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2010年9月15日  

海上保安庁 特殊救難隊 後藤様 林様

海上保安庁 特殊救難隊 後藤様 林様
危険な現場で働く海上保安庁特殊救難隊のお二人にお話をお聞きした。

1日のスケジュールを教えてください

林:当直と訓練がありますが、まずは昨日の訓練からお話します。
昨日は、レンジャー訓練を実施しました。午前は、渡過・登はん訓練(ロープを登ったり渡ったりする訓練)と、サーキット訓練(自分の体だけを使って指定されたコースを突破する訓練)を実施しました。基礎的な体力及び技術の維持・向上と緊急時の脱出を目的としています。
午後は、与えられた想定に基づいて、要救助者を狭い場所からの吊上げや吊り降ろし、階段や高低差のある経路を搬送する救助一連の流れを実施し、総合的な救助能力の向上を目的とした訓練を実施しました。
他にも潜水訓練、火災・危険物対応訓練、救急救命訓練、ヘリコプターからの降下・吊上げ訓練等を実施しています。
当直日のスケジュールは、朝から体操、補強運動等を行い、出動に備えての資器材の点検整備、訓練の計画立案や検討、体力練成、その他事務処理をしています。また出動に支障のない範囲で訓練をすることもあります。

特殊救難隊を目指した理由は?

後藤:小学生の頃から水泳をやっていたので、何か関連した職業がないかと漠然と考えていたのですが、海上保安庁という業務を知って、調べていくうちに受験してみようと思いました。 海上保安大学校で4年間の生活の中で巡視船艇・航空機勤務、陸上勤務、潜水士、国際捜査官、研究、教育等の海上保安庁が実施している多くの業務を見たり、話を聞くことができました。その中で最もやりがいを感じたのが救難業務の潜水士であり、特殊救難隊でした。

林:学生時代から救助に携わる仕事がしたいと思っていました。消防等、人を救助する機関は様々ありますが、その中でも海上保安庁の潜水士や特救隊に魅力を感じて希望しました。

初出動・初救助はいつでしたか?

後藤:海上での潜水訓練の準備中にウィンドサーフィンをしていた人が救助を求めているという情報が入り、急遽訓練を中止して現場へ急行しました。陸から沖へ吹く風で何度も倒れてしまい自力で帰ることができなくなった方を、小型船で救助し、陸上まで搬送したのが初出動でした。

林:初出動は岸壁から海中転落したかもしれないとの情報で出動し、海面や海中を潜水して捜索しましたが、発見に至りませんでした。
初救助は、貨物船の乗組員が脳疾患の疑いがあるとのことからヘリコプターで出動し、吊り上げ救助後に羽田まで搬送しました。その後、救急車に引き継いだ事案です。初めての救助だったので、無事に要救助者を救助できて、とても嬉しかったです。

今まで最も印象に残っていることは?

後藤:たくさん印象に残ることはありますね…関門海峡で潜ったときは非常に厳しい状況でした。2隻の船が衝突して1隻が沈没し、沈没した船の乗組員3名が行方不明になったという情報で出動しました。現場の関門海峡は日本一潮流が激しいので、潮流が変わるわずかな時間帯を狙わないと潜水作業ができません。沈没船は横転しており、上下左右の感覚が混乱する状況でした。限られた時間で自分の位置を把握しつつ捜索範囲が重複しないように船内を捜索しました。船内は浮流物等で濁っておりほとんど視界がなく、命綱の索から手を離したら、元の場所に戻ることができなくなるような状況で、船外に出ると予想以上に潮流が強く非常に厳しい現場でした。

流れの早いところでの体験は初めてでしたか?

後藤:潮流のある海域で訓練したり、訓練用のプールで流れを発生させて訓練することはできます。また現場の状況をイメージして訓練していますが、訓練では現場を再現することは絶対できません。

レスキューをやっていてよかったことは?

後藤:救助した後の達成感を感じることはよくあります。特救隊は主に救難事案に対応することを考えて業務に当たっていますが、海上保安庁は救難業務だけを実施しているわけではありません。一般の海上保安官は、まず巡視船艇や航空機を運航し、その上で警備や救難事案にあたるため仕事が多岐にわたっていますが、特救隊は救難事案に対応することに集中することができるのです。事案対応時には、まず現場にどうやって到達するか、どうやって救助を成功させるかを考え、行動することが救助を完遂するためには重要です。また、平素はどのような訓練を実施すれば有効か、海難に対応できるかを考え、実行していくというように救難業務に専念できることです。そして、海難出動でミッションが達成できたときは良かったと思います。

林:入庁前から希望していたので、救助ができていることにやりがいを感じています。

レスキューの仕事において重要なこと、欠かせないことは?

