至るまでの経緯、両船の航跡
12.損傷箇所、範囲
13.堪航性の有無
14船舶の名称、所有者、船籍港、発航港および仕向港または停泊地
15.その他

航空機のフライトレコーダ同様、船の緊急時においても記録は欠かすことができません。責任者は迅速に人命救助と被害拡大防止に向けて行動しながら、詳細な記録を残して次の事故が起こらないように努める必要があるのです。

消火作業

《消火体制》
火災が発生した場合、早期発見、初期消火が重要です。最初の数秒間にとられる敏速な行動が、その後の消火作業に大きく影響します。船内消火体制をあらかじめ確立しておくことが必要です。

1.消火装置・防火設備はいつでも使用できる状態に維持管理しておく
2.防火部署を含んだ非常配置計画を作成しておく
3.全乗組員を対象に、消火装置等の使用法と非常配置計画の実施に関する訓練を行う

《非常配置計画》
緊急時の処置を確実に遂行させるためには、乗組員がいかに行動すべきかといった作業内容を十分検討するとともに、非常配置計画を立てておく必要があります。
火災を発見したものは警報器を作動させて状況を当直士官に通報し、当直士官は緊急体制を発動します。非常配置部署は指揮班、緊急処置班、後方援護班、機関班の4部門で構成するのが一般的です。

《訓練と操練》
乗組員は消火理論に精通し、消火および緊急設備の使用について実技と訓練を定期的に行うとともに、非常配置に必要な操練を実施します。特に消火器の扱いに慣れておくことが初期消火では大切です。

《消火作業の原則》
1.安全を確保しつつ、可能な限り火元に近づく。
2.姿勢を低くし、炎や煙、熱から身を守る。
3.風上から消火する。
4.燃えているものに消火剤を確実に放射する。
5.出入り口を背にしていつでも脱出可能な状態にしておく。
6.火災現場を密閉し、火災の拡大を防止する。
7.複数名で対応する。

陸上での火災と同等かそれ以上に、逃げ場のない閉鎖空間である船での火災は危険です。いざというときに迅速に動けるよう乗組員全員で訓練を繰り返し行い、消火設備・用具の取扱に習熟しておく必要があります。

生き抜くための技術

海難に遭遇し船舶を放棄して、救命艇や救命筏で救助されるまで生き抜くためには、以下の条件が必要です。

1.生き抜こうという強い意志をもつこと
2.生存維持に必要な知識や技能をもっていること
3.生存維持達成に必要な施設や設備をもっていること


安全な場所に無事救出されるために必要な知識、技能としては、以下のことが求められます。

1.救命設備等の適切な使用方法
2.船体放棄の直前までにとられる保安、応急等の作業
3.救命艇や救命筏の降下、移乗等の作業
4.救命艇および救命筏内での生存維持作業


また生存維持の技術としては、次の4原則を番号順の優先度で実施すべきです。

1.暑さ、寒さからの人体の保護
2.遭難者の現在位置、動静を捜索救難機関などに通報する
3.適切な飲料水の確保と使用
4.救難食糧や応急食糧の確保と適切な配分

しかし、最も状況を左右するのは、生存者たちの生きようとする意志であることは間違いありません。

この項目はかなり長いのですが、乗客として船に乗る場合も頭に入れておきたい知識ばかりです。水の確保の仕方や飲み方、体温の保ち方など、陸上での災害においても応用可能な知識もあります。沈む船から救命艇で脱出し、漂流する中で生存者の運命を握るのは、本人の生き残りへの強い意志と、適切な行動(資源の分配と漂流生活での治安維持)を取れるリーダーです。

『新訂 船舶安全学概論』内容紹介まとめ

海難事故は何が原因で、どのように起こるのか、人間はなぜミスを起こすのか?船舶安全学の基礎を安全工学的視点から解説したのち、海難関連法制とその成立過程について述べ、工学的視点と社会科学的視点両面からの理解を導きます。中盤以降は、海難事故における場面別の対応策を紹介します。商船高専の学生等、船舶安全を学ぶ方に最適のテキストです。

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