後藤:自分の命が大事だと思うことだと思います。海難は安全なところでは発生することがありません。常に危険と隣り合わせという状況において、慎重になりすぎると何もできませんが、自分や一緒に行く隊員が怪我をしないための危険性の判断、救助手法の策定、うまくいかなかったときの代替案を複数考えておく、そして安全に業務を遂行する実行力が重要だと思います。厳しい訓練をするのはその判断をするためでもあるんです。「自分の命を投げ出して」とか「命を懸けて」とかいうのは後日談であって、現場にはありません。
救助するということは、自分も要救助者も救助することであって、一か八か賭けでやることではありません。確実に帰って来られるというのがないと行っては駄目です。隊員に指示を出して、その隊員が何も考えずに行動すれば、怪我をするかもしれないし、場合によっては死んでしまいます。隊員だけでなく家族も後ろにいるのだという責任が隊長には常にあります。指示を出すからには、現場の状況とそれに伴う技術があるという確信を持っておかなければなりません。
こういう話をすると、助けを待っている人の命はどうなるんだって言われると思いますが、簡単に隊員の命を賭けるわけにも行きません。だから自分達のレベルを上げるために訓練をしているのです。
特殊救難隊は、発足から35年になりますけど、これまで殉職者ゼロです。これはちゃんと危機管理をやっているからだと思います。入隊直後は、目の前のことばかりに没頭して分からなかったのですが、徐々にそういう考え方や感覚が一番大事なのだと思うようになりました。

実際の現場でヒヤっとしたことはありますか?

後藤:そうですね・・・現場の状況が悪化して帰れなくなるのではと思ったことはあります。また、救助に必要な道具が足りなくて救助が完結できないのではという状況に陥ったこともあります。どちらも的確に対応して無事に完結できました。

そういう時は、何を考えて、どういう行動をとるんですか?

後藤:とりあえず自分で解決できるかどうかを考えて「どうする?」って相談します(笑)。やっぱり一人で考えるより「三人寄れば文殊の知恵」じゃないですけど、隊長も隊員も常に自分ならどうするかを考えています。ですから自分の考えや判断が正しいか、見えていない部分がないかを確認して対応を決めます。

林:常に危険はあると思いますが、それが分かったうえで動いているか、認識しているかで違うと思います。隊員同士で過去の事例を参考にして自分だったらどうするか、またそうならないためにはというような検討をしています。まだまだ勉強不足ですが、危険なところはないか常に考えて行動するよう心がけています。現場でヒヤっとしたことはまだありません。

苦労している点、やりがいを感じる時はどんな時でしょうか?

後藤:やりがいを感じる点は先程、述べたように、自分のやりたいことができているという実感です。苦労している点は、いろいろニーズが多様化していることです。
特殊救難隊ができたきっかけが、東京湾でタンカーが炎上し、対応に苦慮した事案がありました。海上保安庁として同様の事案に対応できる能力を備えた専門の部隊を作ろうと発足しました。
救難業務に専念できるとは言っても、特救隊の業務も一言で言えるほど単純ではないとよく感じます。潜水訓練だけやっていればいいわけではなく、現場到達や救助のためのヘリコプターからの降下及び吊上げ訓練、火災対応のための消火訓練、危険物積載船の事故対応のための訓練、部署や所属の違う関係者に対する説明能力も重要です。実質的な訓練は当直と非番、休みを除いてできるのですが、全部をひとつの事案対応のための訓練だけには充てられません。隊員の基礎的な技術、体力の維持向上や新しい技術の導入、検証等も踏まえた訓練のバランスが重要です。その中で、最初の契機となった同じような事案に今、完全に対応できるかというと疑問を感じます。

なぜそのように思われますか?

後藤:当時はできなかったことが新しい知識、技術、装備の導入、そして歴代隊員の努力の成果により対応能力が向上し、できるようになった部分はあると思います。しかし、何百度という熱を発しながら燃えている船舶に生身の人間が対応するには限界があるということです。ただ、あきらめるということではなく対応能力の維持向上には常に取り組んで行きます。

部下を成長させ、組織を発展させるための工夫はありますか?

後藤:飲みに行きます(笑)。飲みに行って、いろいろな話(特に仕事以外の話)をすることです。顔を合わせる時間は家族より長いのですが、やっぱりコミュニケーションが重要だと思います。チームをいかにレベルアップさせるかというところが、最終的には目標に繋がっていくのかなと思います。
要救助者や船舶を救助することが目的ですが、隊員の安全を確保しつつ要救助者を救うためには自分たちのレベルを上げるしかありません。そのためには訓練と状況を見極める力が必要です。
こういった判断や指示は、すべて隊長がするわけではなく、副隊長や上席隊員がする場合もありますので、見極める力がないと指示できません。そういったところを訓練や実際の海難でどういう動きだったかを見て任せられるかどうかを判断しています。
訓練においても、何も考えずに淡々とメニューをこなして終わるだけなのか、この海難に対応しようと問題意識を持ってやるかによって、訓練が終わった後の成果が全く違います。訓練計画の段階でいかに綿密に詰めて考えておけるかが若手隊員にとって重要なのかなと思います。先輩隊員がヒントを与え過ぎたり、事細かに教え過ぎると考えることをやめてしまいます。自分で考え、失敗して学ぶことも多いですし、教えてもらったことはすぐに忘れても失敗したことは忘れません。現場では誰も教えてくれないので考えて判断し実行する力も必要です。先程も言いましたが、業務が多様化しているためにひとつのことばかりを考えて時間をかけ過ぎると、他が疎かになってしまいます。かといって、十分な準備がなくそのまま訓練に臨むと成果が薄いので、できる限り実りのある訓練になるように準備しています。消化しきれていない部分については検討会で補っています。
私の考えとして、1年目の隊員には、私の1年目の時より1ヶ月でも1日でも早くそこを越えて欲しいと思います。そうしないと、何年経っても特救隊という組織としては発展しないと思います。苦労しなければならないところは苦労してしっかりと身につけてほしい。やっぱり組織を成長させるためには、隊員一人ひとりが成長しなければなりません。毎年同じことばかりやっていては成長しないと思います。いかに全体として発展させるのかというところが悩みどころです。

部下の立場で苦労している点をお聞かせください

林:様々な種類の海難があり、勉強が必要な時期ですので、そこが一番苦労しているところです。また、訓練の時に注意されること、訓練が終わってからの検討会で、訓練時のひとつひとつを指摘してくれるので忘れないよう心がけています。
後藤:林隊員は救急救命士です。救命救急士は各隊に一人ずついますが、海上保安庁の救急救命士は常に現場の最前線で活動しているので二足三足のわらじを履いています。潜水作業、火災海難、危険物海難等に対応し、さらに救急救命士として救急処置を実施する他の隊員以上に技術が求められます。そこが苦労しているところでしょう。

隊長は、いつも隊員のこと考えているんですね

林:訓練中は厳しく指導してくださり、ONとOFFをしっかり分けて、OFFの時には、リラックスしたムードで接してくださっています。

後藤:厳しいのは訓練よりも現場なので、自分の経験したことをしっかりと伝えなくてはいけないと思います。私が経験した海難事例は、出動していない隊員は知らないわけですから、経験から学んだことは伝えようと思っています。
特救隊は海難現場に出動すると、ベテランの隊員か新人隊員かは関係ありません。要救助者にとっては、誰が救助に来ても一緒です。この人は1年目だからとか、この人は10年目のベテランだからというのは通用しません。経験を積んだベテランも新人だった時があり、新人隊員は貴重な戦力として出動しなければなりません。先輩が若手隊員を育てるという姿勢ではなく、自分で成長してほしいと思います。

林:羽田特殊救難基地に配属されてから約6ヶ月間は特殊救難業務研修として、特救隊に必要な基本的な知識と技術を身につけるための潜水・レンジャー・火災危険物・救急等の様々な厳しい訓練を経て初めてオレンジ服が着られるのです。

海上保安大学校・海上保安学校での想い出は?

後藤:海上保安大学校は1年生から4年生まで各学年一人ずつが構成員として一つの部屋で生活している寮生活なので人間関係を学びました。また、教育機関であるため学生だけでなく、現場の海上保安官のための研修があります。多くの研修生から現場の話を聞くことができたことも印象に残っています。
当庁は巡視船艇で勤務することが多いので、海上という逃げ場のない環境で何日も船内の狭い空間で共同生活をすることになります。大学校で寮生活を送ったことは、人間関係の構築に役立っていると思います。特救隊の訓練をやっていても逃げられないんですよね。
隊員にとっては、隊長や副隊長の顔を見たくないほど嫌な時はあると思いますよ。でも、隊長や副隊長からのプレッシャーなんて、海難現場でのプレッシャーに比べればなんてこともないところもあります。度胸というか、腹をくくるというかそういうところでは、普段からあらゆるストレスに耐えないといけないですし、そういうところまで追い込まないと安心して出動できません。
特救隊員は、この業務が好きで大きな目的があるので多少のプレッシャーではすぐにはへこたれません。そこに同じ目標や思いがあると思うからこそ、こちらも厳しく指導していけるのです。応えてくれると信じていますから。

飲みすぎることはないのでしょうか? また、完全休暇はあるのですか?

後藤:一つの隊は6人で編成されているのですが、隊で集まって飲みに行くのは月に1回位ですね。飲みすぎないようにしていますが、想像にお任せします。待機の日は飲むことはありません。完全休暇という表現があっているかわかりませんが、大規模な海難があった場合は別ですが、毎日隊毎に呼び出される順番が決まっています。

特殊救難隊になりたいと思っている方へ一言

後藤:最近、「海猿」ブームで希望者が増えているようですね。「海猿」を観て希望しましたという人が多いそうですが、映画やドラマを観て希望しても立派な動機なのでいいと思います。
「好きこそ物の上手なれ」だと思います。ただ好きなことをやっているからすぐ上手になるかと言うとまた話は別です。そこには努力が伴いますし、苦痛も伴います。それでもなりたいと思えるところまで調べて努力することだと思います。あと、希望がかなわなかったとしても落ち込まないでほしいです。特救隊を希望して基地に見学に来る人もいるのですが、常に言っているのは、体力をつけたり資格を取ったりなどの努力したことは、その人にとってはマイナスにはなってないということです。人が努力した結果はその人の身になっています。希望して叶わなくてもそれが全てだと思わないことです。それが叶わなかったから全部投げやりにしてほしくないなと思います。
特救隊は今でこそ知られるようになりましたが、私は入庁する時は知らなかったですからね。でも、知って調べていくとすごく魅力を感じました。だからこそ希望しましたし、ここでレスキューをやりたいって思いました。調べることによって気持ちも増しますし、いろいろ努力もしますし、そういうことはマイナスになってないと思います。

林:海上保安庁の業務は様々あります。特救隊に入る前は船艇の業務をしてきました。巡視船での業務は救難もやりますけど他の業務もたくさんやります。また、特救隊を数年したら他の部署での勤務になりますが、その後35歳位から60歳位まで特救隊以外の業務もしていきます。海上保安官の一生の仕事で考えると特救隊って一瞬でしかありません。特救隊を目指すのは良いと思いますが、特救隊以外の業務でも頑張れる、好きになれるような動機があったらいいのかなと思います。

後藤:私は今年で特救隊6年目になりますが、ついこの間来たような感じです。海上保安大学校の卒業者は、基本的に一回任期が終わると再び特救隊での勤務はできないのですが、海上保安学校の卒業者は、希望すれば特修科で初級幹部研修を経て、副隊長・隊長候補で再び勤務することもできます。

今後の抱負を聞かせてください

林:たくさんありますが、特殊救難隊には、様々な分野の知識や技術が必要なので、そういったところを確実に身につけることです。また救急救命士としての役割もあるのでそこをしっかり果たしていくことです。早く先輩隊員に追いつき追いこせるように頑張りたいです。

後藤:まずは、要救助者の安全・確実・迅速な救助です。そして特殊救難隊としての更なる発展を目指すことです。また、自分や隊員が怪我をしないように安全管理を徹底することです。特救隊としてだけでなく、今後も海上保安庁の業務ではずっと必要なことだと思います。
聞き手 
株式会社成山堂書店
代表取締役社長 小川典子
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